14話「ギャンブル採用」
昼時の食堂は、活気と騒音と食べ物の匂いが入り混じり、まるで戦場の休憩所だった。分厚い木のテーブルが並び、鉄製の皿がぶつかる音、酒樽の栓が開く音、冒険話の誇張された笑い声。鶏肉を焼く香ばしい匂い、スパイスの刺激、パンの甘い香り、それらが空気に重層的に溶け込んでいる。
食堂は人生の縮図だ。稼いだ者が笑い、失敗した者が酒をあおり、希望を語る者と絶望を飲み込む者が同じテーブルに座る。そして今の俺たちは、そのどちらでもない宙ぶらりんな場所にいた。
席に着いた途端、ジャンヌが周囲を見渡しながら言った。
「ご主人様、ここは落ち着きますね。洞窟より文明度が高いです」
「洞窟と比べるな。洞窟と。人間としての基準がおかしくなるだろ」
アテナは腕を組み、足を組み、視線を掲示板の方へ向けたまま不機嫌そうだ。
「加入希望者……本当に来るのかしら。経歴に嘘がなかったとしても、動機にうそがあるはずよ。選ばれた勇者でもないのに、どうして魔王と戦いたがるのかしら」
「まあ、気持ちはわかるけど、決めつけは危険だろ」
注文した料理が届く。皿の表面で湯気が揺れ、肉汁の照りが食欲を刺激する。腹は減っていた。でも心はざらついたままだ。
俺たちは黙ってスプーンを手に取ろうとした。その時、背後からの涼やかな声が食堂のざわめきを断ち切った。
「失礼。ここにシンジという冒険者はいるかしら?」
俺たちは一斉に振り向いた。銀髪が陽光を受けて淡く輝き、エメラルドグリーンの瞳をもつ女性が立っていた。切れ長の目は鋭いが、どこか退屈そうだ。深い青色のローブには魔法アカデミーの紋章が縫い付けられている。
食堂が一瞬ざわつく。
「あいつ……魔術師か?」「あの紋章を見ろよ。アカデミー出身だ」
噂が飛び交う中、銀髪の美女は俺たちを見つけるとテーブルにすたすたと歩み寄った。
「加入希望を出したヴィヴィアナよ。ロードメイジ。よろしく」
まるで札束を切るような癖で、冒険者カードを片手で弾いた。
「パーティ加入の書類、読んだでしょう? あなたたちの《魔王討伐パーティー》気に入ったわ」
気に入った、という言葉の響きに妙な熱が滲んでいた。まるで「荒れ場のテーブル」を見つけたときのギャンブラーのそれ。
アテナは思わず眉をひそめた。
「……な、なんかあなた、目つきがギラギラしてない?」
「ええ。だって運がいいパーティは見れば分かるのよ」
ヴィヴィアナはにやりと笑い、俺に指を向けた。
「あなた、先日のクエスト失敗したわね? でも全滅してない。普通ならあのアーマードタートルとの戦いでFランク冒険者であるあなたは死ぬわ」
「……なんで知ってるんだ?」
「情報は賭けの材料よ。聞き込み・ギルドの掲示板。色々わかったわ。あなたたち、連携は最低、装備も最底辺、戦力バラバラ」
言われることは全部刺さる。しかしヴィヴィアナは続けて、不敵に笑った。
「だけど……一回くらい奇跡を起こしそうな、荒れた馬の匂いがするのよ。そういうパーティ、私は嫌いじゃない。むしろ大好き。そもそも私は堅実なパーティなんて興味ないの。勝率95%より、5%の大逆転勝利のほうが燃えるタイプなの」
そう言うとヴィヴィアナは、テーブルの上のスプーンをひょいと指ではじき上げた。スプーンが回転しながら床へ落ちる直前、ヴィヴィアナはスッと手を伸ばし、ピタリと掴んだ。
「ふふ……勝負勘も悪くない日ね」
「なんの勝負だよ!」
俺のツッコミも我関せず、ヴィヴィアナは椅子に座り、カードをシャッフルするかのように指先を動かしている。俺は冒険者カードを手に取り、内容を確認した。帝国魔法アカデミーの印章。本物だ。今、俺たちの前に立っている女性。彼女こそ、上級職ロードメイジ、ヴィヴィアナなのだ。
その時、ずっと黙っていたジャンヌが急に立ち上がった。瞳を潤ませ、メイド服の裾を翻して跪き、ヴィヴィアナの手を両手で包み込む。
「お嬢様、お久しゅうございます……!!」
食堂の空気が止まる。ヴィヴィアナはさすがに対応に困った顔で目を瞬かせた。
「……? あなた、誰?」
「初対面でございますが、お嬢様だと確信しております。このジャンヌ……再びお嬢様にお仕えできる日を、ずっと、ずっと夢見ておりました!」
「待って、本当に何……? 私、あなたのこと知らないんだけど!?」
ヴィヴィアナのクールな仮面が今日初めて崩れた。
「ご安心くださいませ。今日からお仕えしますので」
「あなたをメイドとして雇った覚えはないから!」
食堂のあちこちから笑いが漏れる。アテナが頭を抱えた。
「ジャンヌ、あなたまた唐突な妄想ロールプレイ始めて……」
「妄想などではありません! 真のメイドとは仕えるべき格を一瞬で見抜くものなのです」
「そんな美学いらないって言ってるのよ!」
ヴィヴィアナは完全に困惑していたが、それでも、どこか楽しそうに微笑んでいた。
「……まあいいわ。あなたたち、本当に面白いパーティね。予定調和がひとつもない。賭ける価値のある混沌って感じ」
そう言うと、彼女は俺に視線をまっすぐ向けた。
「シンジ。あなたがパーティリーダーね。私は賭け金を出したわ。ゲームを続ける覚悟はある?」
その瞳はまるでサイコロが止まる瞬間を待つ勝負師そのものだった。リスクを覚悟しなければ、リターンは得られない。そう言っているようだった。俺は大きく息を吸い言った。
「コールだ。ようこそ、俺たちのパーティへ」
こうして、身勝手で高慢な女神アテナ、狂気のメイド魂を持つジャンヌ、そして底知れぬ力をもつ魔術師ヴィヴィアナ。俺はますますカオスな仲間を迎え入れることになった。
本当に、この先やっていけるのだろうか? しかし、胸の中では不思議と高揚感があった。そんな俺を見て、ヴィヴィアナが囁く。
「ほらね。あなたも結局、賭けるのが好きなんじゃない」
その誘うような声は、奇妙に心をくすぐるものだった。




