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プロローグ「残酷な天使(トラック)」

 異世界転生には、いくつかのテンプレがある。

 トラックに轢かれる。神様に会う。チートスキルをもらう。そして無双する。……らしい。


 だが、甘い、それは余りにも甘すぎるのだ。


 現実がクソなやつは、たいてい異世界でもクソだ。


 そして俺の場合はもちろんクソだった。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その日の俺はただのニートだった。一応、身分としては大学一年生ということになっているのだが、家族には一限の授業が休講になったと嘘をつき、10時まで惰眠をたっぷりと堪能していた。必修科目である午後からの授業には、さすがに出席しないとまずいが、まだ時間には余裕がある。

 

 リビングのソファーに座り、カフェオレを飲みながら、スマホゲームのデイリーをこなす。優雅な朝である。このところ、家の近所で縄文時代の遺跡が発見されたとかで、朝っぱらから俺の安眠を妨害していた道路拡張工事が一時、中断となっている。

 

 だが、そんな優雅な朝は突然の来訪者によってぶち壊された。

 

 玄関チャイムが鳴っているのだ。両親は共働きで既に出社している。弟も朝練で早々に登校したはず。対応できるのは俺だけだ。面倒くさいし、無視しようかとも思った。だが、念のため玄関モニターを覗いてみると、誰も映っていない。いたずらか、機械の不調か。

 

 ソファに戻りかけたところで、再び「ピンポーン」。

 

 しぶしぶ玄関へ向かい、ドアを開けた。そこで俺が見たのは、人ではなかった。トラックだった。

 

 目の前で現実感を欠いた巨大なフロントが迫る。思考が凍りついた次の瞬間、視界が白く弾けた。猛烈なクラクションと衝撃音が頭に鳴り響く中、俺は意識を失った。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 目を開けた瞬間、俺は自分が死んだことを悟った。理由は単純だ。視界一面に広がるのは真っ白の空間で、天井も壁もない。色も影もなく、音すらない世界。ただ、静寂だけが満ちている。どう考えても、現実ではない。Web小説風に言うならば死後の世界ってやつだ。

 さっきまで俺は自宅で、カフェオレを飲みながら、スマホゲームをプレイしていた。寝落ちして、気づいたらここ、というわけではない。

 

 脳裏にこびりつく強烈な衝撃の記憶。玄関のドアが爆散し、部屋に突っ込んでくる巨大なライトの光。あの事故の感覚は、今も身体に残っている。

 

 死んだ。そりゃ、そうだろ。10トンの鉄の塊に轢かれたのだ。人生って案外あっけない。

 

 そう思った瞬間、白い世界に色が生まれたような変化が起こった。

 

 光が滲み、粒子が収束し、人影がゆっくりと姿を現す。

 

 「待っていたわ、鈴木シンジさん」

 

 俺の前に現れたのは女だった。腰まで届く眩いばかりの金髪。見つめていると、吸い込まれそうになるサファイヤブルーの瞳。ルネッサンス彫刻のように豊満かつ均整がとれた体は古代ギリシャ風の白いドレスを纏っている。

 

 ギリシャ神話の女神。一言で表すなら、そんな感じだった。

 

 本人も自覚しているのか、腰に手を当てドヤ顔を浮かべた。

 

 「私はアテナ。迷える魂をリサイクル……じゃなくて、救済する女神よ。ようこそ天界へ」

 

 待て、リサイクルって言ったよな今? 俺が問いただそうとしたところ、アテナは急に大声を出した。

 

 「細かいことは気にしない! はい、拍手!」

 

 反射的に拍手しかけた俺を許してほしい。死後の世界にいるという緊張感。そして、女神と名乗る美人の圧力には逆らえなかったのだ。しかし、次の言葉が俺の手を止める。

 

 「まあ、あなた……もしかしたら気づいているでしょうけど、本当は隣の家の佐藤さんがここに来る予定だったのよね」

 

 「……は?」

 

 アテナは、悪びれる様子もなく補足した。

 

 「ちょっとしたミスをしちゃったのよ。佐藤さんじゃなくて、あなたを殺しちゃったの」

 

 その表情にはまるで罪悪感というものがなかった。

 

 「えーと……つまり俺は、隣の家の佐藤さんの代わりに殺されたってこと?」

 

 隣の家に住んでいる佐藤シンジさん。名前も似ているし、容姿もさほど変わらない。確か年齢は俺より7歳位上のはずだ。とっくに就職していてもいい年齢だが、もっぱら家に引きこもっているという噂だ。

 

 「正確には、自殺希望者の佐藤さんを迎えに行くはずだったトラックが、なぜか誤ったルートに進んでしまったという感じね」

 

 「いや、トラックが自分の意思でルートを変更したみたいに言うなよ! お前のミスじゃねえか!」

 

 どうやら死因は、不慮の事故ではなく、この女神と名乗る女が誘導をミスったのが原因らしい。めちゃくちゃ腹が立ってきた。

 

 「返せよ! 俺の人生返せよ!!」

 

 「返したいのは山々なんだけど……これでも仕事がめちゃくちゃ忙しいのよ?」

 

 アテナはこめかみを押さえ、深くため息をつく。

 

 「毎日毎日、自殺希望者のデータ処理と転生手続きよ。女神って言ってもね? 疲れるわよ? 弱音だって吐きたくなるわよ? 私だって、本当は工場のライン作業みたく、魂をベルトコンベアに乗せたくないのよ。一人一人、時間をかけてお見送りしてあげたいわ。でもね、そうしないと、仕事がとにかく終わらないの」

 

 被害者であるはずの俺が、どうして加害者の愚痴を聞いているのだろう。

 

 「じゃあ俺はどうすればいいんだ?」

 

 「言ったでしょう? 手違い。でもね、あなたの人生このまま続けても地獄なのよ?」

 

 アテナは何かを思い出したように指を鳴らし、宙に淡い水晶玉を出現させた。

 

 「文句を言いたい気持ちもわかるわ。でも、ちゃんと現実を理解してからにしましょう。これがあなたの未来よ」

 

 水晶に映ったのは、夜の橋の上の風景。よれよれのスーツ姿の男が欄干に手を掛けている。眼の下のくまが嫌でも目に入る疲れ果てた顔。その男は、年齢こそ違えど間違いなく俺だった。男の視線は力なく水面を見つめており、やがて何の躊躇もなく欄干を飛び越えた。

 

 胃の奥が冷たくなる。

 

 「……俺、自殺するのか」

 

 「10年後ね。就職に失敗して、過酷な労働で心身を擦り減らし、自分の未来すら信じられなくなったのよ」


  アテナはそっと目を伏せ、眉根を寄せた。と思ったら、次の瞬間、なぜか笑いだした。

 

 「まぁ、つまりよ。今回ちょっと早くお迎えがきても、そんなに大差ないってこと!」

 

 「ちょっとじゃねえだろ! 大差大有りだ。10年ってめちゃくちゃ長い時間だぞ!」

 

 午後からの授業の一つに文化人類学がある。単位を取るのが楽と聞いて、履修してみたのだが、これが意外と面白い。積んでるゲームだってあるし、読みたいマンガも山ほどある。

 

 俺は拳を握り、歯を食いしばる。たしかに未来の俺は地獄だ。だが、それは確定した未来じゃないはずだ。

 

 「生きたいんだよ、俺は。勘違いで死んで、本当は死ぬ未来だったからセーフみたいな理屈で納得できるか!」

 

 アテナはしばらく黙って俺を見ていた。そして珍しく真剣な声で言った。

 

 「……わかってるわよ。だから特例をあげる」

 

 アテナが右手を振ると、地面の上に魔法陣が展開された。

 

 「あなたを日本に生き返らせるチャンスをあげる。ただし条件付きよ」

 

 そこで言葉を切り、冷たい微笑みを浮かべる。

 

 「異世界を救いなさい」

 

 簡潔だが重い言葉が、静寂の空間に響いた。

 

 「魔王軍の侵攻に脅かされている世界があるの。そこの英雄になって、戦ってきなさい」

 

 無茶苦茶な要求だった。だが、単純明快な解決策でもある。

 

 「成功すれば、日本に戻れる。どうよ、この提案?」

 

 なるほど、こいつのやっていることがようやく分かってきた。ようするに、自殺しようとしている人間にトラックで迎えに行き、天界に拉致……ではなく召喚する。現実に絶望した人間に対して、アテナは異世界への転生を勧める。人間側はもう一度人生をやり直せるし、天界側は魔王に対抗する戦士を簡単に用意出来る。お互いにメリットがある。魂のリサイクル事業。よくできた仕組みだ。

 

 だが、俺にとって最善の選択は、今この瞬間生きかえることだ。

 

 

 「いや、そんな面倒なことせず、俺を日本に戻してくれるだけでいいんだけど。別に異世界に行きたいわけでもないし」 

 

 「申し訳ないんだけど、一度死んだ魂をそのまま生き返らせることは私の権限では出来ないのよ」

 

 アテナは肩をすくめ、二の矢を継いだ。

 

 「それに、言わせてもらうんだけどね。あなたが一限の授業をサボっていなかったら、今回の事故は起こらなかったのよ。だって、本当なら、あなたは家にいないはずだったもの」

 

 正直な話、痛いところを突かれた。たしかに本来なら大学に行っている時間だ。つまらない授業だからさぼったというわけではない。むしろ、面白い方だ。だが、深夜までゲームをやっていた俺は惰眠を貪るという誘惑に勝てなかったのだ。

 

 アテナは勝利を確信したかのように微笑み、水晶を指で操作した。

 

 「安心しなさい。着の身着のまま、異世界に送り込むなんて酷なことはしないわ。ちゃんと、サバイバルできるように強力なスキルを付与してあげる。好きなのを選んで?」

 

 俺はもう泣きそうになっていた。授業をさぼってしまった自己嫌悪。追い打ちをかけるような不幸な偶然。頭を切り替えろ。シンジ。こいつの提案に乗るしかない。少なくとも日本に戻るチャンスはまだあるんだ。

 

 意を決して水晶を覗き込むと、目に飛び込んでくる強力なスキル群――

 

 【冒険服貸与】……死亡時には、天界に返却義務有り。

 【ブレイブハート】……痛みを感じなくなるが、被ダメージ倍率が2倍に上昇する。

 【ここにスキルの名前を入力】……スキルの説明(人間がじゃぶじゃぶ転生したくなるような射幸心を煽りまくる文章)

 

 

 「ゴミスキルばっかりじゃねーか!! どこが強力なんだよ! 【不老不死】とか【時間停止】とか、そういうチートスキルはないのかよ!」

 

 「スキルの横の欄に×印が書いてあるでしょ。有用そうなスキルは全部、ほかの転生者が持っていっちゃったのよね」

 

 一体、俺はどうすればいいのだろう。縁もゆかりない異世界で生き延び、魔王とやらを倒さなければならない。使えそうなスキルを必死に探すが、皆考えることは同じ。どうでもいいスキル以外はことごとく×印が書いてあった。徒手空拳での異世界転生。詰みだ。始まる前に終わってしまった俺の冒険。

 

 「迷ってるなら、これでいいんじゃない?」

 

 アテナが押し付けてきたスキル名を見た瞬間、俺は凍りついた。

 

 【アイアムジャパニーズ】……無事、現実世界へ戻ってきた時に日本国籍を付与。

 

 「ふざけんじゃねえええ!!」

 

 俺は怒りと共にアテナに詰め寄った。もし、ここにちゃぶ台があったら盛大にひっくり返ししていただろう。

 

 「なんだよこれ。絶対一生使わねーだろ!? 大体、俺は日本人なんだから、自動的に日本国籍を付与しとけよ。こんなゴミみたいな能力で命を賭けてたまるかよ!」

 

 「ゴミみたいですって! 現実世界に戻る時の事務手続きってね、アホみたいに面倒なのよ! 感謝こそされど、非難される云われはないわよ! それに、あまりものには福があるっていうでしょ!」

 

 俺はこの時悟った。この女は俺のことを適当な異世界へと転生させ、さっさと次の仕事を片づけたいのだろう。もう、話していても埒が飽かない。どれだけ抗議しても、暖簾に腕押し。上等だ。異世界から脱出する方法を探し出し、必ずアテナに復讐してやる。

 

 俺はスッと息を吐いた。震える指で、スキル欄の【アイアムジャパニーズ】に触れた。残ってるゴミスキルなんて、どうせ役に立たないからどれでもいい。魔法陣の上に移動すると、身体が上から吸い込まれるように浮き始めた。

 

 「では、華麗に転生してらっしゃい! 次の人生ではもっと上手くやるのよ!」

 

 あまりにも憎たらしいアテナの輝くような笑顔。客観的に見れば、美人であることがなおさら腹立たしい。それから、俺は白い光に包まれた。異世界へ転生が始まる!……はずだった。

 

 「……おい、何も起こらねえぞ」

 

 アテナが首を傾げて、俺の元に近寄って来る。魔法陣の光は薄れ、俺の体は再び地面に着いた。

 

 「おかしいわね。魔法陣の故障かしら」

 

 アテナがそう言って右手を振る。その時だった。俺とアテナの背後から、聞こえるはずのない轟音が響いてきた。振り返った俺たちを照らす、二つのヘッドライト。雷鳴のように轟くエンジン音。

 

 間違いない、俺を玄関から迎えに来たあの天使だ。

 

 「ちょっと、なんでここにトラック来てるのよおおお!?」

 

 

 チャンスだ。あのうろたえっぷりから見るに、例え女神でもトラックの力には勝てないらしい。逃げ出そうとするアテナの腰を俺は全体重をかけて掴んだ。

 

 「水臭いじゃねえか、アテナ! 袖振り合うも他生の縁って言うだろ。一緒に異世界転生と洒落込もうぜ!」

 

 「嫌よ! 放しなさいよ、この変態! 魔王を倒す? そんな面倒なこと、私はしたくないわよ。死にたいなら、一人で死んでよ! 私を巻きまないでちょうだい!」

 

 このアマ。俺は巻き込んだのは他でもないてめえだろうが。アテナは腕に力を入れ、必死に逃げだそうとしている。

 

 「アテナ、経験者として、一つだけアドバイスしてやる」

 

 俺はそこで言葉を切り、トラックの方を見た。タイヤが猛烈に回転し、エンジンの熱気がこちらにまで伝わってくる。鉄の体躯が空気を振動させた。

 

 「死ぬほど痛いぞ」

 

 「いやああああああああああ」

 

 女神と俺は抱きあうような体勢で吹っ飛び、光の渦に飲み込まれていった。

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