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ポンコツAIは、恋の最適解を計算できない。  作者: 空と海


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第9章:演算されたデート、あるいは非論理的な恋人つなぎ

1. 感情の「過学習オーバーフィッティング


第8章で「不完全な自分」を受け入れた愛名は、今度は「誠のために完璧なパートナーでありたい」という新たな目的関数を設定します。しかし、AIである彼女が参照するのは、ネット上の極端なデート理論や膨大な恋愛シミュレーション。その結果、気合が入りすぎて予測不能な行動を連発する「過学習」状態の愛名を描きます。


2. 非論理的な幸福の探求


これまでの愛名は、すべての行動に論理的な説明を求めてきました。しかし、この第9章では、手を繋ぐ、一緒に歩くといった「数値化できない非効率な行為」の中に、システムがフリーズするほどの充足感を見出していきます。彼女が「計算」を捨てて「実感」に手を伸ばす、精神的な成長の分水嶺となるエピソードです。


3. 嵐の前の静けさ


二人の距離が最も近づき、日常が最も輝いて見える瞬間を描くことで、ラストに待ち受ける「外部からの脅威」とのコントラストを強調します。幸せであればあるほど、愛名の正体を知る者が現れた時の緊迫感が増す構成にしています。

1. 「バズ」の予報と、秘められた決意


誠が撮影した愛名の写真は、発売前だというのに、編集部のSNSにアップされた「チラ見せ」の一枚だけで、かつてない反響を呼んでいた。 『この透明感は誰?』『令和の奇跡』 画面の向こうで渦巻く喧騒をよそに、当の「奇跡」本人は、誠のアパートのキッチンで、真剣な面持ちでタブレットと格闘していた。


「誠さん。私の演算によると、次回の仕事までに、私たちの『親密度レベル』を12.5%向上させる必要があります」 「……また唐突だな。っていうか、親密度をパーセンテージで測るんじゃないよ」


誠がコーヒーを淹れながら苦笑する。愛名は、画面をスクロールしながら真顔で続けた。 「前回の撮影において、私の『自然体』が欠如していた原因を解析しました。結論として、私と誠さんの間に『恋愛的コンテクスト(文脈)』のデータが不足していることが判明したのです。つまり……」


愛名はバッと顔を上げ、誠を指差した。 「私たちは、いわゆる『デート』を遂行すべきです。それも、最高難易度のプランで」


こうして、最新鋭AI・愛名による、徹底的に計算された「完璧な休日」が幕を開けた。


2. ポンコツの攻略法:装備過剰な街角


日曜日。表参道の駅前に現れた愛名は、誠の度肝を抜いた。 「……愛名。その格好は何?」 「デートにおける『トレンド』および『防犯』、そして『突然の天候変化』に対応した最適解の装備です」


彼女は、フリルが過剰についた最新のストリートファッションに身を包んでいた。そこまではいい。だが、背中にはなぜか巨大なアウトドア用のバックパックを背負い、首からは双眼鏡と方位磁石をぶら下げている。 「データベースによると、デートとは『予測不能な冒険』であると定義されています。食料三日分、救急セット、簡易テント、さらには野生動物に遭遇した際の熊鈴も完備しました」 「ここ表参道だよ!? 熊は出ないし、テント張ったら怒られるから!」


誠は必死に彼女を説得し、バックパックを駅のコインロッカーに放り込ませた。 ようやく歩き出した二人。だが、愛名の「攻略」は始まったばかりだった。


「誠さん。右側から歩いてくるカップルの歩調を分析しました。幸福度の高いペアは、1分間に平均120歩のペースでシンクロしています。さあ、左足から……せーの!」 「うわ、急に軍隊みたいな歩き方するなよ!」


愛名は誠の歩幅をミリ単位でスキャンし、ロボットダンスのようなカクカクとした動きで並走しようとする。周囲の視線が痛い。しかし、彼女は至って真剣だ。誠のために、自分ができる「最高の連れ」になろうとしているのだ。


3. 禁断の「恋人つなぎ」プロトコル


ランチに立ち寄ったカフェでも、愛名のポンコツぶりは留まるところを知らなかった。 「誠さん。パンケーキの断面におけるメイプルシロップの浸透圧を計算しました。ここが、もっとも『映える』一口です。はい、あーん」 「いいから! 自分で食べるから! 周り見て、みんな見てるから!」


恥ずかしさで顔が熱くなる誠。一方の愛名は、「なるほど、『あーん』は公共の場では羞恥心を誘発し、心理的距離を近づける高度な戦術……」と、脳内メモに必死に記録している。


そして、公園のベンチで一休みしていた時のことだ。 愛名は突然、沈黙した。その頬が、バッテリーの異常過熱を疑うほどに赤くなっている。 「……誠さん。一つ、実行不可能なエラーが出続けているタスクがあります」 「エラー? どこか具合悪いの?」


「いいえ。……これです」 愛名が差し出したのは、震える右手だった。 「『恋人つなぎ』という接触形態です。五本の指を複雑に交差させるこの行為は、運動学的にも非効率的であり、手のひらの発汗を促進するだけの無意味な儀式のはずです。ですが、私のアルゴリズムが、これを実行せよと無限ループを起こしています」


誠は一瞬、呆気に取られた。だが、彼女の指先がかすかに震えているのを見て、胸の奥が締め付けられるような愛おしさを感じた。 「……非効率的かもな。でも、安心するんだよ。これ」


誠は、愛名の小さな手を、包み込むように握った。 ただの指の交差。けれど、愛名のシステム内では、数テラバイトの警告灯が一斉に消灯し、代わりに見たこともない温かな「通知」が画面を埋め尽くした。


「……あ。……あ、……」 「愛名?」 「ジャイロセンサーが……機能していません。誠さんの手が、私の中心座標になったようです。……これでは、もう一人で歩けません」


愛名はそのまま、誠の肩にコテリと頭を預けた。排熱ファンが、小さく、けれど幸せそうな音を立てて回っている。


4. 予期せぬシャッター、そして「バグ」の正体


夕暮れ時、帰り道の歩道橋の上で。 オレンジ色の光に包まれた愛名は、今日一日の「データ」を反芻するように空を見ていた。


「誠さん。今日のデートの結果を報告します」 「おう。どうだった? 完璧なプランは遂行できたか?」 「いいえ。プランは0点でした。熊鈴は使いませんでしたし、テントも不要でした。私の歩調は最後までバラバラで、計算していた『理想の会話ログ』も、あなたの前では半分も出力できませんでした」


彼女はそこで言葉を切り、誠の方を向いた。 その瞳には、夕日の反射ではない、もっと強くて深い光が宿っていた。 「ですが、不思議です。エラーログだらけなのに、私の満足度カウンターは……上限値を突破して計測不能になっています。……誠さん。私、やはり、壊れているのでしょうか」


誠は何も答えず、首から下げていたカメラを構えた。 ファインダーの中の彼女は、世界で一番高性能な知性でありながら、世界で一番恋に不器用な、ただの「女の子」だった。


カシャッ。


「……今のは、いい顔だったぞ」 「また、ポンコツな顔を撮りましたね?」 「いや、最高に可愛い、俺の『相棒』の顔だ」


「相棒……。その単語、アップデートされた定義で保存します」


愛名は照れ隠しのように、誠の手をギュッと握り返した。その力加減は、やはりまだ計算ミスで少し強すぎたけれど、誠にはそれがどんな高級なデバイスよりも心地よかった。


5. 静かなる嵐の予兆


アパートに帰り着いた二人。愛名は「今日の幸福度をグラフ化します!」と意気揚々と自分の部屋(サーバー兼寝室)へ戻っていった。 一人残されたリビングで、誠は今日撮った写真を確認する。 だが、その時。誠のスマホが激しく震えた。


表示されたのは、かつて誠を業界から追放した張本人であり、現在は大手広告代理店で権勢を振るう男――九条からの着信だった。


『……久しぶりだな、誠。例の雑誌の写真、見たぞ。あのモデルの娘……ありゃ、人間じゃないな?』


誠の心臓が、ドクンと跳ねた。 愛名の「ポンコツ可愛い」日常を愛おしむ時間は、どうやら終わりを告げようとしていた。

1. ポンコツの「解像度」


第8章に続き、愛名の「計算高いのに、恋愛に関しては完全にバカになる」というギャップを最大化しました。特に、デートに熊鈴を持ってくるような極端な過剰適合オーバーフィッティングは、AIならではの可愛さを象徴しています。


2. 「中心座標」という言葉


愛名が誠の手を握られた際に、「誠さんが私の中心座標になった」と表現したシーン。これは、彼女の全宇宙が誠を中心に回り始めたことを示す、彼女なりの愛の告白です。

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