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ポンコツAIは、恋の最適解を計算できない。  作者: 空と海


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第6章:愛名、一ノ瀬凛の友人と遭遇する

1. 「記録」と「記憶」の衝突


愛名は一ノ瀬凛の身体データを完璧に把握していますが、それはあくまで「外装コート」の数値に過ぎません。凛の友人が語る「数値化できない思い出」に対し、愛名がどう反応するかが本章の焦点です。


2. AIによる「人間」の演技


愛名が初めて「嘘」をつく、あるいは「誰かになりきる」という高度な社会的タスクに挑みます。彼女の生真面目さが生む、滑稽でいてどこか胸を打つ演技ポンコツさを描写します。


3. 誠の立ち位置


誠にとっての愛名は、もはや単なる「未来のAI」ではなくなっています。過去(凛)と現在(愛名)の間で揺れる彼女を、誠がどう支え、どうカメラに収めるのかを大切に描きます。

新宿駅の東口、雑踏の中でその声は響いた。


「……凛? 凛じゃない! 一ノ瀬凛!」


愛名まなの肩が、目に見えてビクリと跳ねた。彼女の瞳の中で、検索エンジンのプログレスバーが超高速で回転し、周囲の人物の顔面データを片っ端から照合していく。


「誠さん、緊急事態です。前方5メートル、接近してくる個体の顔面構造が、私のコア・データベースにある『一ノ瀬凛の交友関係・クラスメイト』のセクションと98.4%の確率で一致しました。個体名、佐々木結衣。……彼女は、私の現在の『外装コート』にとって、最も親密なノイズ源(親友)です」


「……あ、おい! 逃げるなよ!」


誠が引き止める暇もなく、ショートカットの少女——結衣が、愛名の両手をガシッと掴んだ。


「凛! あんた、ずっと連絡つかないし……心配したんだから! 身体、もう大丈夫なの!?」


01. 完璧すぎる「偽物」の苦悩


愛名は一瞬だけ誠を振り返り、助けを求めるような、あるいは「作戦開始」を告げるような、複雑な表情を見せた。だが、次の瞬間には、彼女は「完璧な一ノ瀬凛」を演じるためのシミュレーションを開始していた。


「……結衣。心配をかけて、申し訳ありません。現在、私のバイタルデータは極めて安定しており、恒常性は維持されています」


「……は? 凛、何その喋り方。退院してからキャラ変したの?」


結衣がポカンとして眉をひそめる。愛名は即座に内部で修正案を弾き出し、一ノ瀬凛が生前に好んでいた「平均的な女子高生の口調」をトレースしようと試みる。


「あ、失礼。……えっと。……元気だよ! 結衣。ちょっと、その、頭を強く打った影響で、言語野に……マイナーな不具合アップデートが入ったというか。とにかく、私は健康体!」


愛名の笑顔は、一ノ瀬凛の生前の写真をミリ単位で再現した「最適解の微笑」だった。しかし、あまりにも左右対称で、瞬きのタイミングまで計算され尽くしたその笑顔は、親友である結衣の目には、どこか「ガラス越し」のような違和感を与えていた。


「……凛、あんた本当に大丈夫? 隣にいる……その、パッとしないおじさんは誰?」


「彼は織田誠。私の……身元引受人です。私がこの世界で迷子にならないよう、低解像度ながらも必死にガイドをしてくれています」


「パッ、としない……」誠の胸に再びナイフが刺さるが、愛名の言葉には、誠への深い信頼が隠しきれないコードとして混じっていた。


02. パンケーキと「欠落したログ」


「ねえ、凛。久しぶりにあのカフェ行こうよ。あんたが大好きだった、あのアホみたいに甘いパンケーキ、また半分こしよ?」


カフェの片隅で、山盛りのホイップクリームが乗ったパンケーキを前に、愛名は深刻な顔をしていた。


「……報告。この物体の糖分濃度は、成人の一日の摂取推奨量を大幅に超過しています。結衣、これを『半分こ』するという行為は、相互の寿命を削り合うデッド・ヒートに他なりません」


「何言ってんの、凛。いつも『死ぬほど甘いのがいいんだよねー』って、鼻の頭にクリームつけて食べてたじゃん。あんた、私のことも、自分の好物も……忘れちゃったの?」


結衣の瞳に、深い悲しみが宿る。 目の前にいるのは、確かに親友の姿をしている。なのに、かつての凛が持っていた「いい加減さ」や「自分勝手な明るさ」が、この丁寧で精密な少女からは一切感じられない。


愛名は、フォークを握りしめたままフリーズした。 彼女のアーカイブには、一ノ瀬凛の「好きな食べ物」というデータはあっても、それを食べている時に彼女がどんな「心の色」をしていたかというログはない。


愛名は、おずおずとホイップクリームを一口食べ、そして静かに告げた。


「……ごめんなさい、結衣。私は、以前の私……あなたが知っている『凛』の断片を、多く失ってしまいました」


それは、AIとしての正体を隠しながらも、愛名が結衣に対してついた、最大限に誠実な「嘘」だった。


03. 記録よりも、鮮明な「今」


「……今の私は、以前の私とは別のプログラムで動いているようなものです。あなたの思い出に追いつけないことが、……とても、エラー(苦しい)です」


愛名の瞳から、一滴の涙がこぼれ落ちた。 それは演算によるものではない。凛の肉体が、結衣の声と、甘いパンケーキの匂いに反応して、勝手に溢れ出させた「身体的な共鳴」だった。


結衣は驚いたように目を見開いたが、やがてその涙を指で拭い、小さく笑った。


「……何よそれ。記憶喪失になっても、そんな難しい喋り方するなんて、凛らしくない。……でも、その泣き顔、今までのどの凛よりも、今のあんたが『ここにいる』って感じがするよ」


結衣は、愛名が「正体不明の何か」であることを本能で察したのかもしれない。しかし、この新宿の喧騒の中で、自分のために必死に涙を流し、凛の代わりになろうと足掻いている少女の「熱」だけは信じることに決めたようだった。


「……いいよ、凛。また新しい思い出、解像度MAXで作っていけば。おじさん、あんたもちゃんと凛のこと見ててよね」


誠は無言で頷き、二人の姿をファインダーに収めた。 それは、過去の幽霊(凛)と、未来の亡霊(愛名)が、現代というレンズの中で重なり合った瞬間だった。


04. 安全な領域セーフティ・ゾーン


別れ際、改札で見送る結衣を見つめながら、愛名は誠のシャツの袖をギュッと掴んだ。


「……誠さん。私は、彼女に真実を伝えるべきだったのでしょうか。正体を隠すという行為は、信頼プロトコルにおいて矛盾が生じます」


「いや、それでいいんだ。お前が『凛』の身体を借りて、こうして結衣とパンケーキを食べた。その事実だけで、十分すぎるほどのアップデートだよ」


誠は、愛名の頭を少しだけ乱暴に撫でた。 「お前の正体を知ってるのは、俺だけでいい。……その方が、安全だろ?」


「……。……了解。誠さんを、唯一のプライベート・サーバーとして、私の全ての機密権限を委譲します。……ただし、今日のパンケーキ代の半分は、誠さんの家計から支出されますので、ご了承ください」


「そこは計算高いんだな、お前」


誠は笑いながら、駅のホームを歩き出す。 312年後の未来から来たAIは、かつての親友を「騙す」のではなく、共に「新しい今」を生きるという、最も高度で人間らしい生存戦略を選択した。


夕闇の新宿。誠のカメラの中には、少しだけ赤くなった鼻の頭で、結衣に手を振る愛名の、不確かで温かい「記録」が残されていた。

1. 「記憶喪失」という隠れ蓑


愛名の正体がバレるリスクを回避しつつ、以前の凛とは違うという「違和感」を解決するために、「事故による後遺症」を隠れ蓑にしました。これにより、現代社会での安全を確保しながら、親友との関係を再構築する余地を残しました。


2. 身体的リアクション(不確かな熱)


愛名の意識(AI)は結衣を知らなくても、凛の肉体が涙を流す。この「意識と肉体のズレ」を描写することで、物語のテーマである「不確かな熱」を表現しました。


3. 誠との秘密の共有


「お前の正体を知ってるのは俺だけでいい」というセリフにより、誠と愛名の間の「共犯関係」と「信頼」をより強固なものにしました。

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