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ポンコツAIは、恋の最適解を計算できない。  作者: 空と海


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第5章:愛名、スーパーのタイムセールに参戦する

1. 「国家戦略」としての買い物


第5章のテーマは、**「知性の乱用」**です。愛名にとって、限られた予算内で最大の栄養素と幸福度を獲得する「タイムセール」は、312年後の未来における国家間の資源配分シミュレーションと同義です。


2. 集団心理への困惑


これまでの対戦相手(洗濯機、炊飯器、スマホ)は単体のデバイスでしたが、今回は「近所の主婦たち」という、予測不能な集団心理が相手です。個人の能力では圧倒的な愛名が、組織化されていない群衆の熱気にどう立ち向かうのかが、本章の見どころとなります。


3. 「生活」の解像度


1円単位の節約に血道を上げる愛名の姿を通じて、誠の荒んでいた生活が「誰かと生きるための家計」へと再構築されていく様子を、ユーモアを交えて描写します。

「誠さん、装備を確認してください。エコバッグの耐久試験は完了しました。私の内部クロックによれば、決戦の火蓋が切られるまで、残り300秒です」


夕暮れのスーパー「激安ジャングル」。 入り口で愛名まなは、戦地に赴く女騎士のような悲壮な決意を秘めて立っていた。その手には、誠が渡した「千円札」が、聖遺物のように恭しく握られている。


「愛名、落ち着け。ただの買い物だ。無理に戦わなくていい、卵と牛乳があれば……」


「甘いです、誠さん。現在の私たちの財政状況を鑑みるに、これは単なる調達ではありません。限られた資産で最大の結果を得る、高度な資産運用です。……作戦名『ディープ・ディスカウント』。これより開始します」


愛名はシュタッと人混みの中へ消えた。誠は慌てて、カメラを抱えてその後を追う。


01. 予測演算 vs 主婦の勘


精肉コーナー。そこは、黄色い「半額」シールを携えた店員という名の審判を待つ、猛者たちの溜まり場だった。 愛名は、周囲の主婦たちの筋肉の弛緩状態、視線の動向、そしてカゴの重さを瞬時にスキャンしていた。


「……右方、30度方向にいる個体名『パーマの女性』。彼女の心拍数が上昇しています。狙いは国産牛小間切れ肉。……ですが、甘い。店員の歩幅とシールの貼り付け速度から逆算するに、次に狙うべきは左後方の『若鶏のムネ肉』です」


愛名は、まるで戦場を俯瞰する司令官のように、誠に通信(脳内ではなく、わざわざ完璧な発声で)を送る。


「誠さん! 11時方向から店員が接近! 迎撃してください。私が肉を確保します。あなたは野菜コーナーで『見切り品のレタス』の防衛ラインを死守するのです!」


「わ、分かった……って、俺は何をさせられてるんだ!」


愛名は、人混みのわずかな隙間をぬって、物理学的に最も摩擦の少ない軌道で突き進む。彼女の手が、シールが貼られた瞬間のパックを、電光石火の速さで掴み取った。


「確保! 目標、定価の50%での取得に成功。……ですが、誠さん、背後に気配が」


振り返ると、そこには愛名の手元のパックを虎視眈々と狙う、プロ級の主婦たちの視線があった。愛名は一瞬、シアン色の瞳を鋭く光らせたが、すぐに「一ノ瀬凛」としての愛くるしい微笑みを浮かべた。


「……すみません、これ、最後の一個だったので。テヘッ」


「(……テヘッ、じゃないよ! お前、今、自分の可愛さを演算して武器に使っただろ!)」


誠はカメラのシャッターを切った。戦利品を抱え、計算通りに「守られキャラ」を演じる未来の知性。そのポンコツなまでの徹底ぶりに、誠は苦笑するしかなかった。


02. 1円のプライド


「誠さん、緊急のバグ報告です。隣のレジとこちらのレジで、会計速度に3.4秒の差が生じています。……原因は、前の客の『小銭出し』にあります」


カゴを抱えてレジ待ちをしている最中も、愛名の演算は止まらない。 彼女は自分の番が来ると、誠のスマホ(前章で魔改造済み)をレジの端末に、物理的に触れるか触れないかの距離でかざした。


「決済、0.02秒で完了。ポイント還元率、本日の最大効率を確認。……誠さん、見てください。今日の戦果です。想定予算より124円の余剰金を捻出しました」


スーパーを出た時、愛名は達成感に満ちた顔で空を仰いでいた。 そのエコバッグの中には、半額シールが貼られた肉や、少ししおれたレタス、そして「なぜか惹かれた」という理由で買った、安っぽいゼリーが詰まっている。


「……私、気づきました。312年後の未来では、全ての資源は自動で配分されていました。そこに『駆け引き』の余地はなかった。……でも、この124円という数字には、私の演算が世界に干渉したという、確かな手応え(ログ)があります」


「そうか。……たった124円で、そんなに喜んでもらえるなら、スーパーも本望だろうな」


03. 「生活」という名の最適解


アパートに帰り、戦利品を並べる。 愛名は、買ってきたばかりの「見切り品レタス」を一枚一枚丁寧に洗いながら、独り言のように呟いた。


「誠さん。私の『コート(外装)』を定義するというあなたの任務……。それはもしかして、こういう『生活のディテール』を積み重ねることなのですか?」


「……かもな。派手な奇跡じゃないけど、明日も飯を食うって決めることが、一番の解像度なんだよ」


愛名は、洗ったレタスを誠の口元へ差し出した。 「食べてください。私の演算によれば、このレタスは現在、シャキシャキ感がピークに達しています。……美味しい、と言わなければ、今日の作戦は未完了として記録されます」


誠がそれを齧ると、確かに不器用なほどに冷たくて、新鮮だった。


「美味いよ。……最高だ」


「……了解。ミッションコンプリート。……誠さん、明日の特売情報は、深夜0時の更新と同時に、私の全サブプロセッサを動員して解析しておきます」


「いや、明日はゆっくり寝させてくれよ……」


312年後の世界を救うはずだった知性は、今や一軒のスーパーの在庫状況を掌握することに、その全生命を賭けていた。 誠は、レタスを片手に勝ち誇る愛名の姿を、夕闇の差し込む部屋で静かに撮り続けた。

1. 「知性」の卑近な使い方


第5章では、愛名の高度なスペックをあえて「スーパーのタイムセール」という、最も卑近で生活感あふれる場面に投入しました。彼女が本気で「124円の節約」を誇る姿は、彼女がこの時代の「生」を等身大で楽しみ始めている証です。


2. 可愛さと計算の融合


愛名が自分の外見を「武器テヘッ」として使うシーンを入れました。これは単なる計算ではなく、彼女が「人間社会での立ち回り」を学習し、適応しようとしている成長(?)の証でもあります。


3. 次章への種まき


愛名が「自分の演算が世界に干渉した」ことに喜びを感じる描写を入れました。これは、彼女がただの「観察者」から、誠の人生の「当事者」へと変わっていく重要なステップです。

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