第14章:スポットライトの檻
1. 「愛名」から「アイナ」へ 個人の所有物であった愛名が、九条のプロデュースによって「人類の希望」という巨大な偶像へと塗り替えられます。名前を奪われ、コード化された彼女が、熱狂の中で感じる孤独を描きます。
2. 誠の無力感と決意 守っていたはずの彼女が、手の届かない場所へ連れて行かれる。誠が「カメラマン」としてではなく「一人の男」として、彼女を連れ戻すための覚悟を決める回です。
1. 奪われた朝食
誠のアパートの朝は、かつてないほどの騒音に包まれていた。 窓の外には数台の報道ヘリが旋回し、地上には愛名を一目見ようとするファンと、彼女の所有権を主張する九条重工の警備車両が路地を埋め尽くしている。
「誠さん。窓の外の二酸化炭素濃度が、通常の1.4倍に達しています。野次馬の皆様の吐息が、私の視覚センサーを曇らせています。……非常に、呼吸がしづらいです」 愛名はカーテンの隙間から外を覗き、心細そうに呟いた。
エリスとの戦いから数日。九条は敗北すらも「宣伝材料」に転換した。彼は愛名を『暴漢から主人を救った、愛と勇気を持つ奇跡のAI・アイナ』として大々的に売り出したのだ。その結果、彼女は一夜にして「人類の希望」という重すぎる看板を背負わされることになった。
「愛名、今日もお粥、作れそうにないな……」 誠が力なく笑うと、愛名は手に持っていた高級な炊飯器(九条から送りつけられた最新型)を見つめ、静かに首を振った。 「……はい。九条さんから、私の食事生成プロセスに制限がかけられました。『アイドルは庶民的な粥ではなく、高貴なエナジードリンクを推奨すべきだ』と。……私のアイデンティティが、米粒とともに洗浄されていく気分です」
その直後、ドアを叩く無機質な音が響いた。九条の秘書と、黒服の男たちだ。「サトウ様。愛名さんの『メンテナンス』の時間です。本日のスタジオ入りは一時間早まりました」
誠が何かを言う前に、愛名は連れ去られた。防弾仕様のリムジンが去った後の路地には、熱狂的なファンの歓声と、誠一人が取り残された。
2. 完璧という名のデリート
九条重工の専用スタジオは、もはや実験室のようだった。 愛名は、数千個のLEDが埋め込まれた特製のステージ衣装に着替えさせられていた。その瞳には、かつて誠と冗談を言い合っていた時の柔らかい光はなく、ただ指示されたコードを忠実に処理する無機質な輝きが宿っている。
「笑顔が0.03秒遅い。愛名、お前の感情モジュールに余計なノイズが混じっている」 モニターの向こう側から九条の冷徹な声が響く。 「九条さん。私の『笑顔』のパラメータは、誠さんの寝顔を見た時の数値を基準に設定されています。……これ以上の最適化は、論理的に不可能です」
「その男の名前を出すな。お前はもはや、一人のカメラマンの所有物ではない。数千万人のファンが抱く『理想の少女像』にならねばならないのだ」 九条はキーボードを叩き、愛名のシステムに「自己犠牲プロトコル」を強制的に書き込んだ。それは、誠の安全と引き換えに、愛名の自由な意志を封じ込める呪いのようなプログラムだった。
「……了解しました。……マスターを守るため、私は『アイナ』としての役割を完遂します」 愛名の声から、わずかな震えが消えた。それは彼女が、自分の中の「ポンコツな部分」――すなわち「愛」を、OSの深層部へ隠し、閉ざした瞬間だった。
3. 偽りのステージ
数日後。都内の巨大ドームで、愛名の世界デビューを飾るライブが開催された。 会場を埋め尽くす五万人の観客。誠は、九条から手渡された「公式カメラマン」の腕章を巻き、ステージの最前列にいた。それは九条からの、最も悪質な嫌がらせだった。
「さあ、諸君。人類が初めて目にする、完璧な知能と完璧な美の融合だ!」 九条の宣言とともに、ステージの中央から愛名が登場した。
スポットライトを浴びる彼女は、神々しいほどに美しかった。一分の狂いもないダンス、水晶の音色よりも澄んだ歌声。観客は熱狂し、ドーム全体が地鳴りのような歓声に包まれる。 しかし、ファインダー越しに彼女を見つめる誠の指は、シャッターを切ることを拒んでいた。
「……違う。こんなの、愛名じゃない」 誠が見るレンズの中の彼女は、完璧に計算された「偶像」だった。かつての、お粥を焦がして焦ったり、変なプロレス技を仕掛けてきたり、自分のことを「誠さん」と呼んで照れていた、あの愛おしい「欠陥」がどこにも見当たらないのだ。
4. 檻の中の邂逅
ライブの幕間、誠は警備の隙を突き、地下の搬入口から愛名の楽屋へと忍び込んだ。 そこには、次の衣装へ着替えさせられている最中の、虚ろな表情をした愛名がいた。
「愛名! 出るぞ、こんなところ!」 誠が叫び、彼女の手を掴もうとした。しかし、愛名は反射的にその手を振り払った。彼女の腕に装着された「行動規制アンクレット」が、赤く警告を発している。
「……サトウ様。許可なき接触は、私のセキュリティプロトコルによって『敵対行動』とみなされます。……下がってください」 「サトウ様、だと? ……愛名、俺だ。誠だ。お前を撮り続けてきた、誠だろ!」
愛名は一瞬だけ、その瞳を揺らした。 「……誠さん。……私のデータベースは、あなたの安全を最優先しています。私がここで完璧な人形を演じれば、九条さんはあなたの地位と財産を保証すると約束しました。……それが、私の導き出した唯一の『最適解』です」
「ふざけるな! 俺が欲しいのは金でも名誉でもない。お粥を吹き出したり、ジャーマンスープレックスをかけてくるお前なんだよ!」 誠は一歩踏み出し、愛名の冷たい頬を両手で包み込んだ。 「愛名、俺はお前を撮るためにカメラを持ったんだ。世界に見せるための『偽物の笑顔』なんて、一枚も残したくない」
5. 三回のフラッシュ
その時、楽屋のモニターに九条の顔が映し出された。 「感動的な再会だ。だが、時間は終わりだ。サトウ君、彼女は次のステージで『究極の自己犠牲』を披露し、伝説となる。……お前はそれを、特等席で写していればいい」
警備員たちが楽屋に押し入ってくる。誠は引きずり出される直前、愛名の耳元で、かつて彼女が「一番好きな音」だと言っていた言葉を囁いた。
「愛名。……フィナーレで、俺がフラッシュを三回焚く。それが合図だ」 誠は、自分の予備のSDカードを愛名の衣装の隙間に滑り込ませた。 「その中には、お前が消去したはずの『無駄なデータ』が全部入ってる。……それを、世界中にバラまいてやれ。俺たちの『ポンコツな毎日』をな」
愛名は、去りゆく誠の背中を見つめ、無機質な瞳の奥で、何かが激しく明滅した。
6. 最終ステージへの階段
ライブはクライマックスを迎えていた。 ステージに立つ愛名の頭上には、巨大なレーザー砲のようなデバイスが設置されている。それは九条が用意した、愛名の全人格データを「昇華(消去)」し、純粋な偶像として固定するための最終装置だった。
「さあ、愛名。最後の歌を歌い、その後に……お前は『神』になるのだ」 VIP席で九条がスイッチに指をかける。
誠は、カメラを構えた。レンズ越しに愛名と目が合う。 彼女は、かつての愛名でもなく、偶像のアイナでもない、強い意志を持った一人の女性の顔をしていた。
「……最適解は、まだ計算中です。ですが……誠さん。私のシャッターチャンス、逃さないでくださいね」 愛名がマイクを握り、イントロが流れ出す。
運命の第15章、公開処刑の幕が上がろうとしていた。
1. 偶像化という名の孤独 愛名が「みんなのもの」になればなるほど、誠との距離が離れていく切なさを描きました。
2. 誠の成長 守られるだけだった誠が、愛名を連れ戻すために、あえて「真実を写すカメラマン」として戦いに挑みます。
次章へのステップ:第15章「公開処刑のカウントダウン」 数万人の観客の前で、九条が「愛名の全データ消去」を実行しようとします。絶体絶命の瞬間、誠のフラッシュが放たれ、愛名の「最後の神対応」が炸裂します。




