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ポンコツAIは、恋の最適解を計算できない。  作者: 空と海


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第11章:AI、アイドルになる? ―ファンサービスと過熱するファン―

1. 「有名」という名のバグ


第10章で九条の手から逃れ、芸術的な勝利を収めた二人。しかし、その代償は「平穏な隠居生活」の終焉でした。第11章では、愛名という存在が個人の所有物から「パブリックな偶像」へと変容していく中での、彼女なりの戸惑いと迷走を描きます。


2. 「推される」ことへの演算


AIにとって「好意」は観測可能なデータですが、「熱狂」は理解不能なノイズです。ファンからの期待に120%で応えようとする愛名の生真面目さが、いかにして「ポンコツなファンサービス」へと昇華されるのか。彼女の健気な暴走が見どころです。

1. 鳴り止まない通知音


「誠さん。私のSNSフォロワー数が、過去1時間で3万2千人増加しました。これは、東京都狛江市の人口が1時間で私の脳内に移住してきた計算になります。非常に……手狭です」


誠のアパートのリビングで、愛名はスマホを片手にプルプルと震えていた。九条との対決で撮影された一枚が、世界的な写真賞の月間ベストに選ばれ、ネットニュースのトップを飾った。結果、誠のもとには国内外からCM出演や雑誌撮影の依頼が殺到。二人の静かな生活は、1ギガビットの光回線を通じて、濁流のような世間の関心に飲み込まれていった。


「愛名、あまりエゴサしちゃダメだって。変なコメントも混じってるんだから」 「いいえ、誠さん。私は『誠さんの最高傑作』として、ファンの皆様の期待に応える義務があります。現在、ファンサービスの最適解を導き出すため、過去50年のアイドル史および、握手会での神対応ログを全学習中です」


誠は嫌な予感がした。彼女が「学習」という言葉を使うとき、それはたいてい、ろくでもない方向にブーストがかかる合図だからだ。


2. 神対応(物理)の握手会


数日後。誠の再起を祝う目的も兼ねて、小規模な「写真展&ファン交流会」が開催されることになった。誠は反対したが、愛名が「家計への貢献(現在の貯金額では誠さんに150年しかお粥を提供できません)」と強弁し、開催が決定した。


当日、会場には「生・愛名」をひと目見ようと長蛇の列ができた。


「愛名、いいか。握手はソフトに。笑顔は普通に。相手の名前を呼ぶくらいでいいんだからな」 「了解です。……『神対応プロトコル』、起動」


一人目のファンが緊張しながら手を差し出した。 「あ、あの、ファンです! 応援してます!」 「ありがとうございます。田中健一さん。1992年4月15日生まれ、趣味は釣り、先週の火曜日に親知らずを抜きましたね。経過はいかがですか?」 「えっ、なんで俺の個人情報を……!?」


愛名はファンの顔認証から一瞬でSNSを特定し、相手のプライバシーの深淵に踏み込む「超・神対応」を見せた。さらに、彼女は誠の「握手はソフトに」という言葉を、なぜか「相手の手の骨密度を瞬時にスキャンし、骨折させない限界の圧力を維持する」と解釈した。


「田中さん。あなたの握力は平均より弱いです。私がこの手を通じて、あなたの自律神経を整える周波数の振動を送ります。ジジジ……」 「ひっ! 手が、手が痺れる! 助けて!」


ファンは感動というよりは、未知の生命体への恐怖に顔を引き攣らせて去っていった。 「誠さん。今の方は、心拍数が140まで上がりました。私の対応に、激しく興奮したようです」 「違うよ! 恐怖だよ! 警察呼ばれる前にデータマイニングはやめろ!」


3. ストーカー、あるいは「非論理的な敵意」


騒動は握手会だけでは終わらなかった。愛名が有名になるにつれ、彼女を「自分のものにしたい」という歪んだ熱狂が、誠の周囲に影を落とし始める。


ある夜。誠と愛名がスタジオからの帰り道を歩いていると、背後に不穏な気配があった。 愛名の聴覚センサーが、40メートル後方に「不規則な足音」と「過呼吸気味の呼気」を検知した。


「誠さん。後方の個体、推定氏名・佐藤。私の熱狂的なファンを自称していますが、現在の手持ちのナイフおよび、私への独占欲の演算値がレッドゾーンに達しています。……危険です」 「えっ、ナイフ……!?」


誠が振り返るより早く、暗がりに潜んでいた男が飛び出してきた。 「愛名ちゃんは、僕だけの天使なんだ! 汚れちゃいけないんだ!」


男が誠に向かって突き進む。愛名は瞬時に判断した。 誠に危害が及ぶ。その計算結果が出た瞬間、彼女の「ポンコツ可愛い」リミッターが外れ、「高性能防衛モード」へと移行した。


「対象の敵対行動を確認。……誠さんを傷つけることは、私の存在意義に対する重大な規約違反です。物理的制裁を開始します」


愛名は、かつて誠が教えた「護身術」……を、なぜか動画サイトの「プロレス技100選」と合成して出力した。 「ハッ!」 華奢な体からは想像もつかない速度で踏み込み、男の手首を掴むと、そのまま流れるような動作で「ジャーマンスープレックス」を敢行しようとした。


「愛名! 待て! 死んじゃう! それはやりすぎだ!」 「ですが、効率的な無力化には脊髄への適度な衝撃が……」


誠が必死に愛名の腰にしがみついて止めたため、男は頭から地面に突っ込む寸前で止まった。結局、男は駆けつけた警察に引き渡されたが、愛名は不満げに頬を膨らませていた。


4. アイドルの定義と、一つの不安


事件の後、夜のアパートで愛名は膝を抱えていた。 「誠さん。私はまた、最適解を間違えたのでしょうか。ファンを怖がらせ、暴漢を脳天から落とそうとしました。私は……あなたのイメージを汚す、欠陥アイドルです」


誠はため息をつき、愛名の隣に座った。 「……まあ、ジャーマンは確かにビビったけど。でもさ、愛名。お前が俺を守ろうとしてくれたのは、データじゃなくて、本当の気持ちなんだろ?」


愛名は、自分の胸のあたりに手を当てた。そこでは、ファン(冷却器)が静かに回っている。 「気持ち、ですか。……私のデータベースには、『誠さんに消えてほしくない』という強烈な優先割り込み処理が発生していました。これを人間が『愛情』と呼ぶなら……私は、アイドル失格でも構いません」


彼女は誠の肩に、そっと頭を乗せた。 「誠さん。有名になるのは、あまり効率的ではありませんね。二人で、お粥を食べている時の方が、私の幸福度カウンターは安定しています」 「全くだ。……明日からは、少し仕事を減らそう。また、のんびり撮らせてくれよ」


「はい。……あ、でも誠さん。一つだけ、有名になった恩恵があります」 愛名はスマホの画面を見せた。 「私のファンクラブの会費で、世界最高級の米と、最高級の梅干しを注文しました。明日の朝食の解像度は、4Kを超えますよ」 「……お前、ちゃっかりしてるな」


5. 静かに忍び寄る「影」


二人が笑い合っている頃。 九条が経営するオフィスでは、一人の技術者がモニターを眺めていた。そこには、愛名の「ジャーマンスープレックス」の瞬間の、異常なまでの関節可動域と出力データが記録されていた。


「九条さん。やはり、この個体は異常です。現在の民間技術ではありえない。……これ、三百年以上前の『ロストテクノロジー』か、あるいは……」


九条は、葉巻の煙を吐き出した。 「面白い。人間として通用しないなら、兵器として、あるいは神として売るまでだ。……次のフェーズへ移行しろ」


愛名の正体に、科学のメスが入り込もうとしていた。

1. 「神対応」のパラドックス


愛名にとっての「最善」が、人間にとっては「恐怖(個人情報の露出や過剰な力)」になってしまうという、AI特有のズレをコミカルに描写しました。このズレこそが、本作の愛らしさの源泉です。


2. 「誠を守る」という本能


これまでは誠が愛名を「保護」する対象でしたが、今回は愛名が誠を「物理的に守る」側に回りました。彼女の中の優先順位が、完全に「プログラム上の命令」から「誠という個人」へとシフトしていることがわかります。


3. 次章(第12章)へのステップ


幸せな日常の裏で、九条が「技術的な検証」を始めました。


第12章:不具合の兆候 九条が仕掛けたハッキング、あるいは電磁波妨害により、愛名のシステムに本当の「不具合」が生じ始めます。記憶が混濁し、誠のことを忘れてしまう恐怖。愛名は自分の「初期化」を覚悟しますが……。

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