第三章 「追走」
久しぶりの投稿です!
今回の小テーマは「夢」です!
夢って聞くと何か難しいものでほとんどの人は叶わないイメージがありますよね。でもそれって自分から夢を捨てたから叶わなかったのではないですか?それを”難しい”という理由に置き換えていませんか?夢と同様に今回は「才能」についても語られます。自分はあまり口が上手い訳ではない(どちらかと言うと苦手です・・・)ので説得力があるものはできていないと思います。でもどうしても伝えたい!という気持ちで書いてます。どうぞお楽しみください。皆さんの心に少しでも響くものがあればうれしいです!
歩いているうちに小さな田舎町の方に出た。
何日も雨は降っていないのを理由に川は潤いと輝きを失った肌を晒していた。
僕はその川を見て過去の自分を見つめていた。
会社で輝いていた自分、近くに居た社員によって奪われ日を追う毎に輝きを失っていった自分を。
干あがった川を見つめていると少し先の方で歌が聞こえた。
道を歩く人はポツポツといる中で歌の聞こえる方へ行くと
誰もいない広場で歌う若いというには少し見た目は合わない男が居た。
「夢を見ることは未来を見ること。それを決して諦めないで。」
力強くアコースティックギターを弾きながらまるで訴えかけているような声でその人は歌っていた。
一度見なかったことにしようとも思ったが
その力強い歌声がどうしても気になり歌を聴いてみることにした。
「こんにちは、何をしているのですか?」男は答えた。
「ここで夢を追いかけているんです。この場所から始まる夢を。」
「この場所?どういうことですか?」僕は気になって問うと
男は顔に笑みを浮かべて近くに腰を下ろした。
「私はこの町で生まれました。あそこが私の家です。」
男が指さした方向に目をやると木造建築で築70年は過ぎているであろう年季の入った家が目に入った。
「そしてこの広場は子供の時から私の遊び場でした。というより私が夢を見る原点の地だと言うのが正しいでしょうか。」
口角が少し上げて男は微笑んだ。
僕は男の話を聞いて気になっていた質問を投げた。
「あなたの“夢”ってなんですか?」男はハッキリと息を込めて言った。
「歌手です。私は歌手になるのが夢です。」
男の気迫は歳という壁を軽々しく超えていくほどのものだった。
その気迫に押されハッとした僕の顔を見て男は「あ、すみません。驚かせてしまって。」
男は少し照れた雰囲気を出して2,3度僕に頭を下げた。
気にしないでほしいと伝えたところで僕は男の話を反芻しながら自分自身の夢について考えていた。
「“夢”……か」確かに僕にも夢はあった。
いや、あったが捨てたと言うのが正しいだろう。
僕が初めて夢を見出したのは高校3年生の頃だ。
進学という人生の選択をする中で
どんなことがしたいのかどんな大人になりたいのかを人生で初めて考えた。
そこで見出した夢が「俳優」だった。
僕は昔から演技の世界に強い憧れを持っていた。
演技の世界で自分が輝く妄想を幾度も繰り返していた。
しかし、その夢はすぐに手放すことになった。
理由は周囲からの強い批判からだった。
友人には「お前が俳優とか天地がひっくり返ってもなれやしないよ。」と何度も言われた。
当時担任を勤めていた先生からは「現実を見なさい。」と嘲笑された。
始めの頃はそれでも夢を叶えたいと気持ちを保っていた。
しかしその志の芯をへし折ったのは他でもない「親」からの言葉だった。
「アンタはそんなことができる才能もないし精神力もないでしょ。
馬鹿な事を言ってないで良い大学出て働きなさい。それがあなたの出来る親孝行よ。」
僕はその言葉を忘れることができなかった。
支えてくれると思った親も僕の夢を否定したのだ。
僕はその出来事がきっかけで夢を諦めた。
そのことをふと思い出していると自然と涙が頬を伝って流れ落ちた。
男はそれを見て少し悲しそうな顔をして僕を慰めた。
「すみません、こんな所見せてしまって。」男は大丈夫です。と優しく答えた。
「そうだ、一曲僕の歌を聴いていってもらえませんか。お代は結構ですので。」
僕は申し訳ない気持ちでいっぱいだったが断るのも失礼だと思い受け入れた。
男は息を吸うと前までの優しい顔ではなく前だけを一点に見つめて歌い始めた。
彼の歌声はテレビでよく聴く歌声には多少届いてはいないものの
力強くこちらも勇気をもらえるような技術よりも気持ちの方が強い歌声だった。
ギターの音も相まって彼の歌はマイクを通していないのに広場の空気を強く震わせていた。
一曲終わるころには僕は彼の虜になっていた。
歌が終わると彼の顔は先ほど見た優しい顔に戻っていた。
彼は一言だけ「あるがとうございました。」と感謝を伝えた。
僕は気持ちのまま両の手で彼を称賛した。
彼はふぅと息を吐くと今度は私の隣に腰を下ろした。
彼も僕に心を開いてくれたのか、「僕の話聞いてくれますか?」と彼自身の過去を話してくれた。
彼は少年時代この町で育ちこの広場はよく彼が歌を友達に披露していた場所であった。
なぜ彼が歌を歌い始めたのかというと彼の父親が発端。
彼の父親は工場職で働きながら歌手活動をしていた。
メジャーデビューとまでは行かなかったものの
町のお祭りや行事において毎度舞台で歌うなど引っ張りだこだったらしい。
彼はそんな父親を見て真似事として歌を歌い始めたのがきっかけだった。
今使っているギターはそんな父の形見だという。
真似事として始めた活動の中で
彼はそこで友達が自分の歌を真剣に聴いてくれている光景を見て父親のような歌手を志した。
しかし高校2年生の頃、父親が病を患いこの世を去ってしまった。
原因は工場に充満していたガスだった。それが原因で肺がんを患った。
今と比べてその当時はそういった環境面は整ってはいなかった。
高校生という多感な時期に憧れだった父親を亡くしてしまった子供の心境は言葉では言い表せない。
父親を失った後、彼は親戚の家に預けられた。
母親は夫を亡くした悲しみから職に手が付かず育てることができなくなったことを考えての判断だった。
歌手活動もそれをきっかけに離れてしまい、
ギターも親戚の家には持って行ったものの押入れの中で眠っていた。
数年が経ち、彼の親戚が一通の手紙を彼に渡した。
「あの時は貴方も貴方の母さんもこれを受け入れるのに精いっぱいだった。
だから今になって渡すことになってしまった。」
そこには彼の名前と母親に対して亡き父が遺した遺書だった。
闘病生活の中で書いていたのかその字は所々震えていた。
どうしても読めない字もあったが読んでみると
1文目から「夢を失うな、夢を失って俺に会いに来るな。」
彼はその一文を見て涙で手紙を濡らした。
彼は30年経った今もその言葉を忘れたことは一回もないと話してくれた。
彼はその言葉を思い出し歌手活動を再開させた。
いつか父親のような聴いてくれる人に“夢”を与えられる立派な歌手に。
彼が歌う曲には“夢”がテーマの曲が多いのもそれが所以なのだろう。
彼は自分の過去を話した後、僕にこう伝えてくれた。
「夢を叶えられる人がどんな人か知っていますか。」
僕は「努力とか、金銭とかですか?」と話すと彼は少し笑って答えた。
「それもありますが大前提の話ですよ。」
僕は分からずに答えを聞くと「夢をどれだけ楽しく馬鹿らしく追えるかです。」
彼は今まで同様ハッキリと答えた。
「夢を楽しく、馬鹿らしく……ですか?」彼はそうですとほほ笑んだ。
その意味を問うと彼は話してくれた。
「夢を叶える人って言うとその道において比類なき才能を持っている人ってイメージがあるじゃないですか。
確かに才能は大事ですが、それよりも大事なのはどれだけ周囲に応援されないほどの馬鹿らしい夢であっても楽しく夢を追いかけることです。
夢っていうのは綺麗事の頂点であり集合体です。
こんな人になりたい。こんな人生を歩みたい。こんなことをしてみたい。
これらが集まって夢はできます。
それを追い求めるのに才能とか金とか苦しみ、そんな壁は必要ないです。
私も一度は夢を捨てました。
でもそれは夢を追うことを楽しめなかった、夢を追うこと、努力することが苦しいものだと思い込んでしまったからです。
夢を叶えるかどうかはその道を苦労と思わず楽しく、どれだけ愚か者だと言われても馬鹿らしく歩めるかです。」
そう話す彼の横顔は真っすぐ前だけを見つめていた。
夢を追う人がここまで素晴らしく見えたことを今でもはっきりと覚えている。
夢を失い、現実に絶望し愚痴を吐きながら夢を語る他人を「叶いもしない戯言を、苦労もしていないのに夢なんか叶う訳がない。」と叩く。
いつしかそんなことが当たり前になっていったのかと僕は思い知らされた。
そんな世の中でも夢を追い、人に夢を与える。
そんな彼を僕は尊敬している。
彼と出会い、僕は今一度「自分の夢」と向き合うことを決めた。
たとえ非現実的でも構わない。誰だって夢を見ていい。夢は簡単には叶わない。
それは周知の事実だ。
しかし、だからといって夢を捨てる理由にはならない。
夢を叶えたから輝いて見えるのではない。
夢を追いかけているからこそ人はここまで真剣になり輝いているのだと僕は彼から学んだ。
彼の言葉を聞いてから僕は居ても経っても居られなくなった。
彼はその時の僕の顔を見つめこう言った。
「目が輝いて見えた。」と。
過去にもこんな経験をしたことがあったなと思い返しながら
感謝を彼に伝え僕はまた歩き始めた。
夢を追いかけるのに理論だの理屈だのそんな現実めいたことなんか必要ない。
「夢を追いかける」それだけ単純なことをすればいい。
現実を見て夢を諦めるのはあまりにももったいない。
ましてや自分に才能がないと挑戦もせずに諦めてしまうのは自分の才能を探求することを諦めていることに他ならない。
人は誰しも「才能」は持ち合わせている。
自分に才能がないと思い込んでいるのは自分の才能に「気づいていない」だけである。
才能はそうした挑戦の中でしか見つけることはできない。
どんなに些細な所から始めてもいい。
まずは一歩、いや、半歩でも歩みを前に進めることをどうか忘れないでほしい。
それが僕が彼から学んだ大事なことである。
ご愛読誠にありがとうございます!!!不定期で書いているので少々書き方が変わっている所もあるかもしれません!すみません!今回の小テーマ「夢と才能」はいかかでしたか?次回はどんなテーマにしょうかなと思いつつこれからも書いて参ります!これからもどうぞよろしくお願いします。




