第二章 出発
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そう思ったあの時から
鉛のように動かなくなっていたはずの僕の足は心なしか前へと動き始めていた。
しかし、本を完成させようにも方法が分からない。
今までは企業に貢献してきたことが人生だと思い込んでいたことに痛感しながら自問した。
このままでは埒が明かないと思い、僕は子供の時から行っていた本屋に行った。
久しぶりの外で日に当たることがなかったからだろう
視界がしばらくすりガラス越しのように見えた。
体力もかなり衰えており子供の頃の三倍に道が延びたように感じた。
息が上がるのを必死に抑えながらなんとか書店にたどり着いた。
もうこの本屋を離れて十数年は経っているはずなのに
まるで当時の写真をそのまま張り付けたように姿を保っていた。
内装も相変わらずで最近は古本も扱っているようで
日差しで茶色に変色している紙からは懐かしい香りがした。
子供の頃に戻ったような高揚感がこみ上げてきた。
迷路のような中を通っていくと一冊の本を見つけた。
「散歩」というシンプルなタイトルが付けられていた。
その本にはこの地域の散歩道に関する情報が数多く記載されていた。
この道を辿れば何か答えが見つかるかもしれないという
根拠のない予想が浮かんだ僕は疲労で重くなってきた足を動かして店主のおばさんの所に持って行った。
おばさんの声は歳と共に細くなってはいたが懐かしく、
優しい声で「ありがとうね」と一言だけいって渡してくれた。
過去に会社で言われていたものより暖かい感覚になった。
早速、僕は二冊の本を持って道を進んでいった。
歩き始めて何時間か経ったのか日はすっかりその顔を埋め、眠りについていた。
真っ暗になった道を一歩、一歩と本に書かれた通りに進んでいく。
すると高架下に入ったとき、「アンタ、迷子かい?」急に話しかけられてハッとして声がした方を見ると
服はボロボロで穴だらけ、口髭はしばらく剃っていないのか、
あちこちに延びていた男がこちらを段ボールで作った仮家に座って覗き込んでいた。
驚きで声が出せない僕を差し置いて男は続ける。「
アンタ、ここら辺では見ない顔だね。どうしたんだい、こんな辺鄙な所に来て。」
僕は男に書店で買った本と旅の理由を話した。男は少し微笑みかけて優しく言った。
「今の話を聞く限り、アンタ職場か家族で何かあったな?」
僕はそのことについてはまだ何も話していなかったのに男にはお見通しだったらしい。
僕の表情を見て男は少し誇らしそうにしていた。
「なんで分かったんですか?」と問うと、男は僕を自分の家に入れてくれた。
男の家は確かに段ボールで作られていたがどこか暖かく、なんの苦も感じなかった。
「まぁ、これ飲みなさい。」男は小さな瓶に入ったお酒を僕に渡した。
僕は一瞬戸惑ったが彼の言うとおりにした。
酒なんて何年ぶりだろう、最後に飲んだ酒の味を思い出していた。
一口飲むと口の中で少し酸っぱく、苦みの中にある深みのある味が僕の舌を覆った。
僕は何かがこみ上げそうになったのを感じてそれを妨げようと酒の入った小瓶を空にした。
酒で酔いが回ったからか、何かこみ上げてきたのかは分からない。
だが僕は気づけば涙を流していた。涙が頬を辿り口に入る。その味はほのかに苦かった。
「アンタ、どうやら相当苦労してきたんだな。」彼は僕の泣く顔を見て察したように口を開いた。
僕はなぜかは未だ分からない。
しかし、彼ならこの傷を理解してくれるのではないかと思って自分の過去を全て話した。
彼は真剣にただ静かに僕の走る口が止まるのを待ってくれていた。
「僕は一体、誰のために生きたんだ。
会社のため、同僚のため、社会のために生きてきたはずなのに、なんで。」
全ての聞き終えた後、彼はゆっくりと口を開いた。
「今の話を聞く限り、君はどうやら“優しさ”の意味をはき違えているのではないかな。」
彼の言葉に僕は唖然とした。
今まで自分は誰のも分け隔てなく優しく接し、気遣いをしてきたはずだ。
そんな僕が“優しさ”の意味をはき違えていると言われ、信じることはできなかったからだ。
何を言っているのか分からず聞き返すと、彼は続けた。
「“優しさ”って言うと、他人のために尽くす、誰かのためを思って行動することを
意味するように感じる。
あっそうだ、アンタ“他人に優しく、自分に厳しく”って言葉知ってるかい。」
僕は小さく頷いた。彼は続ける。
「俺はね、その言葉が大嫌いだ。」啖呵を切るかのように強い口調で彼は答えた。
少し怒気が籠ったような気がして背中を冷えたのを僕は感じた。
「俺がその言葉が嫌いな理由を教えようか、
自分に優しくできないやつが他人に優しくするなんてできる訳ないからだ。
他人に優しくするってことは、相手のことを考えて相手の為に動くってことだろ。
自分に優しくするって言うのは自分を甘やかすことじゃない。
自分のことを考えて自分の為に動くということだ。
自分自身のことも考えることができないやつに相手のことを考えてやることなんてできないんだよ。」
そういった途端、彼の目から一滴、また一滴と涙が零れた。
彼は少し荒くなった呼吸を整えて「すまんな、大きい声出して。」と謝罪を述べた。
僕は微笑でそれに応え、受け入れた。
しかし、なぜそこまで熱くなったのか。
その訳を知りたくなり、僕は彼に聞いた。
僕は後の答えを聞いて、彼の言った言葉の重みを認識した。
「実はな、俺にはたった一人の娘が居たんだ。ちょうどアンタと同じくらいの年齢のな。
母親はあいつを産んだあとすぐに亡くなってしまった。
あいつは妻の最大の置き土産だと思って、俺は大切に育てた。
あいつは美人と言うまではなかったが、その分誰にでも分け隔てなく優しく接する本当に良い娘だった。
どんなことがあっても『大丈夫』があいつの口癖だった。
でもな、あいつ、実は会社内でいじめにあったんだよ。
アンタと同じようにな。
たまに電話して話してたけど俺はあいつの心の傷を感じ取ることができなかった。
あいつは、いじめに耐えかねて、川に飛び込んでしまったんだ。
一命は取り留めたけど脳に損傷を受けてな、今植物状態で会話もできない。」
彼の目から涙がボロボロを雪崩を起こしていた。
それを腕で強引に拭いつつ彼は続けた。
「そんであいつが一人暮らししていた部屋から手紙が発見されたって警察の人から渡されたんだ。」
彼は奥の段ボール箱から一枚の折り畳まれた紙を取り出して僕に渡した。
僕はその薄汚れた紙をゆっくり開くとそこから小さく丸みを帯びた字が顔を見せた。
「パパへ、ごめんなさい。どうか彼らを許してあげてください。」とだけ書かれていた。
「あいつは、本当に良い娘だよな。」
彼の声は明らかに震えていた。
宝物である娘と自由に会話することができないまでに
自分が救いだしてあげられなかったことに彼は後悔していたのだ。
「アンタの話を聞いていると、どうしても娘のことを思い出してしまうんだ。
てことはアンタも下手をすればこうなっていたかもしれないということだ。」
彼の言葉が深く僕の心を抉った。僕は彼女と同じく“優しさ”を持とうと努力してきた。
しかし、僕と彼女の人生は“偽りの優しさ”で壊れた。
僕はそれを理解した途端から心の底から涙が零れた。
彼がなぜここまで辛い話を僕に話してくれたのか。
この言葉の意味と重さを僕は一生忘れないことを誓った。
気づけば夜はとうに明けていた。一睡もしていないはずなのに全く眠気がなかった。
僕は彼に感謝の言葉を伝え、彼のもとを後にした。
僕の少し晴れた顔が日光に照らされ、より一層輝きを放っていた。
その顔を見て彼は少しホッとしていたように僕に微笑みかけていた。
今回は、「優しさとは?」をテーマに制作しました!皆さん、周りに「この人優しいよね」という方はいらっしゃいますか?もし、そういう方が居ると思う方はどうかその人たちのことを大切にしてあげてください。「優しいから何言ってもいいよね、してもいいよね」なんて思ってませんか?その人たちはストレス発散の道具ではないことをどうか知っていてほしいのです。そして、今回の内容を読んで少しでもドキッとした方!どうかご自愛ください。他人に優しくし過ぎて自分を見失うのだけはどうしても避けたいものです。他人に優しくする前に自分に優しくなりましょう。心に余裕があれば他人にも優しくできます。次回の第三章でも今回のようなテーマが出てきます。皆さんが忘れかけていること、考え直さないといけないことを主人公の人生記を基に皆さんに伝えることができるよう頑張っていきます!どうか皆さんの人生記が豊かなものになりますように




