5 勝ち負けより幸せな光
中学二年の春、佐藤 光は毎日クラスの「勝ち負け」に追われていた。
体育のリレー大会、学級委員選挙、漢字テスト……何をしても、勝たなきゃ、負けたら恥ずかしい、という気持ちが心を重くしていた。
ある昼休み、クラスはいつものように賑やかだった。
翔太が大声で、
「次のリレー、俺が絶対トップだ!」
と自信満々に宣言すると、クラスの半分が拍手し、半分が苦笑していた。
光は机の隅でノートに落書きをしていた。
「……もう、疲れたな」
心の中でそう呟く。クラスの勝ち負けは、楽しさよりも重くのしかかるだけだった。
そのとき、隣に座った美咲が小さなプリンを取り出した。
「光、これ食べてみて。昨日、家で作ったんだ」
光は思わず笑った。
「ありがとう。でも、こんなに甘いの作るの大変だったでしょ?」
美咲はうなずいて、にっこり笑った。
「うん。でも、光に食べてもらいたくて」
光はスプーンでプリンをひと口すくった。
とろりとした甘さと、ほろ苦いカラメルが口いっぱいに広がる。
「……うん、美味しい」
その瞬間、光の胸がじんわり温かくなった。
順位や点数ではなく、ただ目の前の幸せを感じる——それだけで心が満たされる。
次の日、リレー大会でクラスは惜しくも負けた。
でも光は不思議と悔しくなかった。
教室で美咲と笑いながら食べたプリンの幸せが、心の中で勝っていたのだから。
休み時間、光は友達の翔太に話しかけた。
「ねえ、翔太。昨日のプリンの勝ち、覚えてる?」
翔太は首をかしげたが、光の笑顔につられて笑った。
「……ああ、それも勝ちかもな」
その日から光は、毎日を少しずつ味わうようになった。
教室の窓から差し込む春の日差し、休み時間の笑い声、放課後に飲む冷たい水……
小さな幸せを見つけるたびに、光の心はちょっとずつ軽くなった。
そして、光はそっと決めた。
「本当の勝ちって、誰かに勝つことじゃなくて、こうして幸せを感じることなんだ」
次に食べるプリンも、きっと特別な勝ちになる——そう思いながら、光は今日も笑顔で教室を歩いた。




