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鬼之櫻子  作者: 犬神八雲
9/9

第九話 綾目

バトル小説らしくなってきました。

ここからどんどん血生臭くなっていきます。

「では、行こう」

 目の前の西洋甲冑に身を包んだ、白金のポニーテールの女は、踏み込みと同時に桜子の視界から消えた。桜子は地面の抉れ方から、アイリスが飛翔した事を認めると、腰に差していた刀の鍔を押し、刀柄を緩やかに握り込んだ。

 アイリスは低空で桜子の空いた背中目掛けて西洋剣を振り投げた。そうして自身も着地し、片手の軍旗で桜子を貫こうとした。

 ——その瞬間。桜子は身を翻して投擲された剣を避けた。そうして刀を一瞬で抜き、自身の正面にあった軍旗を弾き返す。そのまま刀の向きを変え、峰でアイリスの鎧を叩き付けた。

 瞬きの合間に行われたその一瞬の動作に、アイリスは思わず後退の為に地面を蹴った。甲冑の左肩斜めが、強く湾曲しているのを認めたアイリスは、先程の動きが幻覚でなかった事に、背中に冷や汗が伝った。

 あの一瞬で、目の前の女は回避と受け流し、そして攻撃を行っていた。普通ではまず間違いなく初撃の西洋剣の時点で傷を負わせられていた。加えて軍旗の追撃。確実に初回の攻撃としては有効なものであったはずである。

 しかし、桜子はそれら全てを躱し、寧ろ反撃までやり切ったのである。

 アイリスは口角を緩やかに上げ、久しく感じていなかった脳の警戒信号に、確かな興奮を覚えていた。

 投擲した西洋剣は、桜子の後方の地面に突き刺さっている。アイリスはそれを認めると、軍旗を持ち替え、構えた状態で足に力を込める。踏み込みと同時に軍旗の構えを深くしながら、桜子へ突進する。

 構えられた軍旗は、下から上へ振り上げる形で桜子に向かっていたが、桜子は刀で軍旗の軌道を僅かに逸らし、振り上げを簡単な足の動きだけで躱した。

 アイリスは軌道が逸れた事を認めると、刀を弾くように軍旗を回しながら、飛翔しながら移動し、桜子の背後——地面に刺さっていた西洋剣を手に取って桜子に刺突剣の切先を、真っ直ぐに走らせた。

 ——アイリスの得物である『フィエルボワ』は、基本的に軍旗と刺突剣の2つを示す。重打と槍術を基本とする軍旗とフェンシングを基盤とする刺突剣の組み合わせは、歩兵と剣士の要素を持つ事が出来、強力な戦術たり得る。更に鎧の着装が前提である為、防御も可能であるが、これらは人間に扱える重量ではない為、机上の空論そのものであった。但し、『天使』はそれら重量のデメリットを踏み倒す事が出来る。

 故に、アイリスは超重量の戦術を採用した。


 アイリスは桜子に向けて西洋剣を突く。桜子はそれを弾き返した。アイリスはその拍子に乗り、次手で再び刺突攻撃を行った。足の動きと切先の揺れ、突きの間隔。アイリスの身体の動かし方はフェンシングと同じ動きであり、桜子はそれに気付いて、両手で持っていた刀を片手に持ち替えた。空いた片手を鯉口に添え、桜子はアイリスの刺突を刀の切先で受ける。細い剣先が自身の身体目掛けて飛んで来る様子を見ながら、桜子はそれを刀で弾いていく。金属が激しくぶつかり合う激しい音ではなく、切先のみが触れ合う、軽い金属の音が広野に響いていた。アイリスは機を見出し、下から上へ、滑らかな形で桜子の顎に切先を走らせた。

「ッ!!」

 桜子はそれを腰の動きで避け、後退しながら一度距離を置いた。

「良いな、サクラコ。私の剣をよく躱している。だが、それでは(てんし)を殺せない事など、お前はよく知っているだろう」

 アイリスはそう呟きながら、西洋剣と軍旗を構え、脚に力を込める。

「本気で来い、些か物足りないものでな」

 そう言った直後、アイリスは力を込めていた脚を開放し、そのまま空中に浮遊した。——低空で浮遊した彼女は、飛翔のタイミングで腰を捻っていたようで、自身の身体に回転を掛けながら、武器による抵抗を減らす為、両腕を交差させた状態で桜子の方へ突貫する形を取った。

 重量を鑑みれば、真っ当に防いだ瞬間に敗北が確定する攻撃である。刀一本で防ぎ切れる筈もなく、桜子は袴と着物のみの軽装であれば、確実に一太刀を浴びせる事が出来ると思索した。アイリスは桜子の手前まで来た瞬間、交差させていた両腕を広げる予備動作を行った。

 ——桜子はアイリスの言葉の後、踏み込まれた時点から目の前にやってくるまでの僅かな時間で、一度刀を納めていた。

 アイリスが桜子の目の前に来た次の瞬間、彼女は両腕に握っていた軍旗と西洋剣を広げる。甲高い金属の響きが聞こえ、確かにぶつかった事をアイリスは認めた。

 それと同時に、アイリスは自身の腕から血が伝っているのを視認する。

「……は?」

 自身の鎧の隙間——腕の関節から血が伝っている事を理解したタイミングで、アイリスは武器の握りを強くし、後ろを振り返る。

 そこには、血の付いた刀を振って落とす笠を被った女の姿があった。払われた血は地面の青草を赤く染め、女は刀を眺めながら呟く。

「……やっぱり。私の事をナメてたのは貴女ね、アイリス」

「何……?」

 アイリスは名前を呼んだ笠の女に問い返す。切られた腕の治りが遅い事に苛立ちながら、両手に力を込めた。

「あんな遅くないでしょ。本気を出せって言っておきながら、貴女が手を抜いてるじゃない」

 それを聞いたアイリスは、舌打ちと共に相手に超速で接近し、軍旗を顔目掛けて振り下ろす。しかし、その軍旗が彼女の顔に当たる事はなかった。姿勢を低く変え軍旗を躱した笠の女は、刀の向きを変え、峰でアイリスの脇腹を思い切り打ち付け、加えて身軽さを活かして蹴りを入れる。

 思わぬ打撃に吹き飛ばされたアイリスは、起き上がると同時に、自身がまたも一瞬の隙に飛ばされた事を認めると共に、目の前に立つ黒い和服を纏った笠の女の異名を思い出した。

「……ogre(『オニ』か)!!」

 深く笠を被り、黒い服に身を包み刀を携えた日本の『天使』。10年前に戦場を駆けたかの者の渾名は——。


***


 やや古びた教会の中。十字架が1つだけ飾られ、聴講の為の長い椅子が置かれただけの、ごく質素な空間に、1人の女と男が座っていた。修道服に身を包んだ女は膝上に厚い聖書を置き、首に巻いている十字架のネックレスを眺めていた。一方の男は着ている背広に煙草の箱を仕舞い、独り言のように呟いた。

「……ニッポンがフランスと戦ってるが、良いのか?」

 女は眺めていたネックレスから手を離し、聖書の上に手を置いた。問い掛けられた質問に、首を傾げながら男へ返す。

「何がです?」

 男は、女のその発言に驚いた表情で答えた。

「アンタのお気に入りだろ、ニッポンの『天使』は」

 女は小さく開けていた口を閉じながら微笑んだ。その表情の変化に、男は背筋が伸びるような感覚が全身に走る。

「えぇ、ですがご心配は不要です。彼女は絶対に負けません。……あの大戦で、彼女が何と呼ばれていたかご存知ですか?」

 男は女の嬉々とした声色と表情に若干気圧されながら、目の前の女——『天使』に関する資料を頭の中で捲り、思い出して答える。

「……"demon of cherry"」

 男の答えに、女は静かに口角を上げて頷いた。

「そう。彼女の国の言葉で言うなら——」

 女は聖書の上に置いていた手を組み直し、自身の腹部に当てながら、目を閉じて静かに呟く。

「——『オニのサクラコ』、になりますね」

 恍惚とした声色でそう発言した女の様子を見た男は、やや絶句したような表情を浮かべ、困ったと言わんばかりに手を額に当てて溜息を吐いていた。


***


 アイリスは目の前の笠の女——身に付けているもの殆どが黒く、確かに居るはずなのに人としての温度を感じない、まるでひっそりと影の如く佇む女——に強い戦闘本能を抱いていた。目の前の女は、持っていた刀を正眼に構える。

 その途端、その場に響いていた風に揺れる木々の音の他に、アイリスの耳には激しく鳴っている騒がしい音が聞こえ始めた。

 アイリスは武器を構え、歯を食い縛りながら地面を蹴って飛翔した。1度目の飛翔とは比較するまでもなく速度があり、同時に突進としての火力も高い。桜子はそれを見ながら、彼女の脚に視線を送った。それと同時に、アイリスの武器の構えが自身の首へ向けられている事を認めた桜子は、正眼に構えていた刀を脇に直し、アイリスの振り上げた西洋剣を頭を下げて躱す。

 アイリスは避けられた事を理解すると、片手の軍旗を握り、突き出そうとした。

 ——その瞬間、桜子は姿勢を低くしたまま、置いていた刀をアイリスの内腿を斬り込んだ。

 内腿からの生暖かい液体の感覚に、斬られたことを認識したアイリスは、後退して桜子と距離を置く。その時に、また同じ感覚が足に伝った。脚を見ると、同じような傷が両腿に付けられており、アイリスは確信と共に顔を歪める。

「お前……まさか……」

 桜子は、的確に自身の隙間を狙っていた。腕の関節と両内腿。鎧の構造上、如何ようにも守りが薄くなってしまう部分のみを斬っていた。

 ——そしてアイリスは、この攻撃が恐ろしく高度であり、通常では有り得ない技量である事を知っている。

 目の前に居る影のような女は、持っていた刀を下向きに構えながら、ゆっくりとアイリスの方へと歩き始める。アイリスもまた、それに対応する形で桜子へ近付いていった。

 両者が相互の間合いに入った瞬間、同時に得物を振り上げた。アイリスは旗を振り上げ、桜子も刀を薙ぎ払う構えを取った。振り下ろされた旗の柄が桜子の脳天へと直下する既のところまで行くと、桜子はそれを刀で一瞬受け止め、そのまま柄を削るようにアイリスへ刃を向ける。アイリスはそれを片手にあった剣で防ぐ。アイリスはその瞬間、左手に握っていた軍旗の手の向きを翻し、桜子の身体にそれを当てがう形に変える。

 桜子は『それ』に気付いた瞬間、攻撃を受ける事を即決した。

 ——瞬きすら許さない刹那の後、桜子の身体に一直線の衝撃が走った。具体的に言うなら、右肩から左脇腹への軍旗の斜め下からの振り上げによる打撃である。

 桜子は瞬時に腰を曲げ、打たれた事による衝撃を緩めた。彼女はその衝撃に身を任せる形で飛ばされる事を選択した。

 桜子は背中に全速の風を受けながら、聴覚と触覚に五感を集中させる。この場で頼りになるものは『風』である。風音と風圧、この2つがこの場に於ける判断材料となる。桜子はこの広い野原の中で停止する方法がない事を理解すると、減速に身を任せようと思考を変える。

 次の瞬間。桜子は自身の目の前にアイリスを視認した。桜子はアイリスの鋭い目付きを見ながら僥倖だと感じ、刀を静かに握り込む。

 アイリスは空中に居る桜子に対し、軍旗を振り上げる構えを取った。桜子は振り上げられた軍旗を眺めながら、それが振り下ろされるタイミングで軍旗に足を乗せ、そのままアイリスの肩の装甲を踏みつけると、前転の要領でふわりとアイリスの背後へ回り込んで、地面に接地した瞬間に身体を転がし、停止を成功させる。

 一方、自身の目の前から軍旗を踏み付けて後ろに回った桜子に対して舌打ちをする。彼女は身を翻して軍旗を地面に突き刺して減速すると、目の前にいる桜子へ視線を向ける。

 桜子が笠の隙間から相手を視認し、静かに刀を構える。

 ——次の瞬間、アイリスの目の前から桜子の姿が無くなっていた。彼女は気配の察知に神経を集中させ、桜子の行方を追う。

「そう、気配殺しはこうやってやるのよ」

 その声と共とアイリスは後ろを振り向き、左手の軍旗を構えて攻撃を防いだ。

「貴女はまだまだね。目の前から姿を消すだけじゃ、手の内はまだ隠せてないのよ」

 アイリスは桜子の堂々とした煽りに対し、あからさまな怒りの表情を浮かべた。

「貴様ッ……!!」

 力を込めて押し返そうとした時、アイリスは自身の軍旗が動いていない事に気付いた。つまり今、自分はたった1本の刀に動きを封じられているという事である。

「……鎧に軍旗、西洋剣。重量をメインに据えた装備は、それだけで武器になる。でも、『それだけ』じゃ駄目って事、貴女学んでないのね」

 桜子は柄の握りを弱め、瞬時に刃と峰を入れ替える。そのまま押さえていた軍旗とアイリスの身体の隙間に刀を引っ掛けて、軍旗ごとアイリスの身体を引っ張った。そのまま桜子は峰でアイリスの鎧を打ち付け、彼女の身体を軽く飛ばした。アイリスはその拍子に軍旗を置き土産にし、桜子はそれを後ろに軽く蹴りながら彼女の方へ足を進める。

 アイリスは立ち上がると同時に、右手の西洋剣をしっかりと構えた。その手先と視線には焦りが見えるが、それでもまだ自身に対峙しようとする様子に、桜子は若干感心する。

 桜子はそれに応える為か、正眼に刀を構えた。

 アイリスは持っていた剣を突き、桜子の隙を伺った。対する桜子は、最低限の動きでアイリスの剣を弾く。腰の位置も変えず、脚と刀の動きのみでアイリスの刺突を捌いていった。

 アイリスは値踏みするような桜子の対処に怒りが湧いてきた。見て取れる程に、相手はこちらの攻撃を受け流す形で対処している。飄々とした防御に、アイリスは自身の剣を、薙ぎ払う形で振るった——。

 この切先が、桜子の黒い和服、その袂に引っ掛かる。掠れた音と共に、桜子の袂は見て取れる裁断の跡が出来た。

 アイリスはようやく出来た隙に勝機を見出した……のも束の間である。

 桜子はその一瞬で懐にまで入り込み、雲絶の切先をアイリスの左胸——先程打ち付けた部分に突き立てる。

「ッ! まさかッ——」

 アイリスが言い切るより前に、静かに呟いた。

「……さよなら」

 桜子はアイリスの左胸を、鎧ごと刀で貫く。刺した感覚は薄かった。雲絶の刃があまりにも鋭かった故であろう。だが、桜子は確かに彼女の心臓を貫いていた。アイリスは苦しみながらも、まだその瞳に闘志を宿している。

「ッ、まだ……私はッ!!」

 アイリスは左手で桜子の手を掴みながら、右手の西洋剣を握った。この勝負をせめて相討で終わらせる為に、彼女は最後の力を振り切り、この距離で桜子の腹部を刺そうとした——瞬間である。

 何処からか飛んできたナイフが、アイリスの右手を真っ直ぐに貫いた。アイリスは剣を落とし、空いた右手を見ながら静かに絶望した。口に満ちる、生臭い鉄の匂いに咽せる。それが桜子の笠に掛かり、滴り、地面の若草を赤く染めた。

「……もう貴女は助からない。私が刀を抜けば、貴女はすぐに死ぬでしょうね。……だから、遺言くらいは聞いてあげる」

 桜子は自身の腕に掛かっていた力が徐々に弱まるのを感じながら、同胞への慈悲を向けた。

「……祖国のッ、為に……、この旗を、掲げッ……られて、……私はッこ、幸福だった……」

 桜子は眉間に皺を寄せ、静かに返す。

「それで良いのね?」

 アイリスは肯定を示す為、握っていた手を完全に緩めた。桜子はそれを汲み取り、彼女の身体を支えながら刀を一気に、それで静かに引き抜く。地面に伏せた彼女の鎧の隙間からは、鮮血が絶え間なく流れていた。

 程なくして、アイリスは呼吸を止めた。

「……終わったかい?」

 向こうから、聴き馴染みのある声が響く。桜子は濃ゆい血の匂いの中、その声で一挙に引き戻された錯覚を覚えた。目の前に見えたのは、白と黒の古風なメイド服に身を包んだ女が腕を組みながらこちらにやって来る様子であった。

「えぇ、無事にね」

 桜子はメイドの女——ロザリオの質問に答えながら、刀に纏わり付いた血液を振るって落とした。そのまま懐に仕舞っていた布で刀を拭き、鞘へ納刀する。そうして、目の前に眠るアイリスに合わせてしゃがんだ。

 地面へ放射状にばら撒かれた白金の細い髪が、徐々に赤く染まっている。口から漏れた血は凝固を始めており、彼女の半開きの目からは、生の光が消えていた。桜子は口元を刀を拭いた布で拭い、瞼に手を当て完全に閉じさせる。

 桜子はそのまま、アイリスの歪曲した鎧を外し、鎧の下に来ていた衣服もそのまま外した。結果アイリスの体に残ったのは肌着のみとなり、桜子は先程自身が貫いた心臓部分の近くを弄った。

「……あった」

 桜子が見つけたのは、彼女の左胸に記された、とある花の刺青であった。外側に向いた花弁が3枚と中央に開いた花弁が特徴的な紫色の花——綾目(アイリス)である。

 桜子はその刺青を隠すように触り、しばし目を瞑った。

「……『それ』、キミは本当に変わらないね」

 ロザリオは桜子の黙祷を眺めながら軽く溜息を吐いた。桜子はゆっくりと目を開け、アイリスの装備を出来るだけ元の状態に戻しながら、隣にいるロザリオに言葉を返す。

「……礼儀でしょ、私達は人『だった』んだから」

 桜子は最後に、アイリスの右手に突き刺さっている、メスに近い形をした投擲用の細身のナイフを、彼女の手から抜き取った。両刃でよく突き刺さるように細工されたそれの血を拭き取り、ロザリオへ持ち手を向けて返した。

「それと、さっきは助かったわ。フィエルボワを止めてくれて」

 ロザリオは桜子の手にある自分のナイフを受け取り、小慣れた仕草で捌きながら答える。

「ボクの『暈』は変なのが多いからね。同盟を組んで、ちょっとは役に立てたようで何よりだ」

 ロザリオは若干皮肉気味にそう答える。桜子はその所以をそれとなく察したが、敢えて言葉にはしなかった。

 桜子は自身の帯に差した刀を後ろに回すと、アイリスの体を鎧ごと上半身のみを起き上がらせると、そのままあっという間に肩の上にアイリスを載せた。

「……キミ、本当に変わらないね」

 ロザリオは、自分より遥かに重いはずの同胞を肩に載せて毅然と歩く友人に対し、感嘆の声色で感想を述べる。

「……」

 桜子はじっと黙ったまま、肩に載った重い亡骸を背負い、一歩目を踏み出した。


***


 左の目に見えたのは、何かを背負った桜子とそれに付き添うロザリオの姿であった。そして彼は、桜子の背負ったものがアイリスの体であるのを理解するまで、そう時間は掛からなかった。

 左はすぐにバックドアを開け、後部座席部分に設置されていた、棺桶に似た形の匣を引き出し、重々しい音と共にそれの入り口を開ける。桜子は開いた匣の中にアイリス……であった1人の淑女の亡骸を納めると、ようやく重みから解放されたと言わんばかりの入り混じった表情で深い溜息を吐いた。

「……ロザリオ号。支援の程、感謝恐れ入る。後はこちらで処理をしよう」

 左がそう言って頭を下げると、ロザリオは『あぁ、頼んだよ』とだけ答えてそのまま去って行った。ロザリオが見えなくなった辺りで、彼は俯いたままの黒い着物の少女を車に乗せようと、助手席の扉を開ける。

 少女は被っていた笠を取り外し、重い足取りで車に乗り込むと、そのまま床に刀の鐺を突き立て、長い息を吐いた。手にこびり付いた強い死の匂いが、桜子の心臓に圧を掛ける。その様子を見た左は、扉を閉じ、運転席に座る。

「……お疲れ様。それと、ごめんね」

 左がそう呟いて、車にエンジンを掛ける。

「……何が」

 桜子はエンジンの掛かった車の中、消え入りそうな声でそう呟いた。

「こんなものを君に背負わせてしまった、責任って言うのかな。謝って済むことじゃないのは分かるんだけど、ね」

 そうして、左は手持ちの携帯機で通話を掛ける。しばらくの沈黙の後、左は口を開いた。

「はい、左です。無事に終わりました。これから戻ります。清掃班の出動も依頼したいので、はい。ではまた」

 それだけ報告した後に、彼はハンドルを持って前を向き、静かに桜子へ告げる。

「……行こうか」

 左は踏んでいたブレーキを緩め、ゆっくりと普段より重みのある車体を前進させた。

最初はフランスちゃんでした。

祖国のために戦えて幸せだったと言っているように、彼女は自分の国を愛していた人なので、戦いの最中に殉職したのはかなり幸運なのではと思っています。


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