第八話 仏蘭西
なんとか間に合いました。全然書けなくて困ってました。すみません。
フランス共和国から正式に宣戦布告を受けた日本の国防省は、いつになく忙しなかった。準備をしていたとはいえ、10年振りの戦争であるのだから、この忙しなさは当然ではあるものの、長い間組織にいる人間にとっても異常である多忙さである……と、車の中で左から聞いた。そして園咲は運転席にて、溜まった疲労と共に運転している。
「……大変そうね」
桜子は普段から何かと忙しい国防省が、更に地獄の様相を呈していると聞き、遠い目をしながら聞いていた。
「つい昨日だ。フランス国防省から公式に宣戦布告が下されてね、おかげで次から次へと仕事だよ」
左は大きく欠伸をしながら、桜子の質問に応答する。彼女は如何にも疲れていそうな前二人の様子を見ながら、不憫だと感じた。
「しかもねぇ、フランスも隠さなくなっちゃって。締結した3ヶ国でそれぞれ宣戦布告する、みたいな事も言ってるんだよね〜」
左は苦笑しながら、首を回して桜子に告げる。桜子は彼の言い方が引っ掛かったらしく、左に素直に質問する。
「……珍しいわね、貴方が不確定な事を言うなんて。何か心配事?」
桜子の言葉に対し、左は少しの沈黙の後、軽い溜息を吐いて答えた。
「まぁ、無いといえば嘘になるかな。10年前、君が殺せなかった天使3人が、今同盟を組んでる。仮に3人同時に相手取るってなったら、……面倒だなと、思ってね」
左は言葉を選びながら、桜子へ答えを返す。彼女はそれに対し、傍らに置いていた刀を手に取りながら口を開いた。
「まぁでも、3対1は有り得ないわ。よっぽどの事がない限りね」
桜子はそう呟くと、手に持った雲絶の鍔——通常の打刀に比べ、若干特殊な形をしたそれ——に指を掛けるようにしてなぞる。
「特にパトソルチェ。あの女は強さを求めてる一匹狼だから、単独での襲撃しかしないわ。今回の同盟もどうせ、不可侵同盟でしか考えてないでしょうね」
桜子は手を鍔から鞘へと移しながら、再び口を開く。
「梅も他の『天使』とのお友達意識はないわね。でも、アイリスは勝つ為に手段は割と選ばない方よ。まぁ彼女自身騎士だから、人道には反さないけど」
桜子はそのまま、鍔を押して刀身を露出させる。鋼に映る自身の目をしばらく眺めると、静かに刀を納め、再び傍らに置いた。
「まぁ、そういう訳だから。多対一は滅多な事ではないわね」
「なるほどね。直接戦ってきての所感って感じかな」
左は桜子の言葉に、納得に近い感情を表しながら呟く。
「……そうね。あくまで、私が見てきた中での話だけれど」
桜子は独り言のような声量でひっそりとそう呟いた。
——『天使』の行動の中で最も重いものは無論、戦闘行為である。国の所有物である彼女らが他の『天使』と刃を交えるのは、言うなれば国同士が威嚇攻撃をし合っている状況とも言い換えられよう。
3ヶ国が殆ど同時にぶつかろうとしているこの状況は戦況として異常であり、同時に各国の情勢が複雑化している事に他ならない。
桜子はその事実を考えた途端、目の前のフロントガラスに広がる景色が急激に煩わしくなったようで、首を上へ傾け天井を見ながらゆっくりと目を閉じた。
「到着したよ」
左の声に桜子が目を開けると、公用車は目的地である首相官邸に辿り着いており、桜子は欠伸をしながら後部座席の扉が開くのを待った。車に乗りながら、大きく背伸びをして傍らの刀を手に取る。そうして、左によって開けられた扉から下車する。
桜子は目の前の官僚二人に着いていく形で、目の前の建物——色褪せてはいるが、決して貧相ではない。威厳と風格を保ちながらそこに立つ、煉瓦調の建物——首相官邸へと入っていった。
桜子は官邸の入口から入り、目の前にある左の背を追っていた。やや品質の良いカーペットの床を歩きながら、桜子はこの部屋を見渡す。応接用と思われる低めの机と椅子が置いてあり、それ以外には階段と、縦に等間隔で木材が埋め込まれた壁があるだけの、存外質素な造りであった。桜子は呆然と歩きながら、目の前の左が乗った階段に足を掛ける。そのまま無機質な音を立て、3人は官邸の2階へと上がり切った。そのまま、左がとある部屋の前まで案内すると、扉を開いて桜子を部屋の中に入室させる。
部屋の中は、先程とは異なり豪華である事が伺えた。手前には壇場があり、隣には日本国旗と生花が置いてあった。その前には、4席と間を開けて同じ数の席、そしてそれが2列の合計16席分の椅子が並んでいる。上には硝子のシャンデリアに、床には複雑なデザインが施されたクリーム色のカーペットが敷かれている。
桜子はこの部屋を見て、10年前を不意に思い出す。
(……ここは変わってないのね)
——今日官邸に彼らが赴いたのは、内閣府からの開戦許可——即ち、戦争の認可を得る為である。
『天使』が正式な戦闘をする為には、国の認可を得てからというのが定石であり、いつ他国から攻められてもおかしくない状況故、この判断に至った。
桜子一行は目の前の椅子が並んでいるところへ向かい、それぞれの席に座る。桜子は自分の隣の間椅子を眺めて、本来そこに座るべき人間がいる事に気付く。
「……そういえば、常磐次官は?」
桜子の問いに、左はすぐに答える。
「後で来る、と連絡があった、でもそろそろ来ると思うよ。一先ずは、俺達が君の監視お勤めだね」
左は時計を見ながらそう言って、式典が行われる前の部屋の中の静寂を受け入れていた。
しばらくすると入口の扉が開き、予告通り常磐が入って来た。左と園咲はすぐに立ち上がり、1度礼を行った。その角度や速さは、普段の彼らからは想像がしにくい程固いものであり、桜子は若干驚いた。常磐はそれに手を軽く上げて対応し、桜子の隣まで歩いた。常磐が通り過ぎると2人は形を背を伸ばして、常磐の方を向く。
「遅れてごめんね。君と会うのは久しぶりかな?」
常磐はそう言って、桜子に問い掛ける。桜子は自分よりも背の高い常磐を見上げた。
「そうね。最近国防省はずっと忙しそうだし。貴方、ちょっとクマ出来てるわよ」
桜子がそう言うと、常磐は『こりゃ失敬』と呟きながら、目元を何度か擦ってから言葉を続けた。
「今からお偉いさんがたくさん来るからね、適当に挨拶しておいて。五代さん……あ、総理ね。も来るし、他にも色々来るから。まぁ、許可証貰うだけだからそんなに畏まらなくてもいいよ」
時の内閣総理大臣が来ると聞いても、桜子は特に驚きはしなかった。一つあるとすれば、前任の総理は退いてしまったのか、程度である。10年前も大体こんな感じであったので、大して動きが変わっていない事にむしろ安堵したくらいである。
常磐の話を聞いていると、早速扉から誰かが入って来た。壮年の男と、若い男の2人組である。それに対し、常磐は左達に立たなくても良いとサインをして、入室した壮年の男と握手の後に会話を続けた。
桜子は何処かで見た事があるその顔を思い出しながら、また続々と入って来る各省庁の次官達に顔を向ける。代替わりしている省庁とそうでないところは凡そ半分くらいで、桜子は意外と自分が人の顔を覚えている事に驚いていた。
席もしばらく埋まったところで、桜子は胸まで伸びた髪の毛を摘みながら、サラリと手櫛で纏める。
時刻10分前程度になった頃である。扉から、最後の人物が入って来た。眼鏡を掛けた初老のオールバックに髪を固めた男は、付き添い人と思しき人物と話ながら、目の前の壇上に上がった。付き添いの男が、マイクに電源を入れて話を始めた。
「皆様お揃いでしょうか。只今より、櫻・壱号に対する防衛戦への参加許可証を授与する式を執り行います。では皆様、ご起立下さい」
付き添いの男は司会として、官僚が空間の半分を占める式典の音頭を執っていた。
式典が滞りなく行われている中で、司会の男がいよいよ本題へと入った。
「続きまして、櫻・壱号に対し、許可証を授与します。櫻号、前へ」
「はい」
名を呼ばれた桜子は立ち上がり、壇場手前にて司会の男へ一礼し、2段程度の段差を上がる。そうして桜子は、演台に立つ総理の目の前に立った。総理はそれを認めると、証書を手に取り、桜子に対してその内容を告げた。
「……櫻・壱号機。当機は、大日本帝国が所有する『天使』であり、我が国の防衛の為に他国の『天使』との戦闘行為について、帝国及び内閣総理大臣として、当機によるこれを全面的に許可する」
読み上げが終わり、それが桜子に手渡される為に持ち方が変わった。桜子に向けられたそれには、皇室と内閣府の印鑑がしっかりと押されており、この文書が確かに効力を持っていることを示していた。最後の部分には総理の名前と年号——延天12年と記されており、桜子は静かに左手を伸ばして、受け取る仕草を始めた。
同時に、桜子に緊張が走った。この場で受け取った瞬間に、自分は戦火に身を投じる事となる。再び刀を握る事になる。国の為に命を賭ける事になる。
——10年間の空白は、桜子に思考の隙を与えるには充分であった。
桜子は僅かにあった躊躇いを振り払い、証書を総理から受け取る。瞬間。静かに次官達が手を叩き、粛々と自分の行為を祝福した。
桜子はそれに、微かな騒々しさを感じた。10年前にはなかった、居心地の悪さを感じた。
式典は無事に終わり、桜子の挨拶回りも終わったところで、国防省の面々は車に乗り込み、職場へ戻ろうとしていた。園咲がエンジンを掛け、助手席に左、後部座席には常磐と桜子という珍しい形で、彼らは官邸を後にする。
「……いよいよか。君の意思を汲めずこうなってしまった事、謝罪しよう」
常磐は証書の入った鰐柄の筒で眼鏡を直しながら、桜子にそう言った。
「別に。私は国防の為の兵器でしょ。……今さらどうこう言うつもりもないわ。それで、『準備』は出来てるの?」
桜子の言葉に、常磐は相槌と共に答えた。
「進めているよ。無事に段取りが取れたから、あとは当日まで待っててくれたら良い。……初陣だからね、しっかり身体を休めて欲しいところだが……」
桜子はそれに対して、一度溜息を吐いてから答えた。
「私は大丈夫。ちゃんと刀を握れるから」
常磐はそれを認めると、『安心したよ』とだけ答えるのみであった。
そのまましばし車を走らせ、無事に桜子の家付近まで辿り着いた官僚の公用車は、そこで彼女を下ろした。
「それじゃ、当日に。送迎の連絡はまたするから。……それまで元気でね」
一行はそれだけ言うと、車を走らせて駐車場で転回しながら方向を変え、そのまま出て行ってしまった。
桜子は誰も居なくなった駐車場から、目の前の階段を登って家を目指す。階段を登り切ったところで、緑川がこちらに手を振って迎えに出ていた。
「お帰りなさい、桜子ちゃん」
桜子は口角を上げて、彼女に返答する。
「只今戻りました、ありがとうございます」
彼女達はそのまま、家の中へと戻っていった。
***
そうして証書を貰い数日を過ごし、いよいよ当日となった深夜の事である。桜子は自身の寝室で、ふと目を覚ました。まだ時間は深夜の3時であり、緑川は起きていない。桜子は、自身の染み付いた癖が未だ治っていない事に呆れた溜息を吐いた。
10年前、まだ戦争が激しかった頃である。まともに眠れもせず、来る日も来る日も刀を握り、同族を殺す日々であった。特に戦いの前日は眠れず、血生臭い自分の手で瞼を覆いながら寝た気になった事が殆どであった。
まだ、自分は『あの時』に囚われている。人を殺す事に、『天使』を殺す事に、身体が慣れていない。着ていた筒袖の内から、全身が悪寒を感じ鳥肌になる。布団を握り込みながら、ゆっくりと呼吸を整えた。
肌を摩りながら、桜子は着ていた筒袖を脱いだ。布団から出て、風呂場へと向かう。風呂場の電気を付け、肌着を脱いで浴場へ足を踏み入れた。長い髪の毛を濡れないように纏め、蛇口からまだ緩い湯を肩に掛ける。肌に伝う水の感触が、桜子の心の騒がしさを鎮め、目が覚めていく感覚があった。
深く息を吐いて、桜子は桶に再び水を貯める。すると、後ろから気配を感じた。
「……桜子ちゃん?」
緑川が浴室の扉を開け、桜子に話し掛けた。
「あ、すみません。起こしてしまって……」
桜子は緑川の方を向きながら答え、深い溜息を吐いた。緑川は、暗い顔をした桜子に一言声を掛けた。
「……体調は大丈夫?」
「大丈夫……ではないかもしれないです。やっぱり、戦うのは嫌いですから」
桜子の素直な告白に、緑川は複雑な表情で返す。目の前に居るのは、『天使』という業を背負わされたただの少女であるという事実が、緑川に重くのしかかった。
「……そっか」
浴室に沈黙が走る。緑川は桜子に問い掛けた。
「帰ってきたら、何食べたい?」
緑川は、笑顔を作って桜子に問い掛けた。桜子はその様子に対し、不思議そうな顔をしながら言葉を返した。
「え、えっと……」
桜子が言葉を探している中、緑川は浴室に入り、桜子に近づく。そうしてしゃがみ込み、桜子の手を握って答えた。
「じゃあ、考えておいて。何でも作ってあげる。だから、ちゃんと帰って来て」
緑川のその答えに、桜子は驚いた表情をした後、照れ臭そうに素直に答えた。
「はい、……帰って、緑川さんの料理を食べに帰ります」
桜子が答えると、緑川は彼女の頭を優しく撫でながら言葉を返した。
「うん、待ってるからね」
桜子は心の中にあった僅かな悪寒と蟠りが静かに消えていく瞬間を感じ取り、緑川と共に浴室を出た。
そこから2時間程経ち、桜子は外へ出て5時の陽を浴びた。淡い光で、夜と朝の境界がまだ曖昧な季節である。紫がかった空の色に、桜子は少しずつ気が抜けていく感覚を覚えた。過ごすには心地の良い気温で、桜子は心が静まった。これから死ぬかもしれないのに、こんなにも心が落ち着いている。全く眠れなかったのに、眠気は微塵もない。
桜子は大きく深呼吸をしてから、家の中に戻った。そうして自分の部屋に帰ってくると、箪笥から黒い和服一式を取り出した。それを一つずつ分解し、そして袖を通す。襦袢を着て、長着を羽織り、左襟を前にする。帯を腹部、臍の位置に巻き固め、袴を結んで着込み、最後に足袋を履いた。
「……」
鏡を見て、目の前の真っ黒な自分を眺める。10年前に全く同じ格好で、どこかもわからない戦場を駆け巡っていた。
血を浴び、刀を振い、殺していた。鼓動が早まる。あるはずのない血の匂いが、肌に纏わりつく血の冷たさが、蘇った気分だった。
皮肉な事に、懐かしさと高揚が蘇ってくる。自身の脳と心臓に訴え掛けるこの高鳴りが、桜子は酷く苦手だった。
——「着物を着たくないのは良いけど、適当に嘘でも吐いてそれをバレないようにしてくれ。ただでさえ君は狙われやすい。弱味を握られたら、『こっち』まで終わるんだよ」
懐かしい会話が、桜子の脳裏に蘇った。戦争が終わって、着物を着たくないと駄々を捏ねた時に官僚から言われた言葉である。桜子は南極会議の時にロザリオへ吐いた嘘を思い出しながら、黒い刀を持って静かに立ち上がった。
桜子が居間の扉を開け定位置に座ると、しばらくして緑川が入って来た。
「……桜子ちゃん」
「はい、大丈夫です」
両者はそれだけ言うと、緑川は盆に乗った食事を持って来た。左向きに置かれた箸に、3切れの漬物と徳利、そして掌に収まる程度の盃のみが置いてある盆であった。桜子はそれを見て、そのまま箸を持って漬物を口に運ぶ。盃に注がれた酒を2度に分けて飲み干し、深呼吸をしてから一言呟いた。
「……ご馳走様でした」
桜子はそう言った後、自嘲するように笑った。
「全然お腹減ってますけどね。……帰ったら、ちゃんと食べます。待っててください、緑川さん」
桜子がそう言うと、緑川は目に僅かであるが涙を湛え、桜子に返す。
「うん、ちゃんと待ってるわ」
緑川がそう答えると、家の中に電話が響いた。そのまま緑川は立ち上がり、電話を取る。何度かの相槌の後、戻って来た緑川が桜子に告げる。
「左からだった。もう車が来てるらしいわ」
緑川がそう言うと、桜子は刀を持って立ち上がった。そのまま2人は玄関まで向かい、桜子は靴箱から雪駄を取り出して履いた。そうして彼女は、玄関にぽつねんと立て掛けてある、古びた笠を手に取ると、緑川の方を振り向いた。
「では、行って参ります」
桜子がどこか寂しそうな笑顔でそう呟くと、緑川は2度頷いて、桜子の頭を優しく撫でた。
「……無事にね。帰ってらっしゃい」
優しく桜子の頭を2度叩いて、緑川は見送った。桜子は玄関を開けて外へ出ると、そのまま階段を下って車を目指した。
「……久しぶりだね、その格好」
左が桜子を視認すると同時に、彼はそう呟いた。桜子は鋭い目線で返すと、左は彼女が既に人を殺す為に心を整え始めている事を察したようで、すぐに助手席の扉を開ける。
彼女が乗り込んだ事を確認すると、左は運転席に座りハンドルを握ってアクセルを踏んだ。
「じゃあ、行こうか」
桜子を乗せた黒い車は、早朝の帝都を一直線に走り始める。
——そこから車が止まったのは、走り始めてから約一時間程経った辺りだった。北関東にある、人の居ない広野である。アイリスが提示した場所が、人の居ない広場であった為である。
桜子は開いた助手席の扉から降車すると、笠を被り、刀を差して、歩き始めた。湿った土を踏む音が聞こえ、桜子は足を進める。左はその様子を見ながら、いつもの車より大きい車体を見て、不意に様々な事を考えてしまった。
しばらく歩くと、目の前に軍旗を持った鎧の女性がいた。白と混ぜたような淡い金髪を美しく一本にまとめ上げ、出来の良い西洋甲冑に身を包んだ彼女は、桜子を見つけるとニヒルに口角を上げた。
「……来たか、サクラコ」
名前を呼ばれた桜子は、静かに言葉を返した。
「えぇ、約束通り来たわよ。ところで、一つ聞いて良いかしら」
桜子はそう言って、言葉を続けた。
「貴女、縁もゆかりもない日本で良かったの? ここが貴女の墓場になるかもしれないのに」
彼女の言葉に、アイリスは僅かであるが眉を動かした。
「……構わない、騎士としての礼儀というやつだ。……それで終わりか?」
アイリスがそう聞くと、桜子はすぐに言葉を返した。
「えぇ。貴女が良いなら良いわ」
桜子がそう呟くと、アイリスは鼻で笑った後に続けた。
「相互に知っているが、しきたりだ。口上を述べさせて貰おう」
アイリスはそう言うと、添えていた西洋剣を引き抜き、軽く息を吸ってから、高らかに宣言した。
「我が名はアイリス! 『アイリス・ラ・プルミエ』! 我が祖国、フランス共和国の『天使』である! 其方は何を得るが為に、私と闘う!」
アイリスは剣の切先を桜子に向け、名乗りを催促した。桜子は笠の向こうから見える切先を見つけ、声を上げる。
「我が名は桜子。諱を『櫻・壱号』と申す。此度はその首を頂きに参った」
桜子の言葉に、アイリスは笑みを深くする。彼女は軍旗と西洋剣を構え、桜子の方へ足を向けた。
「では、サクラ・イチゴウよ! 我が『フィエルボワ』に誓って、必ず貴公を討つ!!」
アイリスは手にしていた西洋剣を天へと掲げ、一帯の山脈に響き渡る声で告げた。姿勢を低くし、両手にある得物を広げて突進に近しい体勢を取る。
桜子はそれを見ながら、静かに雲絶の鍔を押して一度目を閉じた。爪先からじんわりと高揚感が湧き、それがゆっくりと全身へ蔓延していく感触が、桜子を覆っていた。
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