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鬼之櫻子  作者: 犬神八雲
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第四話 天使

小難しい話は苦手ですが、歴史考証はしないとまずいというジレンマ。でも創作ってこういうのが楽しい。

 桜子は扉を開けて、会議室へと入室した。

 ——部屋の中心には円卓と、それらに座る7人の女達が居た。蝶番の鈍い音に反応し、皆が一斉に桜子の方を振り向く。そして最初に目が合ったのは、金髪の美女——ローズ号であり、彼女は桜子に気付くと微笑みながら口を開く。

「こんにちは、サクラコ。席へどうぞ」

 ローズは椅子から立ち上がると、自身の右隣の空いている席を指し示す。

「……ええ」

 足を進め、ローファーから伝わるやや硬い感触を覚える。床には硬めで無地の紅カーペットが敷かれており、扉とは対極の壁——ローズの座っている後ろには、『天使』達を所持している国の国旗が、8本——アメリカ、ロシア、中国、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、そして日本——の全てが並んでいる。

 椅子の手前まで辿り着くと、桜子は右隣の女から小声で話掛けられた。

「……珍しく遅かったね」

 古風なメイド服に身を包んでいる小顔な美女。髪はキャップで纏められており、座り姿は上品なその人物の表情は、やや驚いたようなものだった。

「会議開始時間は12時って聞いてたのだけど」

 桜子は椅子に腰を下ろしながら、円卓に手を乗せ、隣の美女に言葉を返す。そうするとメイド服の美女は、困惑した表情を浮かべて首を傾げた。

 桜子が座った事を認めると、ローズもまた椅子に腰を下ろし、二度咳をして口を開いた。

「皆さんお揃いですね。では——」

「おい」

 怒気を孕んだ低い声が、部屋全体を貫くように響いた。その場に居た彼女達は声の主に視線を向ける。ローズはその主を見ると、溜息を吐いてから問い掛ける。

「……何かありますか、パトソルチェ」

 パトソルチェと呼ばれた女性——ローズの対極に座り、灰色のスーツに、それと近しい色をしたハネ気のある長い髪。手には何かを隠すように包帯が巻かれており、それが指まで続いている——見るからに常人ではない事が分かる見た目の女は、円卓を指で叩きながらローズに問い掛ける。

「何でサクラコだけ遅れた? オレ達と時間をわざわざズラしたのか?」

 パトソルチェと呼ばれた女性が問い掛けると、ローズは鼻で笑うようにして言葉を返した。

「そうですね。アナタ方がいつも遅れるので、時間通りに来るサクラコだけには敢えて本来の時間を通告しました」

 ローズは悪びれる事もなく平然とそう言った。それに対して、対極に座るその女は明らかに不機嫌な顔付きに変わると同時に、机を叩く仕草を止める。

「……」

 パトソルチェはゆっくりとその場に立ち上がり、包帯の巻かれた手を握り込んだ。ローズはそれに対し、ただ睨むだけであり言葉を使う事はなかった。正に一触即発という雰囲気の中で、半数の天使はまた始まったと言わんばかりの呆れた表情を浮かべ、もう半数は起こりそうな波乱に嬉々とした表情を浮かべ、件の桜子は我関せずといった具合で欠伸をしていた。

 パトソルチェとローズが互いに立ち上がり、そして睨み合っている。パトソルチェが脚を踏み込んだ、と皆が思ったその時には、彼女はその場所には居なかった。彼女の身体はローズの目の前にあり、円卓の上からローズの顔面へ向けて腕を振りかぶっていた。彼女は自身の分厚い本に添えていた右手を翳す。

【やめなさい】

 ——その拳が、ローズの右手に放たれる事はなかった。

 円卓の八人全員の脳内に言葉が響く。それはひどく大人びた、そして柔らかな女性の声であった。パトソルチェはその声を聞いた瞬間に、その手を止め振りかぶる構えを解いた。

【ここは南極、私の領域です。如何なる理由であれ、戦闘は禁止しています。座りなさい】

 パトソルチェは不服そうに深い溜息を吐き、円卓から降りて自席へと戻った。

【パトソールニチニク、短気なのは貴女の悪い癖です。自戒なさい。ローズ、貴女も合理の為に差別を行うのはやめる事、良いですか?】

 声は彼女達の脳内に直接語り掛けており、ローズとパトソルチェは合わせていた目を逸らしながら席に腰を下ろす。

「『聖母』様、申し訳ありません」

 ローズがそう告げると、8人の脳内にいた声が、徐々に消えてゆくのを皆が感じ取った。

 ローズは溜息を吐きながら、改めて宣言する。

「では、これより南極会議を開始いたします」

 ローズの毅然としたよく通る声が会議室に響いた。


 桜子は円卓に手を置いたまま、目の前で行われている八百長会議を呆然と眺めていた。無論耳を貸す事なく、ただ見ているだけである。例の如く、ローズとパトソルチェがいがみ合うだけの会議に桜子は辟易し始める。

 ——いつもこうだ。何の為の会議か、恐らく誰も分かっていない。10年前もしばらく言い合った後に、曖昧な状況で休戦した記憶が桜子にはあった。

 止むを得ず会議室の変わった点に目を向ける事にした。

 まず円卓。木製の外環に金属製の内環というデザインという比較的新しいタイプのものに変わっている。以前はもう少しレトロなデザインであった事を思い出しながら、桜子は適当に視線を移す。

 よく見ると椅子も変わっている。以前は背と尻部分がクッションで、細工が施された木製の四つ脚であったのに、現在は黒革が使用された品の良い会議用のそれであった。随分と座り心地がいい。

 そして何より——この場にいる殆どの『天使』の見た目が、大きく変わっている。

「サクラコ、髪伸びたんだね」

 それは自分も例外ではなく、隣のメイド服の淑女も前とは見た目が変わっていた。

 青い瞳のその女は、顎に手を当てながら桜子に話し掛ける。桜子は自身の髪を一瞥し、淑女に声を掛ける。

「貴方の場合は、服から変わってないかしら……?」

 桜子がそう言うと、淑女は背凭れにどっしりと背中を預け、したり顔で答える。

「良い服だろ? 最近は専らこの格好だ。ボクは意外と勤勉でね、使用人生活も悪くない」

 ボクと名乗る淑女は、脚を組みながらこめかみと顎に指を添える仕草をした。

「それはそうと、君も格好は変わってるじゃないか。何でセーラー服を?」

 桜子はその質問に対し、ぼんやりと官僚との会話を思い出した。

「……そうね。これ、袴より動きにくいから、状態が悪いじゃない? 調子が悪い時でもある程度動ける為の練習……いざって時の為の保険ってところかしらね」

 桜子は指でセーラー服を摘みながら答える。

「何だそれ」

 それに対して淑女は、不思議そうな顔色をしつつ少し笑って答えた。

 ——その様子を見ていたローズは、淑女に対して釘を刺す形で注意を促す。

「ロザリオ。会議をしているのですから、せめて聴いてはどうですか?」

 ロザリオと呼ばれた淑女は、鼻で笑いながら答える。

「聞いてないのはキミとパトソルチェが不毛な会話をしてるからだろう。子供じゃないんだ、もう少し有意義な話をしたらどうだい? 例えば——」

 ロザリオは人差し指を天井へ突き立て、指先を回しながらとある席——パトソルチェの右隣に座っていた人物へと指先を向ける。

「メェイの日本襲撃について、とか?」

 ロザリオはそう言いながら、挑発するような笑みを浮かべる。それに対しメェイは、嘲笑に近しい声色で答えた。

「ウチは単に『ご挨拶』しに行っただけよ。文句を言われても困るわ」

 桜子はその言葉に対し、建前上の言葉に呆れた溜息が出てきた。あの場で殺すべきだったやも知れぬと考えながら、耳を小指で掻いて答える。

「挨拶のつもりなら、言葉くらいは覚えて欲しかったわね。こっちの『挨拶』は棒を振り回す事じゃなくて、頭を下げる事から始まるのだけど」

 桜子がそう言うと、梅は顔付きを険しいものへと変える。桜子はそれを気にする様子もなく、じっと梅の方を見る。

 混沌としてきた会議の最中、一昔前の貴族の如き服装をした、ポニーテールの女性が呆れながら口を開いた。

「見るに耐えん。仮にも会議だと言うのに、お前達は騒ぐしか能がないのか」

 ポニーテールの淑女は、鋭い視線を目の前に居るロザリオと桜子に送った。

「これはこれは、アイリスかい。珍しく喋らないから、今日はお休みかと思ったよ」

 ロザリオは目の前にいるアイリスと呼ばれた淑女に対して嘲笑を交えながら答える。アイリスは舌打ちをしながらロザリオに対して返答する。

「そういう君は、わざわざお喋りをしに南極まで来たのか?」

 ロザリオは表情を一切変える事なく、静かに目の光を落として、アイリスの挑発に返す。

「まさか〜、ボクは暇じゃないんだよ。君と違ってね」

 穏やかに微笑むロザリオとは対照的に、アイリスは青筋を立てていた。

 桜子はいよいよ議論がまとまらない気配を感じ、背凭れに体重を掛けてロザリオの奥に座っている黒いフードを深く被っている人物に目を向ける。

(……マルゲリータ、あれは寝てるわよね?)

 黒いフードの人物は、肩のみがゆっくりと動いているだけで特に言葉を発する事もなかった。白熱する八百長会議を聞く意味がないと判断したらしい。桜子はその次に、自身の直線上に目を向ける。鈍い金色の髪色をした片目の隠れた女は、目の前に置いていた帽子を深く被り会議室から去ろうとしていた。

「コルンブルメ、何処へ?」

 ローズは隣に居た女に問い掛ける。コルンブルメと呼ばれた、長い癖毛と軍コートを身に纏った軍帽の女は、扉前まで辿り着くとこう言った。

「……外の空気を吸いに」

 それだけ言うと、軍コートの女は扉を開けてそのまま会議室を後にしてしまった。ローズはその様子を見て、深い溜息と共に天を仰いだ。それと同時に、ひっそりと何かを呟いた。


 桜子は自身の爪を見ながら、それをなぞるように指を動かして、一つ溜息を吐いた。周りの『天使』達が会議の傍聴は愚か見物さえ放棄しかける中で、ローズとパトソルチェだけは『議論』を続けている。右往左往、手を変え品を変え、誰も聞かない討論を進めている。

 そうして遂に痺れを切らしたパトソルチェは、掌を握り締めて拳を思い切り振り下げ——円卓の木材が打撃に沿って割れた。パトソルチェは円卓を破壊し、一息吐いてから呟いた。

「じゃあなんだ、また戦争でもすれば良いんじゃないか?」

 ——その言葉は、『天使』達の動きの一切を制限した。

 殆どの天使が、まるで呆気に取られたかの如く表情で固まり、そして衝撃を食らったかように動けずにいた。それは桜子も例外ではなく、——しかしその様は他の天使よりかは幾らか冷静であるが——動かしていた指をピタリと止めてパトソルチェの方を向いた。

「……どうしたお前ら、戦争したくて会議に来たんじゃないのか?」

 パトソルチェは皆の様子を鼻で笑うと、堰を切ったように続けた。

「どいつもこいつも、この会議を無駄なモンだと思ってる。ならとっとと結論を出した方が良いだろ」

 壊れた円卓の前に、パトソルチェは椅子に体重を掛ける形で腰を下ろす。

「戦争だよ、何も不思議じゃないだろ? 10年前にもやってたじゃないか」

 皆が静かになる。この状況はローズも想定していなかったのか、口を紡いでいた。殆どの『天使』が何も言わない中で、桜子はパトソルチェの向きに椅子を回して問い掛ける。

「パトソルチェ。貴女、戦いたいの?」

「——は?」

 桜子の問いに対し、パトソルチェは懐疑的な表情をする。桜子は脚を組みながら灰髪の女に告げた。

「不思議だったのよね。何で梅が私の所に来たのか。未宣告での『天使』同士の戦闘は、国際問題にすらなり得る。そんなリスクをわざわざ梅が負う訳ない」

 桜子はこめかみに指を当てながら言葉を続ける。普段無口な桜子が積極的に喋っている物珍しさ故か、『天使』は皆黙っていた。

「あるとすれば国か、それとも中露の同盟か。でもいずれにしろ、国っていう雇い主から『やれ』と言われた以上、やらなきゃいけないのは私達に共通してる」

 桜子は一度言葉を止めて、溜息を吐いてから話を続けた。

「……それが今回、『日本への挑発』だった」

 パトソルチェは懐疑的な表情から、徐々に険しい顔へと変えた。元より表情が読み取りづらい人物である為、桜子は揺さぶりのつもりで言葉を続ける。

「勿論、私への挑発は皮切りに過ぎない。恐らく貴女達はこれを皮切りに戦争を起こそうとした。……この会議を利用してね」

 桜子は脚を組み替え、腕を肘掛けに乗せた。桜子の口上に『天使』達の視線はパトソルチェと梅に向き始める。当の二人は、桜子の言葉に僅かな動揺を見せる。

「ただまぁ、いつも通り八百長になったから雑に持って行ったんじゃない? ……貴女、焦ってるもの」

 桜子の言葉に、パトソルチェは思わず息を呑んだ。彼女は、腕に巻かれた包帯の上から左腕を引っ掻くように、右爪を掛ける。

「……証拠は?」

 パトソルチェは桜子に問い掛ける。桜子は首を傾げて返した。

「憶測とか推理に証拠って必要? ただの予想よ、正誤はどうでも良いでしょ」

 桜子は両腕を手で留めながら背伸びをし、足首を動かしながら続ける。

「……いずれわかる事ですし、今はそう思うってだけよ」

 桜子はそれだけ言うと、ローズの後ろにある時計に目をやる。会議の時間は既にとうに過ぎており、桜子は深い溜息と共にローズへ問い掛ける。

「議長さん、帰って良い?」

 ローズはそれに対し、持っていた本を円卓の上に置き、桜子へ視線を向けた。

「……許可します」

 ローズは会議を強制的に終わらせた桜子にやや閉口しながらも、得られた情報を考慮するばかりであった。


***


 桜子は行きに乗っていた、白機体に日の丸が付いたヘリコプターに乗り込む。搭乗と同時に無無線を国防省に繋ぐよう運転手の男に指示すると、直ちに報告した。

「こちら桜子号です。ただいま会議が終わりました。常磐次官、または他省員に繋いでください」

 桜子が無線機を持ったままでいると、暫しのノイズの後声が返ってきた。

【こちら常磐。詳細は帰国してから聞く。手短に重要な点を伝達願う、どうぞ】

 桜子は最も伝えるべき事項を頭に浮かべながら、無線のボタンを押して告げた。

「中露が同盟を組んでいると思われます。ロシア——パトソールチニチク号の襲撃が、恐らく近日に行われるかと」

 桜子がそう告げると、常磐の声が帰ってきた。

【了解。難しいかもしれないが、迅速な帰国を願う。どうぞ】

 報告を終えた桜子は無線を横に置き、隣にいる人物——運転席に座っている、特殊スーツの男に告げる。

「……ですってよ、出来る?」

 運転席の男は、中指にある獅子の指輪が嵌った左手を顔前に翳しながら答える。

「皆まで言うな」

 桜子がその言葉を聞くと、彼女はそのまま座席へと戻り、足を組んで出発を待機する。

 運転席から、何やらスイッチやら発動機やらを立てる男が聞こえ始めた。そうして、けたたましい音を立てながらプロペラが回り、ゆっくりと機体が浮上した。桜子を乗せた飛行船は、銀世界の大陸を去っていった。幾本かの両刃によって大陸の風を切り裂かれていく音を聞きながら、桜子は静かに目を閉じ、——運転席からも分かる程鮮明に、忍び寄るかの如き気配を放っていた。

 それが何故の気配か——殺気ではなく、憤怒でもなく、まして悲しみでもない——本人以外には、分かるはずもなかった。

今更ですが、この作品は女の子版ジョン・ウィックです。

ダウナー(殺し合い苦手)系アイドル(羨望を集める)桜子が熱烈な(殺害欲求のある)ファン(天使達)にサービスする(返り討ちにして殺す)感じの作品です。

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