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鬼之櫻子  作者: 犬神八雲
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第三話 南極

バトルが書きたいのにバトルになるまでが長いんだな。

 瞼を開ける。いつもの木目がある天井が目に入った。眠っていた自身の身体を起こし、舟を漕ぎながら辺りを見渡す。閉じられた障子から、柔らかい暖色の日が入り込んでいた。布団の敷いてある畳に投影された麻の葉模様の影に、桜子は今が朝だと認識した。

 桜子は自身の眠っていた隣にある、刀掛けに目を配る。3本の刀が掛けられており、上から順に赤い模様が入った打刀と脇差、そして真っ黒な打刀が配置されていた。その内の1つ——黒い打刀を手に取り、あらかじめ結んでいた下緒を持ち上げて紐を肩に斜めに掛ける。その後、まとめていた黒い髪を肩の前に垂らす。

 そうしてようやく脚を曲げ、腕を使って立ち上がる。捲れた布団を直す事もなく、身に付けている筒袖に隠れた腕を掻き、首元に手を添える。首を回すと鈍い音が鳴り、手を握り込むと関節の摩擦の音がした。寝起き故に、まだ身体が起きていない。更に言うならば、脳も起きていない。桜子は瞼を半分程閉じながら、目の前の障子を開ける。

「ぅわっ」

 桜子は目の前に広がる朝日の眩しさに、思わず情けなく弱々しい声を上げ、障子をすぐに閉じた。桜子はどうしようと言わんばかりに扉の前に立ち尽くし、そして5分程度時間を置いてから、完全に目を閉じて障子を開けた。

 桜子は部屋から出ると、右手で壁を感じながら、ぼんやりと足を進める。日の明かりに目が慣れてきたあたりで、目を再び開けた。

 目の前に一直線に伸びる広縁に、右手に見える茶室。桜子はいつも通りこの広縁を進んで、居間へと向かう。

 静かに摺り足で進んでいると、奥の台所から、朝餉の匂いが漂ってきた。米の炊ける匂いと魚介の脂が焼ける匂い、そして味噌の強い匂いが鼻腔を刺激する。僅かであるが、軋む音を立てて進んだ。

 桜子は居間に辿り着くと、その部屋の中央に置いてある四角い座卓の前に腰を下ろすため、肩に掛けていた黒い刀を自身の後ろへ畳の上に置くと、隅に積まれた座布団を敷いてそこに正座した。

 そうして座して待っていると、すぐに目の前の障子が音を立てて開いた。

「あら、おはよう桜子ちゃん」

 首の長さまで髪がある、桜子よりは歳の行った壮年の女性が、挨拶しながら黒い盆を持って部屋に入ってきた。

「んはようございます……」

 桜子は口をモゴモゴさせながら、不安定に答える。壮年の女性はそれを聞くと同時に、座卓の上に盆を乗せると再び台所の方へと向かっていった。

 桜子の目の前に、黒い盆が置かれた。その盆には、先程鼻腔を貫いた食事達が置かれていた。

 ——茶碗に盛られた米に、漆塗りの汁椀に注がれた味噌汁、平皿に置かれた焼き鮭と、金平牛蒡に漬物。温菜は湯気を上げて、その匂いを絶え間なく漂わせている。桜子は目の前に置かれたそれらをじっと眺め、幸福感を強く感じながら、思わず口角を上げた。

 先程の女性が、急須と自分の分の朝餉を持って戻ってくると、桜子は置かれた盆を自分の方に寄せる。

 女性は座布団に正座すると、机の隅に置かれた湯呑み二つ分へ急須の内容物を注ぎ入れ、一つを桜子の方に滑らせた。そうして胸辺りで手を合わせ、桜子もそれに倣い手を合わせる。

「いただきます」

 二人は一礼をしながらそう呟き、自分の箸を手に取った。

「桜子ちゃん、最近大変そうね」

 目の前の女性——首あたりまである髪の約半分、耳から上の部分をふんわりと纏め、和服の上から割烹着を着用しているその人——は、味噌汁を啜りながら桜子にそう言った。

「まぁ、そうですね。しばらく休めたなと思ったらまた戦争が始まりそうですし……」

 桜子は深い溜息を吐きながら、箸で突き崩した鮭の身を米と共に口に運ぶ。咀嚼を終え、彼女は目の前の女性に続きを述べる。

「なので、日によっては帰れないかもしれません。緑川さんには迷惑を掛けると思いますけど……」

 桜子がそこまで言うと、緑川と呼ばれた女性は優しく微笑み、言葉を返す。

「今更気にしてないわ。それに、私もあなたの『お世話』は仕事だしね」

 彼女は漬物に手を伸ばし、そのまま口に含むとポリポリと小気味の良い音を立てる。

「……そういえばそうでしたね。役人らしさが無さすぎて忘れかけてました」

 桜子がそう言うと、緑川は一瞬吹き出したかのように食事を止め、肩を震わせていた。

「の、のんびりしすぎでしょ、桜子ちゃんッ……」

 桜子は、自身が何も考えず放った発言に対し相手が好意的な反応を見せた事に対して、僅かに嬉しくなった。箸を置き、湯呑みに手を伸ばす。口を付けて中身を飲んで、その反射に映る自身の顔を見て、そのまま思わず口から言葉が溢れた。

「……私は結構、緑川さんのご飯が好きなので寂しいですね」

 桜子がそう呟くと、緑川は溜息を吐きながら独り言のように口を開いた。

「そうねぇ……また開戦ってなったら、こうして毎日ご飯を食べるのも、難しくなっちゃうわね」

 桜子は湯呑みを置き、米の茶碗を持ち上げる。そして自分の肩の荷を下ろす為か、彼女に言葉を紡ぐ。

「もし、次の戦争で私がまだ生きてたら、またご飯作ってくださいね」

「ふっ、任せて。このお役目奪われてもブン取り返してくるわ」

 緑川は自慢気な表情と共に、桜子に堂々宣言する。桜子は場違いなその明るさに、思わず笑みを溢した。

 その時、タイミングを見計らったのか電話の鈴が聞こえた。緑川は「あらあら」と言いながら立ち上がると、桜子の方へ申し訳なさそうに視線を向けた。桜子が微笑んで答えると、そのまま電話の方へと向かった。呼び鈴が収まると同時に、彼女の声が遠巻きに聞こえた。

「はい、こちら緑川です」

 桜子は食べ進めながら、向こうの電話から直に自分が呼ばれるだろうと感じ取り、先程より早く箸を動かした。

「桜子ちゃーん、常磐さんから〜」

 得意でも好きでもない早食いの末、無事に呼び出しに間に合った桜子は彼女が行った方向へと歩き、彼女からダイヤル式の黒電話の受話器を受け取った。

「はい、電話替わりました。桜子です」

 桜子がそう言うと、奥から忙しなさそうな音と共に常磐の声が聞こえた。

【はいこんにちは、常磐です。つい昨日なんだけど、君宛に南極連盟の招待状が来た】

 桜子は壁に寄り掛かり、腕を組むようにして会話を続ける。

「……差出人は?」

【ローズ号だね。ただ、見たところ恐らく代表として出してるに過ぎないだろう。……本格的に各国が動き出した。この意味、分かるよね】

 常磐の声色が、一気に険しくなった。電話越しにさえ理解出来る、冷酷と諦観を合わせた言葉に、桜子は睨むような目に変わる。

「……そう。それで、私の『お願い』は通してくれるのよね?」

 桜子が常磐にそう質問すると、彼は苦笑しながら答える。

【あぁ、南極での邂逅が終わったらこちらで聞くとも。正式な文書として残すから、期待していてくれ】

 桜子はそれを聞くと、納得したような相槌を打つ。

【そういう訳だから、君の所に官僚を向かわせている。国防省に来たらこの手紙を渡すから、またよろしくね】

 常磐がそう言うと、桜子は適当に相槌を打ち、黒い受話器をガチャンと横に戻して置いた。

「国防省に行くことになりました、迎えが来るらしいです。ご飯ありがとうございました」

 桜子は側の彼女にそう告げると、彼女は桜子の背を押すように、2度軽く手を当てた。桜子は軽く微笑みながら、肩前にあった髪留めを外し、長い黒髪を背に流した。


 筒袖から普段着としてのセーラー服に身を包み終え、刀を持ちながら部屋で待っていた。しばし時間が経ち扉を叩く音が聞こえると、桜子は立ち上がって玄関まで足を進め、そうして扉を開ける。

 迎え役は左と園崎であった。

「やっ。じゃあ早速行こうか」

 左は手を挙げて桜子に挨拶し、園崎は一度頭を下げた。桜子は刀を持ち添え、国防省の車に乗り込む。今日は園崎が運転手なようで、左は足を組んで前を見ていた。

 左は目頭をグッと押し込む仕草をしながら、桜子に問いかける。

「調子はどう? 俺は良くないよ」

「私もよ。特に、南極に行くって決まってからね」

 桜子は胸に置かれた自身の黒髪の毛先を摘みながら左に答える。彼はその回答が笑いに嵌ったのか、口元を手で押さえながら答える。

「フッ、俺もだよ。戦争なんてやるもんじゃない。金も資源も無くなるだけだ」

 左は額を掻きながらそう呟き、桜子の方に視線を向ける為、後ろへ首を回す。

「前も言ったけど、今回君に頼みたいのは防衛の為の戦争だ。……十年前みたいな事にはならないように、俺達も努力する」

 左の言葉に、桜子は長い黒髪に指を通しながら言葉を返す。

「外交は貴方達に任せるわ、私は刀を振るう事しか出来ないし。あと、防衛戦争って事は、喧嘩を売られたら買えばいいって事よね?」

「正確には、俺達が買っていいと言った喧嘩を買ってくれって話だね」

 左がそう言うと、桜子は傍らの刀を静かに鞘から抜く。一尺分程度見える、白刃に反射した自身の顔を見ながら、そっと呟いた。

「……勝手に殺すなって事?」

「そういう事。あくまでも防衛戦争だ、こっちから手を出したら相手からどんなしっぺ返しが来るか分からない。こちらは『待ち』でなければ意味がないんだ」

 左はそう言い切ると、腕を組んで座席に背を凭れる。そうして首を回し、険しい顔付きで深い溜息を吐いた。桜子はその様子に対し、憐れむような声色で呟いた。

「……面倒臭いのね、お疲れ様」

 左はそれを聞くと、苦笑する他なかったようで険しい顔を緩めて答える。

「それが外交だからね。労いありがとう」

 桜子は視線を前の硝子から、隣にある側面の硝子へと移す。桜子の目には、2つの青——茂る葉桜と、突き抜ける空——が映っていた。


***


 国防省に到着すると、桜子はすぐに次官室へと案内された。軽い挨拶と共に入室した左の後を追い、桜子は次官室へと入った。

 常磐は桜子が入室すると、挨拶をしながら「早速だけど」と前置きの言葉を続ける。そうして眼鏡を直しながら封筒を見せ、桜子に手渡した。

「これが国防省宛、まぁ厳密には君宛に届いた。中身は、君が確認してくれ」

 常磐が持っていたのは、白地に青い斜め線が1本入っただけの、簡素な封筒であった。横向きの封筒の表面には『南極連盟』と記されており、封筒の窓には、『大日本帝国 櫻・壱号 代表 Rose 2nd,USA』と書かれた面が来ていた。

 裏を捲ると青い特殊な封蝋が施されており、桜子はそれを開けて手紙に目を通す。

【『南極会議』のご連絡です。招待状を同封してあります。参加義務が発生するので、必ず来てください。 場所:南極大陸 連盟本部 時刻:現在地 正午より】

 桜子は手紙に目を通すと、隣の左に目を合わせた。左はその視線の意を受け取ると、頷いてから常磐に告げる。

「常磐次官。南連の日本支部がこちらに到着するのはいつになりますか?」

 常磐は腕時計を眺めながら左に答える。腕の内側にある針盤を見、左と桜子に視線を合わせた。

「後数分で来るだろうね。連絡待ちだ」

 その直後、常磐の机の上にあった電話が受信音を上げた。常磐は即座に受話器を取り、挨拶と共に何度か頷く。受話器を戻すと同時に、常磐は眼鏡を直しながら桜子へ告げた。

「直に到着するらしい、屋上へ行こう」

 常磐は椅子から立ち上がると、左へ目配せする。左は一礼の後、扉を開けて桜子と園崎を出し、常磐も退室させて扉を閉じる。桜子は常磐の後に従い、歩き出した。


 非常階段を登り、桜子達は外へ出る。突き抜ける程に青い空に浮かぶ、真っ白で大きな光。国防省の屋上へ反射する太陽の光に、桜子は思わず目を細めた。緑のアスファルトに、オレンジの縁と『停』の文字が記されたその場所に常磐と桜子一行は辿り着いた。

「隣のヘリポートだ、ここで待とう」

 常磐は現在いる場所から向こう——ヘリポートの方面を指差した。桜子は屋上故か、髪が風で靡いた。まるで烏の翼よろしく広がったそれを、彼女は鬱陶しそうに掻き上げる。

 常磐は整髪剤で固めた髪の代わりに、黒い背広が音を立てて上がった。同時に、腕の内側にある時計に目を当てる。

「……時間だ、来たよ」

 常磐の視線が、腕から晴天に浮かぶヘリコプターへと移る。空中停止している機体が、時間をかけて国防省のヘリポートへと着陸する。白い外装に、紅の日の丸。尾の部分に大陸のマークが記された機体。

 そのプロペラが止まって暫く経つと、扉が開いて運転手が降りて来た。眩しい程の白い特殊スーツを着た男は、ヘルメットを脱いでから敬礼をする。その敬礼に、常磐は噛み締めるように口元を緩めた。

「操真君、久しぶりだね」

「お久しぶりです」

 操真と呼ばれた男は嵌めていた手袋を外して、常磐の握手を受けた。男の中指には、派手な指輪が嵌め込まれている。常磐は握手の後、機体やガソリンの状態を確認した後に桜子へ視線を戻し、親指を立てて合図する。

 それを見た桜子は持ち添えていた刀を握り締めながら、常磐の方へと歩き出した。

 桜子はヘリコプターに搭乗すると、そのまま後部座席に当たる部分にて、足を組んで待機した。そうして少しばかり上半身を動かしながら安定する位置を探り終えると、腕を組んで瞼を閉じた。

「じゃあ操真君、桜子をよろしくね」

 操真と呼ばれた男は、再び敬礼を常磐に向けると、ヘリコプターの運転席に乗り込んで扉を閉じた。


 大陸が殆ど見えない大海原の上を走る機体。その中では、殆どと言って良い程両者は喋らなかった。桜子は彼の運転を邪魔しないよう、目を閉じて仮眠している。操真もまた、桜子に対し何か言うべき事もなかった為であろう。

 そんな中、操真が目の前のメーターパネルを見て桜子に話しかけた。

「桜号、あと半分程度で南極に到着する」

 桜子は閉じていた目を開け、脚を組み直しながら答えた。

「ありがとう。残りもよろしくお願い」

 そうして再び、瞼を閉じてしまった。操真は無駄が一切ない彼女の受け答えに対し、肩を竦めてしまった。


 ——一面に広がる銀世界。その一部は表面の雪が消え岩肌が露出しているが、殆どは真っ白な空間であった。機体の中にも明らかな冷気が入ってきたのは理解出来たが、幸いにも雪は降っていなかった。

「桜号、南極に到着した。今から空中から少しずつ降下する」

 操真がそう言うと、桜子は脚組みを戻した。傍らにあった黒い刀を手に取り、白刃を抜き出して刃紋を眺める。

 機体が空中で停止しながら、時間を掛けて着陸の為に降下始めた。着陸して数分後に操真がエンジンを止める。桜子はそれを察すると、機内で立ち上がった。操真は運転席から出ると、桜子の座席帯の扉を開ける。

 さくっ、という軽やかな音が聞こえる。

 ——降りた途端に足に伝わるのは、雪の感触であった。張り裂ける程冷たく、肌を貫くような氷点下の風。

 桜子は10年振りに、この地——南極へ降り立った。

 息を吸えば、鼻腔や口が容易く凍る事が理解出来る気温である。それでも、空の青さは突き抜けて美しく、人が極端に少ないこの地では、それが特に顕著なのだと、改めて感じた。

 降りた場所は南極連盟本部の手前の停留所であり、横一列に他国の機体、国旗が記されたそれらがずらりと並んでおり、その奥にはとある建物が見えた。

 凹凸や装飾が極端に少ない、病院に似た雰囲気を醸す巨大な建物——南極連盟の研究棟が見える。その最上部には、青い布地に白い模様が描かれた巨大な旗が棚引いている。

「では俺はここで。帰りはまた別の奴になる」

 操真はそう言い切ると、開けていた扉を閉めてしまった。

「そう、ありがとう」

 その様子を見た桜子はポケットから招待状の有無を確認すると、そのまま旗がある方角、建物の方へと歩き始めた。

「……こんなに寒かったかしらね」

 建物の方へと歩く最中、桜子は意外にも寒さを感じた。無論停留所から施設は大した距離ではないが、日本の冬とは本質的に違う事も含め、体感はずっと寒く感じている。

 冷たい刀を握り締めながら、足を進めた。


 建物まで辿り着き、中に入ると、施設は意外にも最新の環境になっていた。わかりやすく言うならば、改札——入口部分は何かしらの機械を通してでなければ入退室が出来なくなっている。その両脇には、背の高い検閲官が立っていた。

「これ、よろしく」

 桜子はその内の1人に招待状を見せ、施設の中に入る。そのまま真っ直ぐ向かうように案内された。道なりに進んでいくと、今までの白い内装から一転し、木材を基調とした建物へと変わった。そのまま道なりに進むと、白衣を着た日本人が扉の前に立っていた。

「桜号ですね。どうぞ、案内します。それと、会議室に武器は持ち込めません。そちら、お預かりします」

 その日本人は桜子に軽い会釈をし、刀を渡すように言った。桜子は刀を横にしながら手の上に置く寸前、彼に問い掛ける。

「……重いわよ、持てる?」

 彼は僅かに微笑み、言葉を返した。

「持ちますとも」

 桜子は刀を預け、開けられた扉の中へと入った。


 施設の中は、外見と大きく異なり、研究室然とした様相ではなかった。壁の下半分には明るい茶の木材が、上半分には白い石材が使われており、床は寄木張りで統一されている。外の極寒を印象だけでも和らげるためだろうか、全体として木材が多く使われている場所であった。

 桜子は目の前を歩く白衣の日本人の後ろに着いて行きながら、久方振りに見るこの施設を観察していた。さながら宮殿の如き広さでありながら、過度な豪勢さや特徴は極力少なく装飾されている。この空間に特徴らしい特徴がないが、こと南極に関しては、そうあるべきなのだと桜子は思い出す。

 真っ直ぐ進んでいくと、とある扉の手前で白衣の男が立ち止まった。

「どうぞ、この先が会議室です」

 桜子は目の前の扉——シンプルながらも明るい茶色のデザインであるそれを見て、この扉の奥にあるものを芋蔓式に思い出す。

「案内ありがとう」

 桜子は彼へそれだけ言うと、棒状のドアハンドルを掴んで、扉をゆっくりと開けて部屋の中へ入る。

 冷たい金属が、自分の中にある血生臭い記憶を強引にこじ開けて来た。重い扉を開けると同時に、自身の記憶が開かれる。

 ——蝶番の音が、重々しく響いた。

そろそろこの作品の目的が分かると思います。

早く知りたい方、申し訳ございません。

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