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鬼之櫻子  作者: 犬神八雲
29/31

第二十九話 薔薇

ようやく終わりました。ほぼ完全脱稿です。

次回は遂に最終回です、お楽しみに。

 桜子は強い嫌悪の表情と共に、ローズに刀を向ける。脚に力を込め、地面を蹴ると共に走り出し、身体を捻って刀を振りかぶった。空を切り、ローズの身体へ刃を掛ける——その刹那に、彼女は銃を交差させ、桜子の刀を受け止める。そのまま、ローズは桜子の腹部に向いた銃の引き金を引く。

「チッ……!」

 桜子は鍔を思い切りぶち当て、発砲の既で銃口を弾いた。桜子はそのまま腰を低く保ち、柄頭を押し込むように前傾する。

 斜角であった刀は、その押し込みに対して水平になり、桜子は手の動きで刀を真っ直ぐに立てた。

 まるでバネを弾いたかのように起き上がる刀に、ローズは若干驚きつつもそれを受け止めた。遊底の裏側で刃を受け止めたローズは、目の前に見える桜子の顔を見ながら呟いた。

「ッ……流石です。この速度で刀を動かせるとは思いませんでした。しかし——」

 ローズはそう言って、銃の向きを横から縦に向け、刀を挟む形を取った。

「この距離では、私が有利です」

 桜子は自身の顔付近に2つの銃口が向いた瞬間、背中を撫でられる気配を感じる。即座に顔を逸らすと、その瞬間に発砲された。

「ッ……!」

 左頬に弾丸が掠り、右肩には弾丸がしっかりと打ち込まれた。右肩に喰らった銃弾の衝撃は凄まじく、桜子は後退と共に膝を付く。

 桜子は膝立ちの状態で刀を握り直し、その姿勢から脚を踏み込んで、身体を前に飛ばした。地面を抉る勢いでその場を脱し、桜子はローズへ接近する。

 正に獣の突進に近しい速さと低姿勢具合でありながら、桜子は刀を下手(したて)に構えた。ローズは桜子がこちらへ向かって来ていると察知し、銃口を前に向けた。そして引き金を引く寸前で、桜子はローズの前にまで迫っていた。

 低い姿勢故に、下から刀を振り上げる。片膝を地面に付け、銃を抑えながら起き上がった。そのまま刀を押し込み、鍔で抑えていた銃を弾くと、桜子はそのまま刀を振り下ろした。

「おお、なんと!」

 ローズは完全に空いた上半身に刀が振り下ろされるのを見ながら、感心した表情を浮かべた。直後、肩に喰い込む刃の感覚に顔を歪めながら、桜子の腹部に銃口を押し当てる。

「ッ……!流石です、サクラコ!」

 ローズは腹へ押し当てた銃の引き金を引き、腹部へ発砲する。桜子は銃の威力に後退し、ローズは喰い込んだ刀に流れと共に切られた。両者に距離が出来ると、ローズは明るく、それでいて静かに言った。

「やはり貴女は素晴らしい。私が本気を出すに値する、唯一の『天使(とも)』です」

 ローズはその言葉と共に、桜子へ両手3本の指——中指、薬指、そして小指——を向け、優しく微笑んだ。

 ——次の瞬間、ローズの方から発砲音が聞こえると共に、赤い糸が僅かに見えた。桜子はそれを認めると、納めていた脇差を取り出し、眼前で2本の刀を交差させる。

 交差と同時に、桜子の目の前が一気に白ける。目を閉じた桜子が感じるものは、熱と風圧であり、彼女はそれを『爆発』だと理解していた。


 ——ローズ号の特異性は、他の『天使』とは少々異なる。彼女の特異性は、『再生力』であった。『天使』である以上、通常の人間より遥かに凌ぐ再生力を有しているのはその通りである。しかし、ローズのそれは訳が違う。

 指を切り落とせば、新しい指が瞬く間に生えて来る。身体を斬ろうとも、その傷は斬った側から元に戻る。この再生速度が、ローズ号が『最強』たる所以である。

 彼女の『暈』は、銃のみであった。直接武器となる『弾』の存在は、初めからなかったのである。何故なら、ローズの銃は、彼女そのものを弾にする為である。身体——特に指の再生力を駆使し、指を切り落とせば即席の弾丸となる。勿論事前に弾として加工をすれば、より強力な威力を望めよう。

 その再生力故に、ローズの弾は尽きる事がない。乱射をしようとも、正確に撃たずとも、当たるまで生成すれば、それが『武器』となる。正に物量の戦闘。それがローズ号という女の正体である。


 爆発と共に、桜子は顔を顰める。この戦法を出したという事は、ローズがそれなりに本気になり始めた証左であり、桜子は強い警戒心と共にローズの方へ爪先を向け、その場で刀を構えた。

 対するローズは、持っていた2丁の銃の内、片方を地面に落とした。硬い物が衝突する重々しい音と共に背に手を当てて、新しい銃を取り出す。

(リボルバー……!)

 ——それは回転式の拳銃であり、元より持っていた自動拳銃ではなかった。桜子は次のローズの行動を理解し、その場から脱してローズの方へと向かう。

 ローズは回転銃のスロットに自分の指を詰め込み、2つの銃の引き金を引いた。

 弾速の異なる弾丸達が、桜子に襲い掛かる。桜子は接近と共に刀を振るい、弾丸達を斬り落としていく。

 ——斬り伏せるだけなら、まだ簡単である。目に見える鉛玉に刀を振れば、後は勝手に斬れるのだから。問題は爆発である。起爆要因は接触か任意、つまり対応が出来ない為に、閃光が見えたら目を瞑って素早く移動する他ない。

 桜子は目の前に飛んで来た弾丸達を斬り伏せる。その中に、明らかに感触が異なる弾丸があった。彼女は目を瞑り、前傾姿勢のまま床に転がり、素早く起き上がった。

 桜子は身体を捻って刀を振り上げ、起き上がりと共に目の前のローズへ刀を振るう。

 銃の遊底と刀の鋼刃がぶつかり合う、甲高い音が教会の中に響き渡った。拮抗を表すかのように、両者の『暈』は震えている。

 ローズは微笑み、桜子は歯を食い縛った表情で、武器の押し合いが続いた。

 桜子とローズは殆ど同時に武器を弾く——その瞬間、隻眼同士の視線がかち合い、隠れていた互いの殺気が形を帯び始めた。

 桜子は真っ赤な瞳を一切逸らす事なく、ローズに向けて刀を振りかぶった。風を斬る甲高い音と共に、相手の喉へ刀を翳す。

 ローズは碧眼で桜子の瞳を捉え、喉——正確には頸動脈に近づく刀へ、回転銃の銃口を向けた。発砲——それと同時に、小さな爆発が起こる。

 爆風で刀を弾かれた桜子は、即座に片方の脇差をローズの首筋へ突き刺す姿勢を取った。ローズは首を僅かに逸らし、刺さるはずだった脇差を既で躱す。

 血と鋭さで滑る脇差を戻しながら、桜子は右手——打刀を握っていた腕を翳し上げ、ローズに向けて振りかぶった。

 ローズは自動拳銃の遊底裏で振りかぶった刀を受け止めると、片方の回転銃を桜子のこめかみに当てがった。

 こめかみに感じる冷たい銃口に、桜子は即座に身体を仰け反らせて銃弾を躱す。

 直後、体勢を戻した桜子はローズの額へ自身の額を思い切りぶつけた。硬い物が衝突した鈍い音が響くと共に、ローズは動揺から僅かに後ろへ下がった。

 糸のような髪を振るい、桜子は脇差を逆手に持ち変える。刃の位置から、ローズの脇腹へ深く刺し込まれると、桜子は容赦なく脇差を振り切って後退したローズと距離を取った。

 ローズは斬られた部分を再生しながら、桜子へ銃口を向けて発砲する。それと同時に、指も切り離して桜子に向けて吹き飛ばした。

 桜子は飛ばされた指に意識を取られ、目を瞑りながら刀を顔前に交差させる。爆風が起こった事を悟り目を開けると、ローズが目の前に立っていた。

 そのまま桜子は、防ぎようもなくローズの蹴りを腹部に受けて、教会の中央辺りにまで飛ばされた。

 ローズは飛ばされた桜子へ、腕を伸ばすように指先を向けていた。桜子は即座に意図を察し、脚に力を込める。

 ローズは構う事なく、指先を切り離して桜子へ5弾を飛ばす。桜子は自分に向けて放たれた物である事を理解し、飛翔に近い形でその場を脱した。

 ローズは鴉の如き飛翔を見せた桜子に感動しつつ、もう片手の銃を仕舞い込み、両手の指を切り離し始めた。

 背後の熱と爆風を強く感じながら、桜子は前に進む。脱力に近しい姿勢で近付き、そして刀を振り翳した桜子に向けて、ローズは再生中の指を弾き飛ばした。

「素晴らしいッ……!!」

 ローズは欠けた手を握り込んで、胸の前で腕を交差させる。その瞬間、教会の中が一瞬だけ熱風に包まれた。

 ——熱風による風圧から、教会の中にあった窓硝子の悉くが大破する。凄まじい破裂音と共に、一斉の爆破による赤い霧が教会の中に蔓延した。

 切り離し、飛ばした指を一気に爆破したことによる風圧と熱風で硝子は砕け、血は凄まじい離散と共に赤い霧へと変化していた。

「……ふうっ」

 ローズは満足そうな微笑みと共に、指先の再生が骨から始まっていた。

 無音になった教会の中で響いた足音に、ローズは反応を向ける。

 ——赤い霧を振り払うように刀を横一閃に振り翳し現れたのは、黒装束の少女だった。少女は頬に付いた血液を拭いながら、ローズに対して深い嫌悪と憤怒を向けた。

「……悪趣味よ、気持ち悪い」

 ローズは深い微笑みと共に、再生を終えた指で背後の銃を掴んだ。そのまま、桜子にその銃口を向ける。

「貴方はいつだって、私の予想を裏切って強く在ってくれる。だから私も、手段を選びたくないのです」

 桜子はそれを聞いて鼻を鳴らし、左手に持った脇差を納めてローズの方へと突進する。ローズもまた引き金を引き、桜子に向けて弾丸を放つ。

 両手で持った打刀を掲げ、桜子は放たれた弾丸を斬り捨てる。爆風に背を押され、桜子は前へと進む。歯を喰い縛り、しかしその瞳には、不屈と勝機を宿しながら、ローズの下へ走る。

 掲げた刀を振り翳す。銃弾は容赦なくそれを弾いた。弾かれた反動を感じながら、身体ごと思い切り捻って刀を振り返す。

 激鉄は指を鳴らし、刀の減速を狙う。それでも尚、血に塗れた刀は止まらない。銃身で刀を受け止め、それを弾いて銃口を身体へ向ける。

 2発の弾丸が、桜子の身体に入る。大きな怯み。桜子は焦燥と油断を感じ、即座に引き下がった。

 ——その瞬間、ローズは声高らかに告げる。その声色は正に純粋と言った具合に清んでおり、身に纏うものが血に塗れた事を除けば素晴らしい演説であった。

「サクラコ!やはり私達なのです!私は貴女にしか殺せない!貴女も私にしか殺せない!」

 ローズは両腕を大きく広げ、天を仰ぐ。そのまま、ローズは持っている2丁の銃を天井に向け、その限りを尽くして発砲する。乱射に加えた乱射。弾倉が空になるまで、ローズは天井に向けて弾丸を放ち続ける。そこからローズは地面に2丁の銃を落とし、指を切り離し始めた。

「貴女がここまで残ったのは!私を殺す為!そうでしょう!?」

 ローズはその台詞と共に、片手の指を全て切り離し、発砲箇所へ割り当てる。

「さぁ!サクラコ!もっと戦いましょう!」

 切り離した指が、ローズの手元から一気に離れて空を舞う。血で出来た赤い糸はまるで螺旋のように、白い天井に向かって行った。

 ——接触の瞬間、爆破と共に天井が崩れる。真下に居た桜子が天井——瓦礫の落下に気付いたのは、僅かに遅い拍子だった。

 白亜の教会の天井が、爆発によって撃ち落とされる。見事に大破した天井からは、光が差し込んでいた。


 ——凄まじい轟音を立てながら、桜子の居た場所に大量の瓦礫が落ちる。落下と同時に砂塵が巻き起こり、景色が一気に見えなくなった。

 ローズは風が止んだ頃合いに目を開けて、瓦礫の山の方へと足を進める。彼女の事だ、瓦礫など避け、何処か適した場所に隠れている。

 ローズは悠長に歩きながら、桜子に向けて会話を始めた。 

「少々うるさいですね……配慮がなかったかもしれません」

 瓦礫に近付きながら桜子に話し掛けるも、応答はない。反応も気配もない事に違和感を抱きつつ、瓦礫の上に立った。

 そうして下に目線を向けた瞬間——その隙間から腕が見えた。陶磁器のような白く滑らかな腕を見たローズは、その瞬間に強い焦燥感を覚える。

「……サク、ラコ……?」

 その瞬間、ローズの脳内に凄まじい後悔が走った。戦闘による極限の悦に浸っていた事で起こしてしまった、桜子への無配慮な攻撃。陶酔の末に、自分以外の攻撃で気絶させてしまったかもしれない罪悪感。下敷きにされ、起き上がる事すら出来ない程疲弊してることに気付けなかった観察眼の低さ。

 その全てに、ローズは後悔していた。一刻も早く、この瓦礫の山から桜子を救わねばならない。桜子にとっての最期が、こんなにも惨めであってはならない。ローズは強い焦りを隠せずに、瓦礫を蹴り飛ばしていた。

 ものの数秒で、瓦礫は大体退かし終わった。ローズはその中で、安堵の溜息を吐きながら桜子に話しかけた。

「はぁ、良かった。ごめんなさいサクラコ。私も過ぎた事をしてしまいましたね。貴女への配慮を忘れていました——」

 ローズは桜子の腕を掴みながら、瓦礫の底から引っ張り出す。反応がない、きっと脳震盪で気絶をしてしまったのだろう。……強い後悔と自責が、ローズを苛んだ。

「さぁ、戦いましょう? 貴女の最期、を、」

 ——その瞬間、ローズは思考が止まった。

 自分の掴んだ手が、酷く軽かったから。瓦礫から引き出した手の先には、腕しかなかったから。引き出した腕は、鋭利な刃物で斬ったような形であったから。その腕の斬痕には、鮮血が滴っていたから。

「えっ——」

 ローズは掴んだはずの腕を認めると同時に凄まじい悪寒が走った。背中に走る悪寒に、思わず背後を振り向く。その動作と共に、ローズの肩から腹部に、皆焼の刀が入る。

 ——赤い瞳の少女が、鬼の形相で刀を振り下ろしていた。その速さに、ローズは引き金を引けなかった。それ故に、自分の目の前が真っ赤に染まり、胸から夥しい血が溢れ、急激な貧血で倒れる動作をしてしまった。

「サ、クラ、コ……?」

 彼女の刃は恐ろしく的確だった。肩から深く切り込み、心臓に切っ掛けを造り、切先で腹部まで斬り捨てる。そのおかげで、流動する血液で心臓が文字通り爆発していた。

「……随分驚いた顔ね。そんなに意外かしら」

 血と共に力がどんどんと抜けていく感覚があった。ローズは声に対して、なんとか目の前を見上げると、冷たい顔をした桜子が目の前に居た。彼女の左半身は、あったはずの袖ごと腕が消えている。

 ローズはそこでようやく、桜子が左腕を犠牲に自分を斬った事を理解した。

「……ッ、どうして」

 ローズは辛うじて浮かんだ言葉を、そのまま口にした。桜子は表情すら変えずに、ローズの問いに言葉を返す。

「決戦を終わらせる為よ。それ以外ないでしょ」

 ローズはその言葉を聞いて、深い喪失を感じた。それと同時に、自分の心臓が再生しない事に気付く。

「……貴女は、私を、見ていなかった……のですね」

 ——私が貴女を見ているように、貴女も私を見てくれているのだと思っていた。貴女が本気で戦ってくれたのは、私に怒ったからだと思っていた。貴女の刃で斬り殺された時、どんなに温かいのだろうと思っていた。

 そんな貴女が、どうして私を殺す為に、腕を切り落としたのか。

 ——違う。貴女が見ていたのは、未来だった。その視線の先に、私が居ただけ。あの時私に向けた怒りの瞳は、私ではなかった。『命の侮辱』という、行動に怒りを向けただけ。貴女が振るった刃が、こんなにも酷く冷たいものだと、知りたくなかった。

 そうだ。貴女は最初から、私なんて見ていなかった。あの時も、貴女は前だけを見ていた。

「……気付くのに、随分、掛かりましたね……」

 ローズは悲痛な表情で、ひっそりとそう呟いた。喪失と、傷心。ローズの心に残ったものは、2つだけだった。ローズは改めて桜子を見上げる。桜子は、自分を見ていた。弱っていく自分を。静かに死の淵へ降る自分を。

 その視線に、ローズは僅かであるが口角を上げて目の前の桜子に言葉を掛ける。

「……愛、してます。また、どこかで……」

 ローズはそう呟いた直後に、ひっそりと呼吸を辞めた。深く項垂れ動かなくなった亡骸を、桜子は見つめる。亡骸の前に立ち、桜子は彼女の体に触れた。斬った服から、胸辺りの正中を露出させる。

 ——両胸に跨って彫り込まれた、大きな薔薇の紋章。桜子はそれを見つけると、手を押し当てて目を瞑った。

「……貴女が最期。これで私は、独りになった」

 桜子はそう言って、1度辺りを見渡した。見事に大破した硝子窓に、真っ赤に迸る血で描かれた線、天井を見上げれば、澄んだ青い空が見える。

 白い教会は、全く静かであった。先程まで銃弾の音が響く戦場だったとは思えない程、静かで落ち着いている。ようやくこの場所は、祈りを捧げるに値する静けさに戻ったのだ。

「……静かで良いわね」

 桜子はそう呟いた後に、ローズの隣に腰を下ろし、彼女の体を持ち上げた。静寂の中に、脚を引き摺る音が響く。桜子はローズの体を教会の前の方へ運んだ。


***


 背広の男は、全く動きがなくなった教会を眺めていた。運転席に座っていた男は、落ち着きのない男へ言葉を掛けた。

「……左さん、どうしました?」

 左と呼ばれた男は、運転席の男に対して溜息と共に吐き出した。

「ちょっと様子を見てくる。何かあれば連絡するよ」

 左はそのまま、車から降りて、目の前の教会を目指して歩き始めた。……胴締に携えた銃の装弾を確認して、白亜の教会へ足を進める。


 教会の扉の前に辿り着くと、中から音はしなかった。左は険しい表情のまま、扉をゆっくりと開ける。蝶番の音が、広い教会の中に響いた。

 中に入ると、その様相が凄まじい事を理解した。外観からは想像出来ない程に赤く染まった床と壁に、強い血の匂い。ここに長く居れば、命を取られると錯覚させられる空気の重さに、左は顔を顰めた。

 床には、何かを引き摺った跡に似た血痕が幾つも見えた。それは皆一様に、奥にある木の扉へ続いている——。

 左は2つ目の扉に耳を当て、音がない事を確認する。そうして、胴締に置かれた銃を手にして、扉に手を掛けて中へ侵入した。

 ——銃を構えながら入った左は、目の前の光景に思わず目を見開いた。

 ずらりと並んだ、幾人もの死体。死体達に、崩れた天井と左右の割れた窓硝子から光が差している。その全ては、見事に整列していた。その様子はまるで静寂であり、男はこの場に喧騒を持ち込まないよう、慎重に足を進めた。

 遺体達は皆、上腕を胸前に交差して組まれ、目元を隠されている。……この場で出来得る弔いを、誰かがしていた。

 左は改めて視線を前に戻すと、背の高い講壇に凭れながら、深く項垂れる黒髪の少女を見つけた。左は全ての答えを察し、講壇に凭れる少女に近付く。

 少女の近くには、斜めに深い傷を負った金髪の淑女が横たわっていた。それを見て、彼は再度少女に視線を移しながら、ある事に気付いた。

(……左腕がない?)

 彼は袖ごと無くなっている左腕部分に視線を向け、患部を見る。腕を強く縛り上げ、止血はしていた。

「……やれやれ。最後まで君は人の心を忘れなかった訳か」

 左はそれを見ると、彼女を背負って部屋の中を歩き始めた。その最中で、男は乱雑にも放置されている片腕を発見し、それを拾い上げた。斬られ方や弾痕から、これが少女のものだと理解すると、その片腕を手に白亜の空間を後にした。

 教会の中の扉達を開けて、左と少女は外へ出る。少女は未だ目を覚まさずに、彼に背負われたままだった。背中に感じる身体は、想像よりもずっと軽い。彼は改めて感じる少女の身体の軽さに、悲しみすら覚えた。

「……君の努力は、決して無駄にはしない。長らくの防衛、ご苦労だった」

 男は曇り空から見える太陽と海風を浴びながら、独りそう呟く。布哇の地に吹き渡る爽やかなそれらが、2人の背中を押していた。

次回が最終話ですが、もう半分書き終わってるので来週は12時程度に出せます。

それと、最終話と同日に背景の設定を書いたものを載せたいと思います。

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