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鬼之櫻子  作者: 犬神八雲
26/31

第二十六話 前夜

文字数少ない!でもいい!いいんだ!もう!!

でも時間には間に合ってる!俺の勝ち!!

 白亜の壁に嵌め込まれた硝子窓の前にて、セーラー服の少女が呆然と向こうを見ている。彼女の目の前に広がる景色は、新旧の建築様式で作られた建物が広がっており、混沌とした風景だった。

 その風景の中に、2羽の烏が入り込む。烏は硝子越しに映る建物達の景色から、街並みを横切り、真っ直ぐに視界の外へと飛んで行った。

「……術後の経過はどう?」

 少女の隣に、白衣の男がやって来た。少女は視線を窓硝子から男へ移し、眼帯の右目を撫でながら答えた。

「……遠近が分かりにくくなったわね」

「そっちも大切だけど」

 男は肩を竦めた後に、鳩尾を2度叩いた。少女はそれを見て、白衣の医師が何を言いたいのかを理解し、胸下辺りを撫でながら答えた。

「そうね……目を貫かれた時よりは、よっぽどマシってところかしら」

 セーラー服の少女は、口元に僅かな笑みを宿す。その不敵とも言える笑みに、男は流石だと言わんばかりの表情で、その応答に声を漏らした。

 ——ロザリオとの決戦を終えた桜子は、日本に戻った直後、受けた針銃の弾を取り除く為に手術を受けていた。撃ち込まれた弾丸を無理に取り除かなかった事が功を奏したのか、桜子の傷の深さは最小限に収まっており、さしたる後遺症を残す事なく退院した。

 桜子は深い溜息と共に、ロザリオの事を思い出していた。隣に居る医師——宝生にのみ聞こえる声量で、その記憶を紡ぐ。

「まさか弾丸を貰うとは思わなかったわ。前の私ならあのくらいは避けてたもの。……弱くなったのを思い知らされるわね」

「いや、あの怪我を負った状態で勝つのはおかしいと思うけどね。言葉を選ばずに言うけど、充分化物だよ」

 宝生は半笑いでそう言うと、首の頸動脈辺りを摩りながらそう答える。体内から取り出した銃弾は、形が随分と特殊だった。痛みと出血を伴うように作られたその形は、致命傷ではないが、敗北の一手にはなり得るものであった。その最中で、彼女は確かに勝利を収めている。それはやはり『怪物』と表するのが適しているだろう。

 宝生は窓を見ながら口を開いた。

「そういえば、国防省から聞いた話なんだけれど。無事に契約を終えたら、『暈』を提供してほしいらしい」

 宝生の言葉に、桜子は特に関心を示した表情はしなかった。その表情を見るに、『好きにすればいい』といった具合の表情であった。

「戦いが終わったら、でしょ? 何をするつもりなのかしら」

「さぁ? ただ、何でも警察庁も噛んでいるらしくてね……」

 桜子はそれを聞くも、さしたる興味を示さなかった。宝生は少し笑いながらその様子を見て、言葉を続けた。

「まぁ、今はまだ考えなくていいと思うよ。終わったいずれかのタイミングで、正式に国防省から通達が来るはずだ。それまでは、頭の片隅に置いておいてくれ、って話じゃないかな」

 宝生はそう言い切ると、その場から静かに立ち去った。その場に残された桜子は、再び窓硝子から外を眺める。

 新旧の建築が入り混じった複雑な街並みは、慣れない目には極めて混沌として映った。桜子は、不意に2匹の烏を思い出す。青い無地の景色に映った、自由な2匹の烏を。


***


「ねぇ、パトソルチェ様。アメリカの『天使』ってどんな人なんですか?」

 アジア人らしい顔付きの女は、隣に居る古傷だらけの女に問い掛けた。白を基調とした部屋の中央にある、大きなダブルベッド。僅かに寒い部屋の中で、布団を被った女の頬を撫でながら、問われた女は答える。

「どんな奴、ねぇ……。まぁクソ女にゃ変わりないがな」

 パトソルチェと呼ばれた女は、簡潔にそう答える。口に煙草を咥えながら、彼女は背中の古傷を掻いた。そのまま、指の関節を曲げて軽快な音を鳴らす。

「……まぁ当たり前だが、他の『天使』とは格が違う。オレの強さは良いとこサクラコと同じか……それ以下だ」

 女は部屋の中に広がる紫煙を眺める。香草を燃やす、つんとした焼ける匂いが、部屋にいる両者の鼻腔に入る。特に、古傷だらけの女は鼻に来る焼けた匂いに顔を顰めながら続けた。

「だがローズは違う。サクラコとぴったり互角だ」

 古傷の女が笑いながら、隣に寝転がる女へ煙草の燃える穂先を向けた。女はそれの意図を理解すると、シンプルな形をした硝子の灰皿を、古傷の女の前に差し出した。

「丁度10年前だ。サクラコがまだдемон(オニ)だとか言われてた頃だな。その辺りに、アメリカは『日本と休戦する』と宣言した」

 差し出された灰皿に灰を落とすと、古傷の女は煙草を銜える事なく、そのまま話を続けた。

「コイツは凄まじい激震だった。あのアメリカが、日本との戦争を放棄したんだからな。まぁ、理由は簡単だ、初めてローズ号が押し負けたからだが……」

 古傷の女はまるで、御伽話でも語るような表情でそこまで言うと、ベッドの上に居る女に言葉を掛けた。

「お前はあんま知らんか。まぁ端的に説明すると、『天使(オレ)』達の決戦は一騎打ちがルールだから、そう長引く事は稀だ。殆どは数時間ありゃ終わるし、半日続けば余程長引いたと思われる……」

 古傷の女はそう言って、手に持っていた煙草を口に銜えた。しばらく吸っていなかった事もあり、吸える部分は随分と短くなっている。女はゆっくりと肺の中に煙を入れ、焼けた匂いを吐き出しながら言葉を続けた。

「そこで、だ。件の2人……ローズとサクラコは、大体どれくらいで終わったと思う?」

 寝転がっている女は分からないといった表情を浮かべ、顎先に指を当てがって答えた。

「……1日、20数時間とか、ですか?」

 古傷の女は肩を竦めた。その表情には自嘲と、御伽話を語る者の、底知れぬ感情が揺蕩っていた。

「丸2日だ。丸2日以上、継続して戦闘した。しかも、双方は殆ど軽傷で終わってる。……信じられるか? アイツらは銃と刀で討ち合いながら、致命傷を互いに負う事なく、殺し合いを続けてた——」

 遠くを見つめる表情と共に、挟んでいた煙草の指に熱を感じる。随分と短くなったそれを見ながら、古傷の女は言葉を続ける。

「結局、大国アメリカは決着が着かない事に焦りと脅威を感じて、日本と停戦同盟を組んだ。その後、殆どの国がアメリカに倣って日本には手を出さなくなった、という話だが……」

 灰皿へ、短くなった煙草の穂先を押し付け消火する。消える音と共に、女は再び背中へ手を伸ばした。斜めに斬られた古傷を掻きながら、その後の言葉を続ける。

「——冗談じゃねぇ。オレはあの女共の本気が見えていなかった。アイツらからすれば、オレは『隙を見せても勝てる相手』だった訳だ」

 背中の傷と、腹部にある銃創を撫でる。古傷の女は、自嘲に近い表情でそっと呟きながら、その瞳から凄まじい感情が漏れ出ていた。

 ——傷は戦士の勲章である。故に灰狼は戦いの最中の傷は厭わない。そして、傷を負えば必ず返すと決めていた。戦いの作法は、身体に染み付いているはずであった。

 つまり。『傷を負わない戦い』とは、互いが一切の隙を見せる事なく全力を出す、そうした拮抗の末に生まれる産物である。傷を負い、そして負わされた自分は、彼女らの本気の中に入れて居なかった……というのが灰狼の結論であった。

 屈辱と、報復。古傷の女の目に宿る感情は、その2色だけだった。

「パトソルチェ様……?」

 初めて見る程に近い、目の前の女の深い挫折。身体に纏っているように見える感情に、寝転がっていた女は身体を起こした。そうして遠くを見ていた孤独な狼の身体を、ごく優しく撫でる。

 身体を撫でられた事で、狼は御伽話から現実に引き戻された。自分を抱きしめる娼女の頭を撫で、背中に手を回す。ごく最小限の力で相手を強く抱き締めながら、古傷の女はその額に口付けした。

「悪ぃな、思い出しただけだ。だが、どうせ直にサクラコと戦う事になる。当局の最終的な目的は、アメリカの打倒だ。サクラコとの戦いは、その広告に過ぎない、と考えてんだろうが……」

 古傷の女はそこまで言うと、深い溜息を吐いて言葉を続ける。

「サクラコを殺せば、ローズは必ずロシア(ここ)に攻めてくる。どっちにしても、大国同士の戦火は免れんだろうな」

 そう言った古傷の女は、灰色の髪を掻き上げ、耳飾りを外した。外したそれを、抱き締めている女の手へ移すと、再び頭を撫でる。

「お前に預けておく。オレが帰って来たら返してくれ」

 ——黄の外円と、茶の内円。女が受け取ったそれが向日葵を模した、硝子の耳飾りだと悟るのに、そう時間は掛からなかった。

(……可愛い耳飾り。パトソルチェ様、こんなの持ってたんだ……)

 古傷と灰色の髪を持った女は、ベッドから立ち上がって首を鳴らしながら部屋の中を歩き始める。預かった女は、硝子の耳飾りを透かすように見ると、それと一緒に手を閉じた。


 開かれた掌に置いてある、硝子で出来た耳飾り。それを眺めながら、女はテーブルの上に置いてある新聞に視線を落とす。白黒で記されたその記事には、パトソルチェ号の訃報を報じるものだった。

 アパートの1人部屋。市内でもあまり目立たないここは、暗く古い建物の匂いがする。女はシングルベッドの上で、足を抱え込むように座っていた。部屋の窓硝子から聞こえるのは、現当局に対する強い不満と、それを押さえ付ける為に出てきた特別警察達の怒声だった。女はその喧しい2つの音を塞ぐ為に、ベッドの布団を被る。

 仕事だったとはいえ、情がなかったわけではない。単なる身体の関係であっても、強い彼女の背中が暖かった。毛布の中で丸まりながら、女は誰に言う訳でもなく呟いた。

「……全く。押し付けるだけ押し付けて……返せないじゃないですか」

 冬の北国は、酷く寒い。冷たい自分の肌が、毛布に包まれる。厚手の毛布が、聞き取れる言葉を極端に制限する。無音に近しい空間が、自分が喧騒から遠ざかる事を赦してくれた。


***


 とある教会の食堂にて、蝋燭台を持った修道女が長机の中心に立っていた。女の左右にはそれぞれ、25人ずつ同じような服装の修道女が着席している。時間帯は深夜0時。外の暗さも手伝い、蝋燭による赤い炎だけが、この空間の灯りとして機能していた。

「皆さん、お揃いですね」

 左右の中心に立っていた修道女が、にこやかな声色でそう告げる。手に持っていた蝋燭台を机の上に置き、目の前にいる50人の修道女が一斉に中央の彼女に注目する。その1人ずつの顔を見渡し、修道女は優しい笑みで告げた。

「来たる12月24日。私達は最後の『天使』——日本のサクラ号を相手にします。我らが祖国アメリカから、『確実に勝つ』ように言われていますのは、皆さんもご存知の通り……」

 中央にいる修道女は言葉を止め、50人各々の前に置かれた皿——トマトスープの色味の、野菜を主とした汁物へ視線を注目させる。

「そのスープには、私の血液と、指の破片がそれぞれ入っております。貴女達はそれを食べる事で、人間の膂力を遥かに超越できる——」

 修道女は、その顔から笑みを一切崩す事なく言葉を続けた。

「私の妹達(シスター)よ、どうか愚かな姉を赦して下さい。あなた達を、人ではない何かにしてしまう、私を——」

 そこまで言うと、その場にいた妹達が向けていた視線を目の前の汁物に落とす。そして、その妹達と称された修道女達が殆ど同時に食器を手に取り、そのまま汁物に口を付けた。

 ——食べると同時に、身体に異物が入った彼女達は、苦悶の声を上げる。『天使』という明らかな異物が入る事で、肉体の変質——言うなれば、強化が始まる。

 側に置かれた水入りのコップが倒れる音が聞こえた。転がる音と共に、床に叩きつけられて割れる硝子の音が響く。

 ——教会の内部は、苦悶の声で満ち始めた。それを見ていた修道女は、驚いたような表情を浮かべ、そして笑みを深くした。自分の言った事を疑いもせず信じ、人間でなくなる事を受け入れた従順な妹達に対して、無機質な笑みを浮かべる。

「皆さん、ありがとうございます……きっと……」

 無意識に、修道女の手が祈りの形に変わる。両手の指を絡め、握り込むような形になった。

(そう、やっとあなたに届く。私の『妹達』が、あなたに——)

 修道女は地獄にも似た教会の中で目を瞑り、その記憶を恍惚とした表情で呼び覚ます。

「ようやく、戦えるのです」

 赤い視線、黒い装束。その全てが特異と恐怖で構築され、死の匂いを放つ生の塊。憤怒と殺意に塗り潰された瞳で、有象無象を斬り捨てる怪物。変わり映えのしなかった日常に芽生えた、自らの確固たる愛。


 ——サクラコ、愛しいあなた。

来週は休載致します!年末は毎年死んでます!!

ちなみに警察庁はちょっと前の話にて出てきてます!

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