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鬼之櫻子  作者: 犬神八雲
2/9

第二話 教会

一話の長さがおかしかったんだ。

「うん、特に異常はないね。しかし、裸足で『天使』を踏み潰すだなんて流石としか言えないな」

 クマが目立つ細目の白衣の男は、回転する椅子に座りながら、苦笑いで検査結果の紙を眺めて、セーラー服の少女——桜子にそう言った。

「仕方ないでしょ。境内で暴れる方が悪いじゃない」

 背凭れのない回転椅子に座る桜子は、頭を抱えながらそう呟く。細く長い髪が手に絡むが、それらはするりと手の中から落ちる。彼女の隣には黒塗りの竹刀袋——その中には彼女の刀が入っている——がひっそりとあり、桜子は度々それに視線を送りながら、深い溜息を吐いた。

 男は『それもあるけど』と前置きしながら、椅子の肘掛けに体重を預ける。

「そこじゃなくて、力の問題。人類の技術じゃ太刀打ちできないモノをあっさり潰せるのが流石ってことだよ」

 男は顎を摩りながら、椅子を回転させて正面の本が置かれた卓に相対し、提供された現場の写真を眺める。人間の頭より一回り程大きなクレーターがぽっかりと空いている、どす黒い赤が染み付いたコンクリート。

「……」

 これが目の前の少女が作ったものであるとはとても思えないが、確かに目の前の少女はこれを作れる程の力の持ち主であり、——その瞬間を実際に見た者も居る。

「ま、僕からは特にないかな。健康上も問題ないし」

 男は目頭を押さえながら、ゆっくりと深い溜息を吐いた。桜子はそれを見届けると、背凭れのない椅子を回転させ立ち上がり、診察室を後にしようと、壁に立て掛けていた刀を手に取った。

「あ、そういえば」

 男が思い出したかのように言葉を発し、手に持っていた資料を纏めて桜子の方へ向けながら質問を投げ掛ける。

「検診って、これから君が来る感じになる?」

 目の前の男は視線と腕だけを桜子に向け、返答を待つ。それに対し桜子は、その資料を受け取り、竹刀袋を背負ってから返答した。

「そうね。前までは貴方が来てくれてたけど、これからは私が赴くことになると思うわ」

「そっか。じゃあこれからもよろしくね」

 男は穏やかに微笑むと、桜子はそれを見届けてから、丁寧に引き戸を開けて外に出る。

 そのすぐ横には、桜御門の紋章が左胸についた背広の男が壁に凭れて待っていた。

「終わり?」

「えぇ。待たせたわね」

 桜子はその背広の男に資料を手渡した。男はそれに対して、口角を僅かに上げて呟いた。

「よし、行こう」

 桜子は男の後ろに付き、そのままこの病室を後にした。


 桜子と男は廊下を歩きながら、エスカレーターを目指す。歩く間2人は無言で、昇降機の降下開始地点に辿り着くと、そのまま下へ降る方に足を置き、一階へと辿り着くのを待った。

 そうして男は一段上に居る桜子に対し、会話を投げ掛ける。

「そういえば、宝生の事知ってたんだ」

 桜子は宝生——先程の白衣の男を思い出しながら、目の前の背広の男に答える。

「月一の検診でいつも家に来てた人だもの。流石に覚えてるわよ」

「なるほど、道理でスムーズだった訳だ」

 男は納得したような表情で答えると、丁度自動階段も下層に辿り着いた。男は数歩前に出て桜子を待ち、そのまま歩き出した。

 都内でも比較的大きい総合病院であるここは、他の病院に比べて随分と広い為、玄関口までかなりの距離がある。

「……貴方こそ、何で彼の事を知ってるの?」

 桜子は聞かれっぱなしが引っ掛かったのか、男に対して問いただす。

 男はうなじあたりを襟足を巻き込む形で、摩りながら答えた。

「まぁ、アイツが国防省にいた頃からの知り合いだからね。今は厚労省でここにいるけど」

 男は歩きながら時計を確認しながら、すれ違う職員に僅かな笑顔で挨拶を返していた。桜子はその様子を見て、この男は変わらず表情が変わらないなと感じながら、後ろを付いて歩く。

 彼が病院の総合案内に居る職員に軽く会釈をしながら、玄関口より外へ出ると、停車させていた黒い車の後部座席を開けた。桜子はそれに乗り、男が乗車するのを待つ。

 男は運転席に乗りエンジンをかけたが、それと殆ど時を同じくして、電話が掛かって来たようだった。男はうなじを摩り、独り言をぼやきながら応答のボタンを押す。

「え、誰……あ〜。……はいこちら桐生」

 男は電話をしつつも、やけに桜子の方に視線を送っていた。どうやら彼女に関連する事らしい。

「じゃあスピーカーにするよ、ちょっと待って」

 男は車の助手席に携帯電話を置くと、そのまま車を発進させた。

【桜子、聞こえてる?】

 声の主は、どうやら左のようだった。桜子は足を組み、胸の下まで伸びた髪の毛を摘みながら返答する。

「えぇ。何かしら」

【取り急ぎ報告したいことがあってね。これからアメリカのローズ号が日本に来るらしい】

 左がそう告げると、桜子はピタリと動きを止めた。

「……何ですって?」

 その声色は、やはりその見た目の少女から放たれる威圧ではなく、そしてあからさまな機嫌の悪さが垣間見えた。電話越しにでもそれが伝わったようで、左は苦笑しながら答える。

【まぁ、機嫌悪くなるのもわかるけどさ。国防省としても、梅号の一件は侵略行為として見るべきだと思っていてね。それを発表したらこれだ】

 左は長い溜息の後、小さく舌打ちをして話を続けた。

【まぁともあれだ。今日か明日に来るらしいから、時間とか場所に関してはまた追って連絡するよ】

 じゃあまた後で、と左は電話を切り、車内に無機質なビジートーンが響いた。桐生は信号で止まった拍子に携帯を拾い上げ、電話を切り上げる。

「……最っ悪だな。10年越しにみんな会いたがってるんじゃないか?」

 乾いた笑いを出しながら、桐生は車を運転する。桜子は桐生のその言葉に悪意がない事を悟ると、窓の外を眺めながら答えた。

「そうね。みんな私を殺したがってるみたい。10年前に学ばなかったのかしらね」

 桜子は鼻で笑いながら、件のローズ号の事を思い出していた。

 ——かつて刃を交えた、アメリカの『天使』。金髪と碧眼が特徴的な、背の高い女。その青い瞳が、自分を見る時だけは妙に輝いていた——。

「……何も変わってないわ、本当に」

 血生臭い過去が脳裏を駆け巡り終わると同時に、桜子は独り言の如くひっそりと呟く。桐生は敢えて聴こえないフリをし、変わらず車を走らせるのであった。


 桜子と桐生が国防省に戻ると、省内は多事多端、東奔西走といった具合であった。恐らく先程の騒動に関する問題が浮き彫りになったのだろう。いくつかの見知った顔が苦悶と疲労に染まっているのが見える。

 デスクに向き合っている人が多い中、左はこちらに気付いて椅子から立ち上がると、2人の方へと近付いてきた。

「おかえり、2人共。まぁ桜子に関しては違うか」

 左は小さく、外に出るよう2人に指示する。桐生と桜子は顔を見合わせ左の後を追って外へ出る。

 左が案内したのは、喫煙室であった。桜子は手に持っていた刀の入っている竹刀袋を壁に立て掛ける。

「ごめんね、ちょっと気になることがあって」

 誰かに聞かれる可能性を考慮したのか、彼は狭く監視カメラもない場所に来たのである。左は腕を組み、無表情で話を始めた。

「桜子が表舞台に出た今日に、梅号が襲来した。……これ、どう考えても早すぎるでしょ」

 左は更に言葉を続ける。桜子と桐生は表情を変える事なく、黙って彼の話を聞いていた。

「前から中国はこっちにちょっかい掛けて来てたけど、今日ってのはタイミングが良過ぎる。まるで、来るのを分かっていたみたいにね」

 で、と左は言葉を続けた。そうして背広の内ポケットから、とあるものを取り出した。

「こんなものが見つかった」

 それは、小型の盗聴器であった。左は親指と人差し指でつまんだそれを軽く揺らしながら苦笑する。

「これが車の裏側にあってねぇ。日本じゃ見ないし、解析したら中国製のものだった」

 左はそこで言葉を終えた。桜子と桐生は同じタイミングで溜息を吐き、会話を繋いだ。

「道理で。内通者ってとこかしら?」

 桜子がそう言うと、左は結んでいた口を僅かに緩めて答える。

「と、思ったんだけどね。もし仮にそうならもっと直接的な方法で行うだろう。その線は低いと見ていい」

 桐生は左の話を聞きながら、後頭部の髪を巻き込む形で、うなじを摩った。

「……大使館か?」

 左は桐生の突如とした解答に思わず唸った。

「そう、今は中国大使館を閉鎖する決議を進めてる。でももう一つ、別の可能性もある」

 左はそう言いながら、桜子の方へと視線を向ける。桜子は静かに目を逸らして息を吐き、左は桐生へ車の鍵を手渡した。桐生はこの車が、確実に盗聴器がない車の鍵だと即座に理解すると、桜子と共に喫煙室を後にした。


 駐車場にて、桜子と桐生は先程とは異なる車に乗り込んだ。桐生はエンジンを稼働させながら、深い溜息を吐く。

「……最悪だ。仕事が増えるのなんの……」

 桐生は桜子を送り届ける為、アクセルを踏んで国防省を出発した。桜子はようやく、束縛から放たれたような安堵を感じた。

 脚と腕を前へ伸ばしながら、ローファーを半脱ぎにし、足に掛けて下げている桜子に対し、桐生は問い掛ける。

「今回の騒動、左が最後に言ってた『天使』によるものって話。アンタはどれくらい信じてるんだ?」

 桜子は桐生のそれに対し、しばし考えてから呟くように答えた。

「……もしかしたら、程度ね。あり得なくはないけど、大使館の人間が盗聴器を仕込んだと言われる方が納得はいくわ」

 桜子は脱ぎ掛けの靴をじっと眺めながら、呆然と考える。

(……可能性としてはゼロじゃないけど、わざわざ回りくどい方法で来るような奴らじゃない。知ってるとすれば……)

 桜子は、その名前を無意識に口にした。

「……ローズ、よね」

 桐生は桜子の様子を後写鏡から覗く。静かで厳かな雰囲気を纏うそれは、やはり尋常な者ではないと桐生は悟った。


 桐生は桜子の棲家まで彼女を送り届けると、後部座席を開く為に運転席を立った。

「ありがとう。それと明日についてだけど、私今日疲れたから、2時くらいに来て」

 桜子はそう言うと、刀を手に取って車から降りた。胸下まである髪の毛を手に取りながら、深い溜息を吐く。

「……まぁ、貴方達も疲れてるか。それじゃ、また明日ね」

 桜子は一言そう呟いて、目の前の階段に足を掛けた。

「はぁ……俺にも休める日が来るといいな」

 桐生はその様子を見ると、後頭部を摩りながら再度車に乗った。


 翌日。桐生は午後の時間帯に桜子の棲家である和風建築を訪ねた。前日に言われた通りの時間に門を叩くと、昨日と同じセーラー服の彼女が玄関の扉からひょっこりと顔を出した。

「アメリカ大使館から連絡があった。都内の教会にいるらしい」

 桐生は桜子にそう告げると、彼女と共にそのまま階段を下り、駐車場まで降りた。そうして車に乗り込み、集合場所の教会へ車を走らせる。桜子邸からは若干遠い郊外にあるそこへは、凡そ1時間もあれば着くと思われた。

 揺れる車の中で、先に沈黙を破ったのは桐生だった。

「流石に大丈夫だと思うけど、ローズ号に手は出さないでくれな。あくまでも今回の目的はあんたとの対談らしいから」

 桜子はそれに対し、鼻で笑いながら答える。

「あっちから手を出してきたらどうするの?」

 桐生はその応答に対し、うなじを摩りながら口を開いた。

「まぁ、その時はこっちで何とかする。ともかく手は出さないでくれ。梅号の一件で、色々面倒事になりそうなんだ」

 桜子はやや怒ったような表情で、足を組み変え、隣に置いていた刀を握り込んだ。そうして、フロントガラスの奥の景色をじっと見据える。


 しばらく車を走らせた後、桜子と桐生は外れにある小さな教会に辿り着いた。

 白を基調とした壁に、赤い屋根。目の前の白い扉の手前には階段があり、その周りは短く刈り取られた芝生が広がっており、建物の近くには背の高い広葉樹があった。建物のどこにも十字架は見えないが、すぐ隣にある看板の表記からようやく教会であることがわかる。

 桐生は看板の手前で車を止め、桜子が降りられるよう扉を開けた。その拍子に、向こう側に目を向けた瞬間、目の前にこちらをじっと見つめる男がいる事に気付いた。

 こちらを見ていた男は背広に金髪で、同じく黒い車に背中を預けている。その様子から自分と同じ立場の人間——アメリカ国防省、ローズ号の監視役——である事を理解した。

 桐生は警戒しながら、桜子が後部座席から出るのを見守った。

 桜子は竹刀袋から黒い刀を取り出し、それを腰に添えた状態で降車する。打刀と同じ形で得物を持った桜子は、鍔を親指で押さえながら、教会の白い扉のレバーを押して中へと入っていった。


 合わない蝶番が、扉の音を大袈裟にした。目の前には銅で出来た十字架が見え、その下に壇場がある。内装も長椅子が2列5個、合計10個置かれている程度であり、床材も変哲のないものであった。

 その長椅子の中に、何者かが座っているのを桜子は見つけた。その者は壇場に正対し、一番手前の右側の長椅子に座っていた為、桜子はその左側へと進んだ。

 桜子は開かれた道を、椅子を素通りする形で進み、最前列の左側に腰を下ろした。持っていた刀を立て掛け、足を組みながら隣の人物に視線を送る。

 ——長い金髪に翠玉の如き碧眼、高い鼻に整った顔立ちの白い肌の女性。黒い修道女の服装に身を包み、膝の上には厚い本を載せている。祈りを捧げる訳でもなく、ただ目の前の十字架を眺めていたその女は、桜子がいる左側の椅子へと視線を送ると、ゆっくりと口角を上げ、優しく落ち着いた声色を上げた。

「お久し振りです、サクラコ」

 桜子は向けていた視線を前へと戻し、挨拶を返した。

「えぇ、ローズ。久方振りね」

 ローズと呼ばれた女は満足げな表情を浮かべ、桜子と同じく目線を前へと戻した。

「髪、伸ばしていたのですね。お似合いです」

 ローズは微笑みを崩す事なく、桜子の長い黒髪に視線を向ける。

「そう? ありがとう。貴女、お世辞なんて言えたのね」

 桜子の返答にローズはやや悲しそうな表情を浮かべた。そんなローズを気にも留めず、桜子は彼女へ質問を投げ掛ける。

「どうして来たの? ここで私とやり合うつもり?」

 桜子がそう言うと、ローズは手を横に振りながら答える。

「まさか。単にアナタと話したかっただけですよ」

 桜子が驚いた表情を浮かべると、ローズは笑顔を崩す事なく質問を続けた。

「近頃はどうですか? 他の『天使』とは違って、アナタの噂は皆無と言って言い程聞かないのです」

 ローズは膝の上にある聖書に手を置いて、身体を桜子の方へと向けて聞く姿勢を作った。

「残念だけど、特に変わりはないわ。戦争とは無縁の生活をしてたもの」

 桜子は髪を耳に掛ける形でかき上げ、静かに腕を組んだ。ローズはその様子に、やはり悲しそうな表情を浮かべる。

「というか貴女、服の趣味変わったの? 前とは随分違うわよね」

 桜子の言葉に、ローズの表情は明るくなった。口元に手を当て、僅かに照れる仕草をしながら答える。

「服の趣味は……そうですね。動きやすさを考えた時に、こちらの方がいいかなと。どうでしょう?」

 スカートの部分に当たる布を摘み上げ、桜子に問い返す。彼女は表情一つ変えることなく、その服装を一瞥して答えた。

「いいんじゃない?」

 ローズは握り込んだ手を口元に当て、らしくない笑顔を浮かべる。桜子は溜息を吐きながら、昨日の出来事を問いただした。

「あぁ、そういえば聞きたいのだけれど」

 ローズは視線を、桜子の方へと向ける。

「梅がうちに来たの、貴女の差し金?」

 桜子がそう聞くと、ローズの表情が僅かに暗くなり、聖書の上に置いていた手を強く握った。ギチギチという何かを破るような音が、静かな教会の中に響く。

「……何故?」

 ローズの声色は、誰が聞いても怒気を孕んでいるものであった。その所以は知り得ないが、桜子は構わず聞き返す。

「正直可能性は低いとは思ってるわ。でもこっちは襲撃を受けてる。疑うのは当然じゃない?」

 桜子はローズの放つ怒りの一切を無視し、赤い視線を彼女に向ける。ローズは桜子の言葉を聞くと我に帰ったようで、掌に感じた僅かな違和感を確かめた。広げると手相の溝に血が染み込んでいる。ローズは手をじっと眺めてから、桜子に返答した。

「……私は何もしていません。彼女とは繋がってもいませんし、話も聞いていませんよ」

 ローズは素直に答える。怒りが若干治ったのか声色も先程に近い状態になっており、その声色のまま話を続けた。

「それに、彼女の性格は知っているでしょう。他の『天使』より遥かに凶暴で、生粋のバーサーカーなんですから、理由もあってないようなものだと思いますよ」

 彼女は既に塞がってしまっている掌の傷を見、そうして桜子へと視線を写した。超然とした横顔に、ローズは安堵を感じる。

「……それと、警告しておきます。直に再び戦争が始まるでしょう。メェイが日本に来たという報せは既に『天使』達にも伝わっています」

 ローズは手を置いていた本を持ち、椅子から腰を上げる。桜子はそれを目で追いながら、彼女は立ち上がりながら告げた。

「お忘れなきよう。アナタは全ての『天使』の憧れであり、そして倒すべき宿敵でもあるのです。……それは私も、例外ではないんですよ」

 そうして桜子の隣に静かに立ち、上を見上げた桜子と目が合った。目が合うと同時に、ローズは優しく微笑み髪を掻き上げた。

「私の話は以上です。……それと、私は誰の味方でもありません。今後似たような事が起きても、私は関与していないと考えて頂いて結構です」

 ローズがそう言って歩き出すと、桜子は視線を前に戻し、座ったままそっと呟いた。

「……そう。まぁ貴女、嘘は吐いた事なかったしひとまずは信じるわ」

 桜子の言葉に、ローズは僅かに口角を上げる。そうして何も言う事なく、彼女はこの教会を去った。

 誰も居なくなった教会で、桜子は深呼吸する。古い建物特有の匂いが、鼻腔へと緩やかに流れて来た。


 白い扉から出てきたのは、ローズの方であった。車に乗っていた桐生はそれを見て、ひとまず両者共々何もなかった事に安堵の溜息を吐く。それと同時に、ローズは窓越しに桐生を視認した。彼女は笑顔を崩さずに、桐生に対し人差し指と中指をクロスさせて手を振るう。

 桐生はそれに答えることなく、腕を組んで背凭れに体重を掛けた。

(……随分余裕だな)

 ローズはそのまま、奥にいた車の方へと歩いて行く。金髪の男はそれに気付くと、後部座席の扉を開けて運転席へと乗り、彼女を乗せてこの場を去ってしまった。

 次いで桜子が白い扉から出ると、桐生は運転席から降りて後部座席の扉を開けた。桜子は溜息と共に乗り込むと、持っていた刀を竹刀には入れず、そのまま膝の上にそれを乗せる。

「お疲れ。随分長かったね」

 桐生はそう言うと、アクセルを踏み車を走らせ、桜子はそれに対して鼻を鳴らして答える。

「そうね、相変わらず面倒臭い女よ」

 桜子のその言葉に、桐生はうなじ辺りを摩りながら返答する。

「大変だな、アンタ達も」

 桜子はローズの言葉を反芻していた。

 ——アナタは全ての『天使』の憧れであり、そして倒すべき宿敵でもあるのです。

 桜子は静かに口角を上げ、手元にある黒い刀を、少しだけ抜いた。

「……そうね。これから、忙しくなりそうよ」

 桜子の声色はそれまでとは違っていた。純粋で素直な感想を述べるその声色は、さながら透き通っていて——拭えぬ狂気が、確かにあった。

多分ですが、ここから文字数が変動します。

そろそろ殺し合いをして欲しいですね。

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