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鬼之櫻子  作者: 犬神八雲
17/19

第十七話 静寂

自小説が人の夢並みに終わらないぜ‼️

「……あ〜、確かに骨折の跡はあるね。でももう治ってる。僕が出来ることはないんじゃないかな」

 レントゲンを見ながら呟いた医者の男——『宝生』の名札を付けている彼は、カルテにボールペンで文字を走らせる。男の目の前に座っているセーラー服に身を包んだ少女は、その診断を聞きながら、自分の鳩尾を静かに撫でた。

「治ってるのね。終わった頃には痛くないと思ってたけど……」

「多分戦闘時は君が興奮状態にあったからじゃないかな。痛みはそこで感じなくて、骨折が治ったのはその後だと思うよ」

 少女は宝生の言葉を聞いて、僅かに気分を落としたような表情に変わる。

(……興奮で痛みを感じなかった……か。結局、私も『天使』なのね)

 少女の暗い表情を読み取った宝生は、少女に対して問い掛ける。

「梅との決戦だけど、桜子はあんまり気に病まなかった?」

 宝生は足を組み替えながら、目の前の少女に問い掛ける。名前を呼ばれた彼女はそれに対して、しばし考えた後に答えた。

「……そうね。一切気にしてないと言えば嘘になるけれど」

 宝生はそれに対して、やや驚いたような表情をして答えた。

「珍しいね、彼女と何か確執があったの?」

 宝生がそう聞くと、桜子は素直に答えた。

「あの女はマルゲリータを侮辱した。だから私もまともに戦わなかっただけよ」

 桜子はそう言いながら横髪を耳に掛ける。長い黒髪がゆっくりと流動しながら、再び桜子の身体へ落ちる。

「まぁ、君らしいと言えば君らしいか」

 宝生はそう言いながら、カルテの備考欄に記載する為ペンを走らせた。

「それじゃ、今日はこんなところかな。またなんかあったら来てね」

 宝生がそう言うと、桜子は『ありがとう』と言い残して、傍にあった刀袋を手に取った。そのまま椅子から立ち上がり、病院の引戸を開いて個室から出る。

 無機質な廊下へ出た桜子は、目の前の黒い背広を着た男と目を合わせる。

「終わったか。行こう」

 背広の男が歩く後ろを、桜子は着いて行った。

 ——桜子は(メェイ)号との決闘を終え、いつもの通り帝都にある総合病院——そこで勤務するかかりつけ医の宝生との面会に来ていた。

 梅号の訃報は、マルゲリータ号のそれと時期が重なっていた事もあり、両国側に着いていた国——中国側はロシア、イタリア側はドイツ——が声明を上げた。各国の殆どは、『梅号がマルゲリータ号を損壊し、当機の許可を得た桜子号が、日本国防省の認可の下マルゲリータ号の処理をした』という日本側の主張を信じている。現にイタリア本国は、『天使』であったマルゲリータ号の返還に『サクラ号の人道的な処遇に感謝の意を示す』としており、体裁としては何ら問題のないものであった。

 しかし、ナチスドイツはこれを頑なに認めなず、『我々とイタリアの同盟を裏切った利敵行為』として日本への宣戦を見せている。日本はこれに対し、『マルゲリータ号からの認可は確かにあった』と主張を続けているが、ナチスも引き下がる姿勢を見せず、現在に至る。

 公用車の中で、付き添いの男——桐生は桜子に顛末を告げた。

「日本国は満州からの軍撤退と、今後日本に軍事干渉をしないっていう2つを絶対条件にして、賠償金も払う事を要求した。これは直に呑まれると思う」

 桜子は後部座席に座りながら、桐生の話を聞いていた。彼は桜子に対して話を続ける。

「問題はドイツだ。情勢的にもイタリアの死は中国が原因ってなってるのに、俺達に喧嘩を売ってんだから、どういうつもりなんだかな」

 桐生はそこまで言うと、深い溜息を吐きながら、車のハンドルを爪で叩いていた。

「さぁ? アジアを手に入れて、どうするつもりなのかしらね」

 桜子がそう呟くと、車内には沈黙が流れた。その沈黙を破るように、桐生は一言添える。

「……いずれにしろ、アンタに背負わせるモノが増えちまうな」

 桜子はそれに対して、何も答えず、ただ外の景色を見ているだけだった。


 そして同時刻。国防省から離れた都内某所のビルにて、とある男2人が『仕事』をこなしていた。

 ビルの一室にて、背広の男とボロボロになった服を着た3人の男が、対面する形で座っている。

 背広の男の目の前には、椅子に縛られた3人の男が並んでいた。1人は何も被せられておらず、他2人の頭には袋が被せられていた。

「えーそれで? 当局が国防省にわざわざスパイを送って来たのは、日本(ウチら)を乗っ取ろうとした訳か。……軍事から乗っ取れば桜子が指令を鵜呑みにすると思って、かな?」

 背広の男が中国語でそう聞くと、何も被らされていない男は、不機嫌そうに同じ言葉で答えた。

「だからそうだって言ってるだろ。何度も言わせるな……」

 深い溜息と共に、縛られた男はすんなりと話す。背広の男は、隣にいる後輩の男にさっきの問答を日本語で伝え直し、再び中国語で質問をする。

「じゃあ何?君達は捨て駒って事だったの?」

「そうだ、後に俺達よりも階級が上の方が来ると通達があった。その方が来るまで待機だったが……失敗したな」

 縛られた男は天井を仰ぎながらそう言った。背広の男はその回答に対して、驚いたような表情で答えた。話を聞いていた背広の男は、隣の後輩に一言告げた。

「……捕虜の価値はない、か。天空寺、常磐さんにそう言っといて」

 天空寺と呼ばれた男は、すぐに携帯から電話を掛け、言われた通りに告げた。

 その様子を見て、背広の男は質問を続けた。

「じゃあ最後になるけど、梅が負けたら君達どうするつもりだったの?」

 縛られた男は溜息と共に、滔々と答えた。

「その場合も官僚部は殺害した。損害を与えられればそれが成果だ。後は証拠隠滅の為に自害するだけだ」

 縛られた男の回答に、背広の男は頭を抱えるようにして、一言日本語で呟いた。

「……やっぱやること違ぇな、中共は」

 それと同時に、天空寺は電話を終えたらしく、背広の男の下へ戻って来た。

「火野さん、常磐次官から返答です。『処分』で良いとの事です」

 火野と呼ばれた男はその返答に、『了解』とだけ答え、立ち上がって懐から銃を取り出した。天空寺もそれに倣い、同じように銃を取り出す。

 銃口を目の前の男達に向け、そのまま3発の発砲音がビルの中で聞こえた。

 動かなくなった目の前の3人を見ながら、火野は1人呟く。

「しかし、日本の自白剤も意外と効果あるんだね。他の国のだと効果強過ぎて廃人になっちゃうからさ」

 火野はビルの隅に移動し、持って来ていた黒い袋を3枚用意すると、背広を脱いで椅子に縛っていた紐を解き始めた。

「さて、『お片付け』だ。2人だからちょっと時間かかるぞー、天空寺〜」

 火野は黒い袋を広げながら、後輩にそう告げた。


***


 ニューヨーク州の郊外にある、静かな田舎。そこに鎮座する、歴史ある教会の中にある長椅子に、1人の女が座っていた。修道女の格好に身を包んだ、濃ゆい金髪のその女は、目の前の十字架を見ながら何かを考えている様子もなく座っている。

 そんな中、その教会に1人の来客がやって来た。猟虎(らっこ)色のトレンチコートに、同色のボウラーハットを付け、杖を付いた来客は、その帽子を外して淡い金髪を晒しながら、修道女の隣に座り、一言挨拶した。

「やぁ、ローズ。久しぶりだね」

 ローズと呼ばれた修道女は、目の前の淑女に一言返す。

「お久しぶりですね、ロザリオ。アナタが訪ねてくるのは想定外でした」

 ロザリオと呼ばれたコートの淑女は、それに対して苦笑いをしながら答えた。

「確かに、ボクはあまり外に出ないからね。とはいえ、流石にこの状況は少し怖いモノがある」

 ロザリオは立て掛けていた杖を持ち直し、組んでいた脚の上にそれを置く。ローズは淑女に対して問い返す。

「怖いモノ、ですか?」

 ロザリオは目の前の十字架から、隣の修道女に視線を移す。

「サクラコだよ」

 ロザリオがそう言うと、ローズは首を僅かに傾げた。

「彼女が動き出してまだ4ヶ月……なのに、もう半分の『天使』が消えている。このまま行けば、恐らくコルンブルメも消えるだろう」

 ロザリオはそう言ってから、言葉を再び続ける。

「正直異常だ。この状況に対して、キミはどう思ってるのかな……と、思ってね」

 ロザリオがそう言い終えると、ローズは膝の上に置いてあった厚い本に目を落とした。

「そうですね、当然かと思います」

「……当然? それはまた、面白い回答だ」

 ロザリオが茶化すように言うと、ローズは言葉を続ける。

「サクラコは強い。そして、私はそれを知っています。彼女が動き出して『天使』が減るのは当然でしょ?」

 ロザリオはその返答に、少しだけ眉を顰めた。

「……へぇ。つまりキミは、この状況を当たり前だと思っていて……実はかなり楽しんでいたり?」

 ロザリオがそう問いただすと、ローズはニコリと微笑んで答えた。

「えぇ。サクラコがその身を費やして勝つ様を、私は楽しんでいます。——この場に誰が来ても、私は勝てますからね」

 ローズは一切表情を変える事なく、そう付け加えた。ロザリオは僅かに寒気を感じた後、一言呟いた。

「……ならキミは、サクラコがボク含む『天使』を皆んな殺した後に、最後に腰を上げるのかい?」

 ロザリオのその質問に対し、ローズは表情を崩す事なく言葉を返した。

「えぇ、そうです。彼女の最後を、私にしてもらいます」

 ローズは笑顔を崩す事なく、ロザリオにそう返した。ロザリオは彼女のその様子に、確かな寒気を感じた為に、一言だけ言葉を投げ掛けた。

「……やっぱり、キミが一番怖いよ」

 鼻で笑うように、ロザリオは呟いた。ローズはそれに対して、静かに言葉を返す。

「光栄です」

 静かな教会に、異常なまでの沈黙が流れた。 2人の『天使』による問答はそこで途絶えたが、その沈黙は教会全体を覆い尽くすように満ちていた。


***


 ナチスドイツの軍事基地の建物中にて。軍の正規制服に身を包んだ女と、その後ろに着いている、似たような格好した男が、議会室に至る廊下を歩いていた。女の背には長身の剣が斜めに掛かっており、前の紐でそれを落ちないように細工していた。この時間帯は殆どの軍人——彼女らにとっては同僚である彼ら——が外に出ている事もあり、他の人々とすれ違わなかった。

 二つの軍靴の音が、廊下に響き渡る。女は一歩ずつ進みながら、この戦いが最期になるであろう事を静かに悟っていた。対する男は、彼女のその様子を珍しく思いながら見ていた。

 しばらく歩き、女は目の前にある扉の前に立つと、胸に掛けていた剣を外して左手に持ち替えた。そのまま、右手の甲を扉に翳して叩く。

「コルンブルメ号、只今到着いたしました」

 扉の前で、やや大きな声を上げる。それに対し、扉の向こうから男の声が聞こえた。

「入りたまえ」

 その答えを聞き、女は後ろに着いていた男に自身が持っていた長身の剣を預け、その扉を開ける。

「失礼します」

 中に入ると、目の前にはズラリと軍の上官や政府側の重鎮が、長机と共に椅子に座っていた。その中心に居たのは、この軍事基地の最高責任者——派手な勲章が幾つも付ついている黒い軍服を身に着けている男であった。

「時間を取ってすまないな、コルンブルメ。今回君を呼んだのは、サクラコ号についての話だ」

 男はそう言って、手元の資料を眺めながら目の前の軍服の女——コルンブルメに話し掛ける。彼女は頭を少し下げる形で返答した。

「我々ナチスドイツの目的は依然として変わっていない。即ち、共産主義の撲滅(レッド・パージ)だ。その為にロシアとの決戦をする必要がある」

 男はそう言いながら、資料を捲る。

「ロシアは不凍港と領土……アメリカと戦えるだけの資源を求めている。故に、アジア全域を目的として侵略を開始するだろう。問題はここからだ」

 男は資料を机の上に置いて、コルンブルメに視線を向ける。

「ロシアの南下に合わせて、我々がアジアを征服する。後は日本さえ取り除けば、ロシアを包囲し、こちらも戦えるだけの資源を得られる……というのが、総統閣下の思し召しだ」

 男はそこまで言うと、深い溜息と共に続けた。

「……現在君に与えられた任務は、日本と戦い勝つ事だ」

 コルンブルメはそれを聞いて、険しい表情を浮かべる。そんな事は不可能である事を、彼女はよく知っていたからだ。

 ——5年ほど前の事である。ナチスドイツは前総統閣下が病死した事で代わり、現在に至る。現在の総統閣下は立場はあれど、前任ほどの能力があるとは言えない人物であった。

 この場にいる全員が、それを理解している。そして男は、理解しながらも話を続けた。

「サクラコ号は確実に弱くなっている。10年の年月は、君と彼女の差が埋まるのに充分だ……と、総統閣下はお考えだ」

 男の言葉に、コルンブルメは静かに問い返す。

「……お言葉ですが。確かにサクラコ号は10年間、音沙汰がありませんでした。しかし、アイリス号もメェイ号も、彼女の手に掛けられているのが現状です」

 コルンブルメはそこまで言うと、静かに溜息を吐いた。

「恐らく、自分はこの場に居る方々の誰よりも、10年前のサクラコを知っています。……彼女はその二つ名に恥じぬ、殺意と力を持っていました」

 コルンブルメは淡々と続ける。その無機質な様子に、この場に居る彼らは寒気に似た感触を覚えた。

「そんな彼女が、10年……『たったの』10年で、弱くなっているのでしょうか」

 コルンブルメはそう言い切ると、すぐに言葉を言い直すように続けた。

「果たして……彼女は本当に弱くなっていると言えるのでしょうか」

 コルンブルメのその言葉に対して、目の前の彼らは静かになった。しばし沈黙が続いた後、中心に座っている男は静かに口を開いた。

「弱くなっていると、考えるべきだろうな。……国花を背負う君だ、良い戦果を待っている」

 そう告げられたコルンブルメは、その場にいた彼らへ一礼し、この会議室を後にする。


 扉を閉じ、再び廊下に戻ったコルンブルメは、深い溜息と共に外に立っていた男に視線を合わせた。男が手に持っていた長剣を彼女に返そうと差し出さんとすると、彼女が外を見ている事に彼は気付いた。

「……どうした?」

 そう問われ、コルンブルメは窓硝子越しに見える、果てなく広がっている青い空に思わず嘲笑する。

「……地獄の空は、何色だと思う?」

 コルンブルメはそう呟きながら、預けていた剣を手に取った。その質問の意図を察した男は、真顔で答える。

「……赤じゃないか? 尤も、俺は地獄に空なんてものがあるとは思わんが」

剣を手に取った彼女は、再び斜めに掛けて、ある程度体裁を整えた。

「……だよな」

 コルンブルメは男の回答に、素直に賛同しながら足を進める。その先が地獄に繋がる事を知りながら、彼女は一歩ずつ前へと歩いていった。

そろそろ本気で12時修正したいんですが、来週はもしかしたら休載になるかもしれません。

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