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定めた目標、はるか遠き新世界

「天文学科……かぁ」


 その夜、宿題を終えた静流は宇宙に関する研究や学習ができる大学に関して調べていた。

 宇宙科学や天文学で調べると、学部が開いている学校は実はそれなりにある。

 それも、早稲田だの日大だのと、テレビで見るような名前がずらずらと。


「国公立も結構あるんだなぁ……」


 問題があるとすれば、どれも内地……本州の大学だという所か。

 道内では北海道情報大学と科学大学の二校が当てはまるが、前者はどちらかというと衛星を使った情報処理、後者は宇宙工学の専攻であって、静流の求める学部は、北海道にはないと結論付けざるを得なかった。

「農業高校の学力じゃ、本州の大学を受けるなんて夢見るだけでもおこがましい」

 結城の言っていた言葉が脳裏を過る。


「……夢見るだけでも、おこがましい、かぁ」


 静流は結城の言葉を反芻しながら、ノートの端に小さく星のマークを描いた。


 確かに、今の学力では本州の天文学科に進学するのは簡単じゃない。

 けれど――


「だからって、諦めるのは違うよね」


 静流はそっと画面をスクロールし、各大学の入試情報を眺める。

 センター試験(共通テスト)の配点、二次試験の科目、必要な偏差値……


(いけないことはない、はず……)


 もちろん、簡単じゃない。

 地元の農業高校のカリキュラムは、一般的な進学校とは違う。受験対策が手厚いわけでもない。

 でも、できないと決まったわけじゃない。


(もし……もし結城が本州の大学に行くことになったら、私も……)


 そこまで考えて、静流は小さく首を振る。


「ううん、違うよ……私は、私の夢のために」


 結城の後を追うためじゃない。

 自分のやりたいことを叶えるために、もっと勉強しなくちゃ。


 静流はノートを開き、さっき調べた大学名と必要な科目をメモし始めた。

 夢を見ることすらおこがましいなんて、そんなことはない。


 ――宇宙は、誰にだって開かれているのだから。


 ***


「あれは……言い過ぎだったかな」


 同じタイミングで、結城はベッドに寝転がって天井を眺めていた。

 勿論、こういう所から大学と名の付くところに行けないという事も無い、けれど、そういう所は大体が「Fラン」などと言われる場所だろうという思考が結城には強く、そういう場所は初めから除外して考えていた。


 ふと、ついこの間暇つぶしで組み立てた帆船模型が目に入る。

 船の名前は「サンタ・マリア号」

 大航海時代、ヨーロッパから想像の上にしか無かった黄金の国を目指し、既存の安全なアフリカ周りの東へ向かうルートではなく、未知の西へのルートを取った艦隊の旗艦。


 誰も見た事も聞いた事もないルートを通って、伝説の上の存在でしかない国を目指した、冒険家の船。


「夢見る事すら烏滸がましい」そんな事を考えていたなら、絶対にしなかったであろう冒険。


「……」


 少しだけ渋い顔で、結城は本棚に置いてあるいくつかの本を見る。

 子供の頃に買った、宇宙の星に関する本が少し。目に飛び込んできた。

 色あせていたはずなのに、なぜか、それは妙にはっきりと見えていて……。


「太陽の光を追って、我々は旧世界を旅立つ、か……」


 結城は、とりあえず1年生の頃に使っていた教科書を取り出すと、昔を思い出すようにして復習を始めた


「……さて、どこまで覚えてるかな」


 教科書を開くと、見慣れたはずのページが、まるで別の景色のように感じた。

 今まではただの「勉強」だったものが、今は違う。


 ――もし、自分が本当に進学を目指すなら。

 ――もし、未知の航路へと漕ぎ出すなら。


(夢を見ることすらおこがましい、か……)


 言葉を口にした時は、それが当然のことのように思えた。

 でも、サンタ・マリア号を見つめていたら、その考えが揺らぎ始める。


 未知の海へと漕ぎ出したコロンブスのように。

 夜空を見上げ続けた静流のように。


(……やれることをやらずに、諦めるのは違うよな)


 結城は教科書のページをめくる。

「未知の世界へと旅立った人々」の項目を開くと、彼の視線は自然と止まった。


 “かつて、人類は海を越え、大陸を越え、そして宇宙へと旅立った。”


 それなら、自分にだってできることがあるはずだ。

 結城は、静かにノートを取り出し、ペンを握った。


 ***


 進路希望調査で静流と結城の出した答えは、教師たちを少々困惑させた。

 農業高校であるから、大体卒業後は家業を継ぐなり、就職するなりがほとんどで、農業大学に進学する事も稀だ。

 そんな中で、静流と結城は国立科学大学を第一志望としていた。


「国立科学大学?」


 進路希望調査の用紙を見ながら、担任教師が思わず声を上げた。


「……お前ら、マジか?」


 静流と結城は、教師の反応を予想していたかのように、静かに頷く。


「私、宇宙に関する研究がしたいんです。天文学を本格的に学びたくて」

「俺は、静流に触発されたってのもあるけど……あいつが目指す道を、一緒に歩きたいと思った」


 静流はまっすぐに教師を見つめ、結城は少し気恥ずかしそうに頭をかいた。


 国立科学大学――道内どころか、国内でもトップクラスの理系総合大学。農業高校からの進学実績は、ほぼ皆無に等しい。


「……お前ら、本気なんだな」


 静流と結城は同時に頷いた。その目に迷いはない。


「先生、私たち、どうしても行きたいんです。だから、できる限りの勉強をします」

「正直、今の俺らの学力じゃ夢のまた夢だってのはわかってる。でも、それでもやってみる価値はあるって思うんです」


 酉城は二人の熱意を前に、しばし沈黙する。そして、少しだけ困ったように苦笑した。


「……まぁ、どうしてもってんなら、俺もできる限り協力するけどよ」


 静流の顔がぱっと明るくなる。結城は軽く息をついた。


「ただし、覚悟しろよ?本気でやるなら、俺ら教師陣も本気でお前らを叩き直すからな」


 二人は顔を見合わせ、同時に力強く頷いた。


 本気で受験勉強を始めると……静流が数学や理学の天才だという事は直ぐにはっきりする所となった。

 半分趣味だからと言いながら、天文学にちょろちょろ触れていたのが、偏ってはいたが基礎トレーニングのようになっていた。

 元々数学と科学には強いタイプではあったし、色々な参考書に書いてある、農業高校では絶対にやらないような学習を、文字通りスポンジを水に入れたように吸収していく。


「……しずるちゃん、マジですごいべさ」


 隣で問題を解いていた櫻が、白旗を上げるように言った。


「え、そんなに?」


 静流はきょとんとしながら、ノートにびっしりと書かれた数式を見つめる。


「いやいや、お前、こないだまでこんな高度な数式触ったこともなかったろ?それがもう普通に解いてるとか、おかしいから」


 結城も少し呆れたように言う。


「うーん……でも、数学と物理って、パズルみたいで楽しいし……天文学に関係する数式とかは、昔から読んでたからかな?」


 静流は半分趣味だったとは言うが、実際には、幼い頃から宇宙への興味から天文学の本を読み漁り、大学レベルの数式にも慣れ親しんでいた。それが、今になって本格的な勉強の土台となっていたのだ。


 特に数学と物理に関しては、ほぼ独学で高度な内容を理解していく。普通なら時間のかかる公式の理解や応用も、静流にとっては直感的に整理できるものだった。


「うーん、確かに数学は苦じゃないかも。こう……数字と記号の羅列が、宇宙の仕組みを説明してくれるのって、すごくワクワクするんだよね」


「うんうん、判る……って言いたいけど、判んないべさ!」


 櫻が頭を抱える横で、結城はふと思う。


(この子、本当に天才なんだな……)


 静流が本気で学べば、どこまでも行けるのではないか、そんな気さえしてくる。


(……俺も、頑張らねぇとな)


 そう思いながら、結城は静流がすらすらと解いた数式をじっと見つめ、少しだけ悔しそうに鉛筆を握り直した。

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