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櫻と結城 それぞれの折り合いの付け方

 翌日の学校

 少し赤い目と腫れぼったい瞼をしていたが、櫻はいつも通りの笑顔と元気さで登校して来た。

 周りの女子は少し心配そうだったが、櫻はいつも通りに「なんでもないべさ!」と太陽の様なと評される笑顔を浮かべる。


 そんな櫻は、少し声を掛けずらそうにまごまごしている結城と静流を見かけると


「結城、しずるちゃん!おはよー!なんか声かけずらそうにして、どーしたのさ?」


 何も変わらない笑顔で、自ら声を掛けに行く。


「あ、おはよう、さくらちゃん……えっと、その……」


 静流が声をかけると、櫻はいつも通りにニコニコと会話を続ける。


「皆まで言わなくても、わかってるべさ!」


 静流が言葉に詰まると、その隙に櫻はちょいちょいと結城に手招きする。

 少し緊張しているかのように、結城が桜の傍によると、櫻は片手で結城の頬を押さえ……


 ぱちん!


 振り上げた右手が、結城の頬を張った。

 急な打撃音に、何事かとクラスの視線が集中する。


「……しずるちゃん、悲しませたら許さないからね!ボクの大事な……従姉妹なんだから!」


 張られた頬がじんじんと熱を持つ。

 痛みよりも、その言葉が結城の胸に深く突き刺さった。


 静流は驚いたように櫻を見つめ、結城は言葉を失ったまま、ただそのまっすぐな視線を受け止める。

 しかし、櫻はいつものようにこっと笑い、軽く結城の肩を叩いた。


「……ま、これで全部終わりって訳じゃないけどね!しずるちゃんも、結城も、ちゃんと幸せになんなよ?」


 いつも通りの、明るく眩しい笑顔。

 けれど、その瞳の奥に宿る感情は、きっと結城にも静流にも痛いほど伝わっていた。


「……ありがとう、櫻ちゃん」

 静流が小さな声で呟くと、櫻は一瞬だけ寂しそうに目を細めて、そしてまた弾けるように笑った。


「なーんも!気にするこたぁないべさ!」


 そう言って、いつも通りの調子でくるりと振り返り、教室へと駆けていく。

 その後ろ姿を見送りながら、結城はそっと頬に触れ、静流はその背中を静かに見つめていた。


(やっちゃったなぁ)


 よく漫画なんかである場面をまさか自分がやる事になるとは思わなかった、と櫻は苦笑する。


(泣くのは昨日さんざんしたべ、だから、今日からはいつものボクだ)


 まだ少し赤い目はどうしようもないし、腫れぼったい瞼をメイクで誤魔化すのも限界だけど。


(太陽は、陰ってもなくならないもんね)


 櫻は自分の頬を軽く叩いて、気合を入れ直す。


 失恋なんて、きっと誰にでもあること。

 昨日までの自分と今日の自分が、まったく別人になるわけじゃない。

 ただ、少しだけ違う景色を見ながら、少しだけ強くなるだけ。


(ボクはボクのままだし、しずるちゃんも結城も、これで終わりじゃないんだし)


 そう、自分に言い聞かせる。


 遠くから、凡その事態は把握したであろうクラスメイトたちが「おはよう!」と声をかけてくる。

 櫻はぱっと顔を上げ、いつもの笑顔を浮かべて手を振った。


「おはよー!今日もなんぼかいい天気だべさ!」


 大丈夫。

 まだ、朝日は昇ったばかりだ。


 ***


 帰り道……結城と静流、櫻の三人はいつも通りに道を歩く。


「そーいえばさ、結城、受験はどうするの?やっぱり、東京の大学?」

「……そんなん、夢を見るのもおこがましいと思わないか?ここの学力で」


 受験勉強を取り戻そうと思ったら、学校全ブッチして勉学に打ち込んでも何年かかるか、と結城は苦笑する。


「面白くないなぁ……まぁ、東大とか慶應とかは夢の話だとしても、北大とかは勉強すりゃ間に合うんでないかい?」

「お前受験戦争舐めんなよ?」


 流石にここは結城も素が出る。なまじ中学時代東京で過ごしているだけに、受験の厳しさはさんざん目の当たりにしてきた。


「私は……情報大学、かな、今の所は」

「あぁ、宇宙関係の勉強、できるんだっけ」

「うん、やっぱり、好きな事を突き詰めたいっていうか……」

「ほえ~……すっげぇなぁ……ボクじゃ想像もつかないべさ」


「……だろうな」


 結城は苦笑しながらも、静流の横顔を盗み見る。

 彼女の目は真剣で、どこか遠くを見据えているようだった。


「お前さ、昔から変わんねぇよな」

「え?」

「子どもの頃からずっと、宇宙が好きで……それをちゃんと目指してんだからさ。なんつーか、尊敬するよ」


 静流は少し驚いたような顔をしたあと、ふっと微笑んだ。

「……ありがと、結城」


「う~ん、ボクはどーしよっかなぁ~」

 櫻が腕を組みながら、二人の前をぴょんぴょんと跳ねる。


「農家継ぐんじゃなかったのか?」

「まぁ、継ぐのは継ぐけどさぁ……大学行くのもアリだなぁって思ってるべさ。経営とか、勉強するのもいいかなって」


「へぇ、意外とちゃんと考えてんだな」

「な~んか今、めっちゃ失礼な事言わなかった?言ったよね!?ねぇ結城、言ったよね!?」


 櫻が詰め寄るのを、結城は適当にかわしながら苦笑する。


「……ま、結局のところ、やりたいことを見つけて、それに向かって努力するのが一番なんだろうな」


「なら、結城は?」

 静流が問いかける。


「……俺か?」


 歩く足が、一瞬だけ止まる。

 二人が振り返ると、結城は少し空を仰いでいた。


「……まだ、決めてない」


 静流の夢、櫻の未来、二人がしっかりと前を向いているのを見て、結城の心には小さな焦りが生まれていた。

 自分は、何をすべきなのか。何を目指せばいいのか。


「ま、結城ならどこでもやっていけるべさ!」

「そう……結城なら、きっと大丈夫」


 二人の言葉に、結城は小さく笑う。


「お前ら、簡単に言ってくれるなぁ……」


 そう言いながら、結城は再び歩き出した。

 この道の先に、どんな未来が待っているのかは分からない。

 でも――この二人がいれば、きっと大丈夫な気がした。

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