パニック静流
「じゃあ静流、俺らが生きてる間にプロキシマまで行ける手段が確立したら、一緒に行くことになるな」
「へ?」
さらっと結城が言った言葉を聞いて、静流の頬に朱がさす。
「そ、そうだ……ね、勿論、さくらちゃんも」
少しだけ、手元をわちゃわちゃ動かしながら、静流は極めて冷静を装って答える。
頭の中はパニックを起こしていたが、努めて冷静であるようにと自分に言い聞かせ続ける。
(だ、大丈夫、今更慌てる必要なんて無いべさ!だってもう告白してるし!返事待ちなだけだし!!……そう、もう告白はした。あとは結城の返事を待つだけ……だから、動揺する必要なんてない……!)
——の、はずだった。
なのに、結城があまりにも自然に「一緒に行く」なんて言うものだから、静流の心臓は先ほどまでの平静をあっさりと裏切って跳ね上がる。
(ま、待って、そんな風にさらっと言うのずるくない!? そんなの、まるで……)
「さくらちゃんも一緒に」なんて、慌てて付け加えたけれど、櫻が隣でニヤニヤしているのを見て、静流はさらに焦る。
「しずるちゃん? なんぼか顔赤くない?」
「そ、そんなことないよ!」
すぐさま否定したけれど、バレバレだ。櫻の表情は完全に「やっぱりね」と言っている。
「へぇ~、そっかぁ~。じゃあ、ボクが行けないってなったら、二人で行くんだ?」
「!?!?」
櫻の追撃に、静流は完全にパニックに陥った。
(ち、違う、そうじゃない! そりゃ、もしも二人で行くことになったら……って、そ、そんなのまだ決まってないし!?)
静流の思考がぐるぐると混乱する中、結城はそんな彼女たちのやり取りを見て、首を傾げながらも楽しそうに笑っていた。
「まぁ、その頃には俺ら、どんな関係になってるかわかんねぇけどな」
「~~~っ!」
その言葉に、静流の脳内は完全にショートした。
「うわっ!?しずるちゃん!?」
「うぉっ!?」
櫻と結城はその時本気で驚いた。まるで漫画のように、静流の頭から湯気が噴き出したのが見えた様な気さえした。
「う……」
「う?」
ぷるぷると震えてフリーズする静流……そして……
「うにゃああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
訳の分からない叫びをあげてダッシュで逃げた。
「ちょ、しずるちゃん!?」「おい、静流!?」
結城と櫻が慌てて呼び止めるも、静流は完全に耳に入っていない様子で、一直線に走り去っていく。
(な、なにあれ!? 私、なにやってるの!? ちょっと待って、プロキシマ!? 未来!? どんな関係になってるかわかんない!? そ、そんなの、そんなの……!)
頭の中で結城の言葉がぐるぐると反芻され、そのたびに心臓が爆発しそうになる。
「あああああああああああああああああああっ!!!」
思わずもう一度叫びながら、静流は走り続けた。
***
「……あのさ」
呆然と静流の背中を見送っていた結城が、ぽつりと呟く。
「静流って、あんなに速かったっけ?」
「いや、ボクも初めて見たべさ……」
隣で櫻も同じく呆然としている。
「え、何? もしかして今の、恋愛話の流れで照れすぎてパニック起こしたってこと?」
「たぶん、そうだねぇ……」
櫻が苦笑いしながら肩をすくめる。
「……しずるちゃん、可愛いべさ」
「……まあ、そうだな」
結城のその何気ない一言に、今度は櫻が「おっ」と顔を上げた。
「へぇ~? ゆーき、今さらっと言ったね?」
「……言ったな」
「へぇ~、へぇ~?」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら、櫻がじりじりと結城に近づく。
「なんぼか気になる発言だったねぇ~?」
「お前な……」
結城はため息をつきながらも、静流の逃げ去った方向を見つめた。
(……あいつ、本当にどこまで走ってくんだ?)
静流の頭の中と同じくらい、彼女の行き先も予測不可能だった。
結城の中に浮かんだ姿。
それはそう不思議なものでもなかった。すっかりと慣れた何もない田舎の光景に、自分と静流がいる。
二人で望遠鏡をセッティングして、ブルーシートに座って、目的の星を追跡して……そんな、たまに一緒にしている天体観測をしている姿。
大学に行って、専門の勉強をするようになったとしても、静流とは、そうやって天体観測をするだろう、というなんとなく思っている事。
(……まてよ?)
そこまで考えて、ふと頭の中を整理する。
(……あれ?)
ふと、頭のどこかで静流の事を考え続けている自分に気が付く。
(……いや、まて?え?)
普段の静流、笑顔、困ったような顔、少しのふくれっつら、真っ赤になって照れた顔、少しだけの、微笑み。
(え?あれ……?)
胸の高鳴り、それを結城は感じていた
(いやいや、待て待て待て!?)
自分の思考の流れに、結城は頭を抱えそうになった。
(……なんで、俺、こんなに静流のことばっか考えてんだ?)
何気なく思い浮かべたはずの未来図。そこに当然のように静流がいる。
それはただの「仲のいい友達だから」では済まされないような、もっと深いもののような気がして――
(って、これ、まさか……)
自覚した瞬間、結城の顔が熱くなる。
「……マジかよ」
自分の気持ちにようやく気づいた結城は、田舎の静かな風の中で、誰にともなく呟いた。




