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天体少女の夢への階

 NASAによる、アルファケンタウリ・プロキシマの居住可能惑星探査プロジェクトへの出資募集。

 一口150円で居住可能惑星の土地10エーカーの権利書が送られてきます。また、抽選を行い、選ばれた1名は惑星の命名権を獲得できます。


 SNSでのそんな書き込みを見た時、静流はとても興奮していた。

「すごい……! まるでSFみたい……」


 静流はスマホの画面を食い入るように見つめた。NASAが進めるアルファケンタウリ・プロキシマの居住可能惑星探査プロジェクト。その支援の一環として、たった150円で10エーカーの土地権利書がもらえるなんて。しかも、運が良ければ惑星の命名権まで……!


(私の名前を、星につけることができるかもしれない……)


 静流の胸が高鳴る。


 小さな頃から、夜空を見上げるのが好きだった。星が遠くで瞬く光を、ただ静かに見つめるだけで心が落ち着いた。あの光の向こうに、まだ誰も知らない新しい世界があるのかもしれない――そんな夢を抱いていた。


(もし……もし私がこの星に名前をつけられるとしたら……)


 スマホを握る手が、ほんの少し震えた。静流はふと、結城の顔を思い出す。


(結城、驚くかな……?)


 彼は天文学に詳しいわけではないけれど、プラネタリウムに一緒に行ったとき、静かに星空を眺めていた。その横顔は、今でもはっきりと思い出せる。


(もし、もしもだよ? 結城の名前をもじって、星の名前をつけたら……)


 そこまで考えて、静流はぶんぶんと首を振った。


(な、なに考えてるの私! そんなの……そんなの……!)


 顔が熱くなるのを感じながら、それでも興奮は収まらない。静流は震える指で購入画面を開いた。


「よし、申し込もう……!」


 小さな画面の向こうに、彼女の夢が広がっていた。


「それにしても……」


 静流はスマホの画面を見つめながら、少しだけ頬を膨らませた。


「こんなの、どうせ冗談みたいなものだし、予算集めの一環だとは思うんだけど……」


「しずるちゃん、そう言いながら100口も応募してるべさ」


 櫻がニヤリと笑って横から覗き込んだ。


「……今年、収穫量多かったから」


 静流はそっけなく答えたが、耳の先が赤く染まっていた。


「ウチも……」


 櫻もまた、小さく呟く。


 余市の果樹園では、季節ごとにたくさんの果物が収穫される。しかし、すべてが市場に出せるわけではなく、規格外品として処分せざるを得ないものも多い。だが、今年は例年以上の豊作で、地元の直売所や観光客向けの販売で、思いがけない収入があった。


(だから……少しくらい、こういう夢に使ってもいいよね?)


 静流はスマホの画面をスワイプして、自分の申し込んだリストを確認する。


「……それで、その星の名前は?」


 櫻が興味津々に尋ねると、静流は小さく笑いながら答えた。


「10年前、結城が私から聞いた、あの星の名前」


 それは、幼い頃、二人の間で交わした小さな記憶だった。


「そのときは、土星を指して言っていたけれど……今でも、その名前は確かに二人を繋いでいるから」


 結城は覚えているだろうか?


 あのときの、自分の言葉。


 夜空に輝く星を指さしながら、「この星の名前を知ってる?」と無邪気に問いかけた、あの日のことを。


 昔月の土地でもやっていた事。それよりもずっと冗談と夢の色が強いイベント。

 今生きている人間は誰も行くことができない。光速で飛ぶ事が出来る宇宙船が開発されたとしても片道で5年かかる星系の、あるかどうかも判らない居住可能惑星の土地権利書。


「10エーカー……って、どれくらいの大きさだっけ?」


 話を聞いていて、ふとそんな事を尋ねる結城に、櫻と静流は苦笑する。


「1エーカーで大体0.5ヘクタール位だべさ」

「……わり、櫻、まずその単語で想像もつかねぇ」


 テスト対策として基本的な所は櫻や静流、担当教師の助力で学んでいる結城だが、やはり土地面積の表現の複雑さは慣れないようだ。


「10エーカーで大体……サッカーグラウンド10個分くらいかな」

「半端ねぇな、それ」


 提示された面積の大きさに、結城が驚いたような声を出す。


「日野のばーちゃん所の果樹園は大体1ヘクタール位だべさ」

「わり、櫻、それどれ位の面積なんだ?」

「1万平方メートル」


 それを聞いて、結城は「まじかよ」と小さく呟く。東京都は土地の感覚の桁が違う、とでも思っているのだろう。

「え、ちょっと待てよ……つまり俺、一口でばーちゃん家の果樹園の5倍の土地を持てるってことか?」


 結城の戸惑い混じりの声に、静流がくすりと笑った。


「うん、そうなるね。でも、それが本当にある土地なのか、誰も確かめる術はないけど」


「そもそも、そんな遠い場所に行く手段すらないしね」


 櫻も肩をすくめる。


「けど、夢はあるべさ?百年後か、二百年後か……もしかしたら、人類が本当にその星に移住するかもしれない」


「それはまぁ、ロマンだな」


 結城は苦笑しつつ、スマホの画面を覗き込む。静流の指がスクロールし、アルファ・ケンタウリの想像図が映し出される。


「それで、しずるちゃんの土地の名前は?」


 櫻が興味津々に尋ねると、静流は少しだけ照れながら、でもどこか誇らしげに微笑んだ。


「10年前、結城が私に聞いた、あの星の名前……」


「……え?」


 結城が一瞬、ぽかんとする。


「ほら、あの時。プラネタリウムじゃなくて、夜に外で一緒に星を見てたときに……私が教えた名前」


 結城の記憶の奥に、小さな映像が蘇る。


 幼い頃、夏の夜に外へ出て、見上げた満天の星空。静流が指さした星の名前を、結城はたしかに聞いていた。


「ああ……」


 思い出した、と結城は小さく呟いた。


「じゃあ、その星の土地……」


「うん」


 静流は優しく微笑む。


「“プロキシマ・ユウキ”って、名前をつけたよ」


 一瞬、結城の思考が止まる。


「……お、おい……」


「えへへ、だって、せっかくなら特別な名前にしたかったし」


 静流は少し照れたように笑う。


「まぁまぁ、ゆーき。10年後には恒星間宇宙船ができて、しずるちゃんがその星の地主様になるかもしれないべさ!」


 櫻が冗談めかして言うと、結城はなんとも言えない気持ちになりながら、二人の顔を交互に見つめた。


「俺の名前、恒星間移住プロジェクトに載ることになるのか……?」


「うん、かもしれないね」


 静流の瞳が、どこか遠くの宇宙を見ているように輝いた。

 静流は、夜の空を見上げながらそっと手を伸ばした。


(プロキシマ・ユウキ……それと、しずるぼし)


 小さな願いを、胸の内だけで呟く。


 昔、幼い頃に結城と並んで語った星の話。あの時、彼女の想像の中にだけあった「しずるぼし」は、まだどこにも存在しない。でも、プロキシマ・ユウキの名とともに、もしもどこかの宇宙に届けられるのなら——


(……届いたら、いいな)


 静流の描いた「しずるぼし」は、子供らしい荒唐無稽な夢の星だった。星型をした惑星、正体不明の物質で作られたリング、そして宇宙服なしで宙を遊ぶ、幼い結城と静流、そして櫻の三人。


 現実ではありえないけれど、あの頃の自分には確かにそこに「未来」があった。


「……しずるちゃん?」


 櫻の声に、静流はハッと我に返る。


「ううん、なんでもない」


 日本からプロキシマ・ケンタウリの星は見えない。それでも、静流は確かに、青い空の向こうにその星を見た気がした。

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