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最後の一幕

 遥かなるイヨチコタンに、

 風が唸り、大地が震えし時、

 二つのコタンの魂が刃を交え、

 勇者たちの名が天に響き合いぬ。

 おお、カムチャよ、イオチの槍、

 おお、カパッチリよ、フレベツの弓、

 血と汗にまみれ、白樺の下に、

 愛と悲しみの歌が刻まれし。


(サケヘ)


 イオチに生まれしカムチャ、

 フレベツに祈りしユキノエ、

 二人の心は白樺のごとく寄り添い、

 されどアイノの瞳は嫉妬に燃えぬ。

 戦いの火は大地を焼き、

 カムチャの槍はカパッチリを討ち、

 フレベツの軍は風に散りゆきし。

 されど愛は掟を越えず、

 短刀の刃に二人の血が流れ、

 白樺の下に魂は眠りぬ。


(サケヘ)


 おお、神々の見守りしコタンよ、

 イオチとフレベツは涙を流し、

 白樺の下に集いし人々、

 カムチャとユキノエを悼みぬ。

 アイノは独り立ち尽くし、

 その胸に空しき風が吹きゆく。

 川は歌い、山は語り、

 この物語を子々孫々に伝えん。

 白樺の葉がささやくたび、

 二人の愛と戦いの響きが甦る。


(サケヘ)


 おお、聞けよ、若者たち、

 イヨチコタンのユーカラを。

 勇者の魂は天に昇り、

 愛は大地に根を張りぬ。

 カムチャとユキノエの名は永遠に、

 白樺と共に生き続けん。


***


 舞台の幕がゆっくりと降りていく。


 静かなムックリの調べに合わせ、アイノを演じる櫻の歌声が響いた。

 それは、悲しみと願いの入り混じった、心を震わせる旋律だった。


 最初は彼女の声だけだった。


 だが、次第に舞台袖から、コタンの民を演じるキャストたちの声が重なっていく。

 やがて合唱となり、そのユーカラは劇場全体に広がり、観客の胸を打った。


 カムチャとユキノエの魂が天に昇り、

 アイノの孤独が静かに降り積もるように——


 最後の一音が響き、静寂が訪れる。


 幕が完全に下りるまでのわずかな時間、

 誰もが息を呑み、その余韻に包まれていた。


 そして——


 万雷の拍手が、劇場を揺るがした。


「おわった~!」

 放り投げた小道具やら、早着替えで脱ぎ捨てた衣装やらで荒れ果てた用具室の中で、誰かの声に合わせて結城は一つ大きなため息をついた。


 体育館に響く、ムックリの二重奏に、それはまだ少し早かったかと結城は少し疲れた笑みを浮かべる。

 まだカーテンコールがあった。


 それは、それなりに悲劇の色をしていた舞台の余韻を明るく戻すように、演者たちによる演出によって彩られた。

 舞台袖でムックリを奏でる静流と櫻のテンポに合わせて、思い思いに……と言ったらまだ聞こえはいいが、好き勝手に観客に手を振って去っていく。


「猪俣ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「だから殺すなや本番でも!!」


 重なる、明るい楽曲に合わせる様に、誰もが笑顔でアピールしていく。

 結城が出てくるころにはムックリの演奏が終わり、結城の左右に櫻と静流が並び立つ。

 三人でライトを浴びながら手を振る中、本当に幕は下りた。


「よーやく、終わったな」

「うん……」


 結城の呟きに、静流が答える。

 普段よりも少しだけ早い感じで、櫻が離れた。


「さて、着替えてくるべさ」

「そうだね……ところでさ、なんか、声反響してない?」

「そう言えば……」


 そう、それはまるで襟元に付けているマイクがまだ生きているかのような……


「あんたら!マイクつけっぱなし!!」


 大崎のツッコミが入るや、会場は大爆笑に包まれた。


 結城と静流、そして櫻の三人は、思わず顔を見合わせた。


「……マジか?」

「いやいやいや、え、待って、うそでしょ?」

「さくらん、もう完全に入ってたべさ」


 静流は顔を覆い、櫻は頭を抱える。

 結城は脱力したように天を仰いだ。


 体育館の観客席では、クラスメイトたちが笑い転げ、大崎が頭を抱える。

 猪俣は涙を拭うフリをしながら、「おいしいなぁ……」と呟き、酉城は「まぁ、お前らしいオチだべ」と肩をすくめる。


 最高の演劇の幕引きは、まさかのアクシデントだった。


「……どうする、結城?」

 静流が小声で尋ねる。

「開き直るしかねぇだろ……」

 結城がため息混じりにそう言うと、櫻が勢いよく手を上げた。


「はい!!そーいう事で!!マイクつけっぱなしだったのはボクとしずるちゃんだけじゃなくて、ゆーきもです!!」


「おい、巻き込むな!!」

「いや、三人でやらかした方が、もう綺麗じゃん!」


 体育館に笑いが響く中、三人はもう何も言わず、お辞儀をして客席に向かって手を振った。


 ——それで、いい。


 舞台は終わった。

 でも、彼らの物語は、これからも続いていく。


 演劇の幕が下りても、櫻と静流にはまだやることがあった。

 それは、学校祭の最後を締めくくる農場の収穫物即売会の売り子。


「しずるちゃん!急ぐべさ!」

「うん!」


 着替える時間も惜しいので、二人はアイノとユキノエの衣装のまま、演劇の余韻を引きずりながら農場へとダッシュ。

 和装の裾を翻しながら駆ける二人の姿に、後ろで結城が苦笑いした。


「……なんか、最後まで演劇やってるみたいだな」


 そんなこんなで、農場に到着した二人。

 すでに野菜や果物、手作りのジャムなどが並べられ、多くの人が集まっていた。

 そこへ、演劇のヒロイン二人が和装のまま売り子として登場すると――


「おおっ!?」「あれ、さっきの演劇の……!」


 会場の人たちがざわめいた。

 特に、舞台を見ていた客たちは、衣装のまま接客する二人に驚きながらも大喜び。


「これ……販促効果、すごくない?」

 静流が驚いていると、櫻はすかさず営業スマイルを炸裂。


「さぁさぁ皆さん!新鮮なお野菜に甘くて美味しいリンゴ、お買い得だよ~!」


「わぁ、アイノちゃんが売り子してる!買わなきゃ!」

「ユキノエちゃんもいるし、これはいい記念になるな!」


 演劇を見た人たちが次々と買い物をしていく。

 特に、子どもたちが大喜びで二人の周りに集まった。


「しずるちゃん、ムックリ見せて!」

「アイノちゃんの踊り、もう一回見たい!」


「うぅ……これは、演劇のおまけじゃなくて、即売会の仕事なんだけど……」

「ま、まぁ、ちょっとだけなら……」


 そんなわけで、静流はムックリを奏で、櫻は軽く踊ってみせることに。

 即売会の会場は一気に賑わいを増し、売れ行きもぐんぐん伸びていった。


 ――そして、しばらくして。


「……完売しましたー!!」


 野菜も果物もジャムも、すべて売り切れ。

 静流と櫻は、ようやくホッと一息ついた。


「うぅ、思ったより体力使ったよ……」

「でも、大成功だべさ!」


 農場の人たちからも大感謝され、二人はようやく売り子の役目を終えたのだった。


 その頃、会場の片隅で結城は売れ残りを期待していたが――


「……なんも残ってねぇじゃん」


 何も買えずに終わったのであった。


 結局……

 学校祭の出し物で最優秀を取ったのは、3年生演じるオペレッタ、天国と地獄だった。


「西行寺先輩がヒロインは卑怯だべさ」

「勝てないよね」

「てか、西行寺先輩、あんなコメディ路線も行けたのか」

「あの人、シェイクスピアから吉本新喜劇までいけるべさ」


「まじかよ……」


 結城、櫻、静流の三人は、受賞発表を聞いた後、並んで体育館の隅で脱力していた。


「まぁ、正直、相手が悪かったよね……」

 静流が苦笑いしながら言う。


「しずるちゃん、それな」

 櫻が腕を組んで頷く。


「いや、西行寺先輩が主演だった時点で勝負決まってたっていうか……」

 結城も頭をかきながらため息をつく。


 3年生の演じた『天国と地獄』は、まさにプロ顔負けの仕上がりだった。

 オペレッタと銘打たれていたが、演技、ダンス、歌、すべてが完成されていて、なおかつ観客を飽きさせないテンポの良さ。

 そして、何よりも西行寺先輩の圧倒的な存在感。


「……コメディ路線もいけるの反則じゃね?」

「マジで、あの人、何者なんだべ……」

「バケモンだろ、もう……」


 三人ともぐったりしていると、大崎が肩を叩いてきた。


「いやいや、ウチらも十分スゲーよ?」


「え?」


「最優秀賞は取れなかったけど、お前らの『木の下の誓い』、準優秀賞 だべ。しかも、観客投票1位だったかんな」


「マジ!?」

 結城と櫻が同時に驚き、静流は目を丸くする。


「まぁ、西行寺先輩のカリスマには勝てなかったけど、あんたらの演劇は心に刺さったって声が多かったべ」


「……そっか」


 結城がふっと笑うと、静流と櫻も自然と笑みをこぼした。


 負けたとはいえ、自分たちの演劇はしっかりと伝わったのだ。

 それだけでも十分、誇れる結果だった。


「よーし!!打ち上げ行くべさ!!」

「さくらん、早い!」

「まぁ、でも、いいか」


 こうして、三人の学校祭は幕を閉じたのだった。

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