ラストスパート!
台本の無い部分、ここ半年くらいクラスの話題になっていた三角関係の決着。少なくとも、クラスメイトの半分はそう思っていただろう。
「私だって、私だってずっと、カムチャを好きだった!10年も!ずっと、カムチャを見てきた!」
血を吐くような叫びは、アイノのものか、櫻のものか
「ねぇ、カムチャ……こんな私を愚かと、哀れと思うなら……お願い、あなたのマキリで私を刺して、殺して……そうすれば、私の血は……心と魂は、ずっとあなたと一緒に……」
「……それは、だめだ」
必死の哀願、しかしカムチャは、首を横に振る。
「お前を、大切な妹と思っている……その俺に、妹を殺せと言うのか?」
「……いもうと、なの?たいせつな、ひと……には、なれない、の?」
「大切である事に変わりはない、けれど……ユキノエに感じるものとは、愛の形が違うんだ」
櫻は、アイノとしてではなく、自分自身として、その言葉を受け止める。
「……だったら、どうすればよかったの?」
アイノの声は震えている。
「どうすれば……どうすれば、カムチャは私を選んでくれたの?」
舞台袖で見守るクラスメイトたちは、誰一人として息を呑むのを忘れなかった。
今、演じられているのは、もはや台本ではない。
本当の想いが、交錯している。
ユキノエ——静流が、そっとカムチャの袖を掴む。
それを感じた結城は、アイノへと視線を戻す。
「アイノ、お前は……」
カムチャとして言葉を紡ごうとする。
けれど、その先が出てこない。
この半年間、ずっと考えてきたこと。
どちらかを選ぶこと。
どちらも選ばないこと。
どんな言葉をかければ、どんな答えを出せばよかったのか——。
「……ごめん」
カムチャとしての謝罪。
結城としての謝罪。
アイノの目から、大粒の涙が溢れる。
雨が地面を濡らす音と、アイノのすすり泣く声が混ざる。
「……私、ずっとカムチャが好きだったよ……」
震える声で、アイノが呟く。
その瞳が、ユキノエへと向く。
「ユキノエ……私ね、本当は……あなたのこと、憎みたくなんかなかった……!」
ユキノエの瞳が揺れる。
「カムチャが好きなのは、あなたなんだって、ずっとわかってた。なのに……私は……」
アイノは、そっと目を伏せる。
「……ユキノエ、カムチャを……お願い……」
櫻の肩が、小さく震えている。
彼女の台詞は、涙に滲んでいた。
ユキノエ——静流が、一歩、アイノへと近づく。
その手が、そっとアイノの手に触れる。
「……ありがとう、アイノ」
アイノが顔を上げる。
ユキノエは、微笑んでいた。
それは、ただの勝者の微笑みではなかった。
愛と、哀しみと、そして感謝の入り混じる、そんな表情だった。
カムチャが、ユキノエの手を引く。
二人の背が、遠ざかる。
アイノは、そこに立ち尽くしたまま、そっと瞼を閉じた。
彼女の心の中で、雨が降り続けていた。
アイノが下がる形で、進む二人が強調される。
コタンを離れ、戦からも離れた二人に、行くべき場所も、戻るべき場所もない。
いつしか雨は上がり、あの白樺の元へと二人はたどり着いていた。
カムチャが懐からイナウを取り出し、白樺の根元へと備える。
誰にも認められずとも、せめてこの地のカムイには、自分たちが夫婦と認められるようにと。
そして、カムチャが短刀を取り出す。ユキノエは、笑ってそれを見つめた。
「……すまない」
「大丈夫、だよ?一緒に居れば、怖くない」
小さな、互いを刺す音。
年若い、誰にも認められなかった夫婦は、白樺の元で、寄り添うように倒れた。
暫く後、アイノに連れられたイオチとフレベツのコタンに住むアイヌたちは、白樺の元で寄り添って眠る様に倒れる二人を見つけた。
雨上がりの静寂が広がる中、二人の亡骸が寄り添うように横たわる白樺の元。
スポットライトの明かりが、まるで月光のように彼らを優しく照らしている。
アイノは、ただそこに立ち尽くしていた。
涙が頬を伝い、彼女の喉から言葉が漏れる。
「……どうして……」
誰に向けたものでもない、その問いかけは風に消えていく。
イオチとフレベツのアイヌたちは、ただ静かに立ち尽くし、やがてその場に膝をついた。
コタン同士の争いが、この二人の命を奪ったことに気づいた時、人々の心に深い悲しみが満ちていく。
長老の一人が震える声で呟く。
「……終わりにしよう……」
「もう、争うのはやめよう……」
それは、アイノの耳には届いていなかった。
彼女は、何も言えなかった。
ただ、白樺の根元にそっと膝をつき、
カムチャとユキノエの手を、そっと重ねた。
「……ごめんね……」
その声は、舞台全体に響くほど小さく、震えていた。
アイノは、その日から二人が眠る白樺を守り続けた。
雪が降り、春が来ても、彼女はそこにいた。
時が流れても、その木の根元で語られるのは、若き二人の悲しき物語。
コタンの争いが終わり、人々が平和を取り戻したとしても、
アイノの心に刻まれた痛みが癒えることはなかった。
ただ一つ、彼女が願ったこと——。
「せめて、あなたたちが一緒にいられるように……」
彼女は、その木の根元にそっと頬を寄せ、静かに祈り続けた。
舞台の照明が、ゆっくりと落ちる。
ラストシーン、静かなムックリの音色だけが響き渡る中——静かに、スポットライトが落ちる




