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決断の時は、ここに

 舞台上、ユキノエとアイノの舞は、まるで波と風のように絡み合っていた。


 それまで互いに補い合っていた動きが、僅かな目くばせを合図に、衝突を始める。


 アイノの力強い踏み込みが、ユキノエの静かな優しさをかき消し、

 ユキノエの穏やかな動きが、アイノの軽やかさを縛る。


 互いのリズムが乱れ、舞の調和は崩れていく。


 それでも、二人は踊る。


 アイノの舞は、カムチャへの想いを訴えるように荒々しく、

 ユキノエの舞は、避けられぬ運命を受け入れるように静かに流れる。


 二人の影が交差し、ぶつかり合い、絡み合い、

 まるでひとつの旋律の中で、不協和音を奏でるようだった。


 観客の視線は釘付けになる。


 ぶつかり合う舞の果てに、果たして二人の心はどこへ向かうのか——。


『私は……ずっとカムチャを待ってた!』

『私もよ、ずっと、彼を待っていた』

「ねぇ、なんで……なんでユキノエなの!?」

「その答えは、私は持たないよ……けど、アイノ、これだけは言えるの」


 舞いながら、アイノの振るう儀仗槍をユキノエの小太刀が抑える。


「私は、カムチャを愛してる」


 その一言に櫻が少しだけ目を丸くする。

 台本にない台詞、結城が慌てたように大崎に目を向けると、大崎も慌てたように首を横に振っている。


「うん……私は、カムチャが好き、こうやって舞う事と、歌うこと、空や星について語る事しかできない私を、カムチャは見てくれた、笑わないで、話を聞いてくれた」

「そんな日が続くうちに……私は、彼を愛したいと思う様になったの」

「そう……私だって、想う気持ちは負けない。私は、カムチャをずっとずっと、想い続けてきた」


 どこか挑戦的な二人の目、それは見る者を魅了する美しさに満ちていた。

 りん……と鈴を鳴らして二人が下がる。舞の場面が終わった合図だ。


 ムックリの音色が高鳴る。

 響き渡る拍子に合わせ、カムチャとカパッチリが戦場へと飛び込んだ。


 結城と酉城は、稽古で何度も合わせた動きを思い出しながら、力強く演じる。

 刃と刃がぶつかり合い、槍が弧を描いて空を裂く。


「カムチャァァァァッ!」


 戦士たちの叫びが響く中、ユキノエとアイノの舞は静かに幕を閉じた。

 二人の想いは言葉となり、観客の胸に深く刻まれる。


 アイノは儀仗槍を胸の前に抱きしめ、ユキノエはそっと空を仰ぐ。

 白樺の木が揺れ、風が舞台の上を駆け抜けたような錯覚が広がる。


「カムチャを想う気持ち、それだけは、私も、あなたも変わらない……」


 二人の声が重なり、場面が切り替わる。


 照明が戦場を照らすと、そこには命を懸けて戦うカムチャとカパッチリの姿。

 運命の戦いが、ついに始まる——。


 カムチャとカパッチリの戦いは、観客側からすると見栄えのするものであった。

 カムチャが戦場そのものを使ったトリッキーな戦いを見せると、カパッチリの手にする棍が動き一つで槍に、長刀に、刀に、棍に姿を変える。

 カムチャの一撃は早く、カパッチリの一撃は重い。

 ムックリの音をかき消すように太鼓が鳴り始める、そろそろ締めるタイミングだ。


(やるぞ、酉城)

(おう!)


 眼だけで意思疎通、カパッチリの被るオオワシの羽根を飾り付けた頭飾りが舞台端へ向けて飛び、カムチャとカパッチリがもつれる様に倒れ込む。

 止まる音楽から一拍おいて、カムチャがゆっくりと起ちあがった


 静寂が舞台を包む。

 カムチャの身体が揺れながらも起ち上がると、観客席からざわめきが漏れた。


 カパッチリは倒れたまま動かない。

 彼の頭飾りが舞台の端に転がり、象徴的にその結末を物語っていた。


 カムチャの手には、最後の一撃を振り抜いたアイヌ刀がある。

 彼はそれをゆっくりと腰に収め、息を整えながら観客の視線を一身に受ける。


 太鼓の音が止まり、わずかに残るムックリの音色が、戦の余韻を奏でていた。


 カムチャは舞台の中央へと歩み出る。

 彼の視線の先には、ユキノエとアイノ。


 それぞれの想いを抱えた二人が、今まさに彼の選択を待っている。


「——俺は……」


 舞台の空気が、張り詰める。


 結城は、カムチャとして、ついに答えを出す時を迎えていた。


「ユキノエ!」


 ユキノエの手を取り、その手を引きながら舞台を降りて体育館の奥へと走り去る。

 その瞬間、結城は櫻の小さな「え……?」という声を嫌にはっきりと聞いた気がした。

 立ち止まってはいけない、ブレてはいけない、同時にそう思い。静流の手を引いて駆け抜ける。

 スポットライトが舞台上に佇むアイノの姿を浮かび上がらせる。


「そんな……なんで?……なんで、なの?……カムチャ!!」


 悲痛に満ちた櫻のセリフが響く。

 多分、静流には気づかれているだろう、と結城は思う。

 震える手は、しっかりと彼女の手を握っているが故に。


 観客席は静まり返り、舞台に響くのはアイノの悲痛な叫びだけだった。


「カムチャ!!」


 結城の背中に突き刺さる声。

 それが台詞の一部なのか、櫻自身の本当の感情なのか。

 彼にはもう、確かめることも、立ち止まることも許されなかった。


 彼の手の中には、静流——ユキノエの温もりがあった。

 その手を握る力は、どこか震えている。

 彼女の瞳を見なくてもわかる。静流は、結城の決断を理解していた。


 だが、振り返ることはできない。


 結城が選んだ道は、ただ前へと進むのみ。


 舞台の上、スポットライトに照らされた櫻——アイノは、そこに取り残されていた。


 彼女の肩が小さく震える。


 その唇から、最後の言葉が零れ落ちる。


「……ずるいよ」


 それはアイノの台詞であり、櫻自身の本音だったのかもしれない。


 結城の手の震えを、静流は感じていた。

 その震えの意味を、彼女はまだ理解しきれていなかった。


 歓喜なのか、迷いなのか、後悔なのか——。


 ただ確かなのは、彼が自分の手を握っているという事実。

 そして、彼が自分を選んだという現実。


 静流は、そっと手に力を込めた。

 優しく包み込むように、彼の迷いごと抱きしめるように。


(……もう、迷わせたりしない、このトランスポーターを、失わせない)


 かつて結城が、自分の世界を広げてくれたように。

 今度は自分が、彼の世界を照らすのだと決めた。


 結城が自分を選んだのか、流れに身を任せただけなのか。

 それはまだ、わからない。


 だけど——


(そう、思ってもいいよね? 結城)


 静流は、心の中でそっと問いかけた。


「待って!!」


 ユキノエの手を引き、舞台の上に戻ってきたカムチャを、飛び出してきたアイノが止める。


「アイノ……」

「カムチャ……どうして?どうして、ユキノエなの?どうして、私じゃないの……?」


 ぽつぽつと、小さな水音、それはすぐに、雨音へと変わった。

 アイノのセリフに混じる小さな嗚咽、揺れかける心を支えたのは、手の中に感じるユキノエの温もりだった。


「アイノ……俺は、ユキノエを愛している」

「っ」


 アイノの瞳が大きく揺れる。

 雨が降り注ぐ舞台の上で、カムチャの言葉は静かに響いた。


「俺は……ユキノエと生きたい」


 アイノの手が、震えながら胸元を掴む。

 嗚咽が零れ、彼女の足元に雨が滲み広がっていく。


「そんなの……ずるいよ……っ」


 アイノの声は、雨音に掻き消されそうだった。

 カムチャの目をじっと見つめながら、アイノは言葉を振り絞る。


「私は……ずっと……ずっと、あなたを見てたのに……!」


 涙が頬を伝い落ちる。

 ユキノエが静かに俯いた。


 アイノの想いを、彼女も知っていたから。

 けれど、それでも——


「アイノ……」


 ユキノエが、そっと口を開く。

 その目には、揺るぎない想いが宿っていた。


「私も、カムチャを愛している」


 アイノの肩が、小さく揺れた。


 その言葉を聞いてしまったら、もう後戻りはできない。

 そう、わかっていたはずなのに。


「……嫌だ」


 アイノが、かすれた声で呟く。


「嫌だよ……!そんなの……そんなの認められない……!」


 雨が激しく降る中で、彼女の叫びは、悲痛に満ちていた。


 カムチャが静かに目を閉じる。


「アイノ……」


 どうか、この想いが届いてくれ。


 カムチャは、そう願いながら、ただ雨の中に立ち尽くしていた。

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