振り回されるだけじゃない
★静流のノート:そりゃ半分は私の責任だけど
9月某日
今日の演劇練習は……うん、思い出したくないような、でも忘れられないような一日だった。
結城たち男子組の殺陣の練習を見学していたら、女子の間で恋愛談義が始まった。
話の流れで、櫻ちゃんがわたわたして、私は沈黙しちゃって……まぁ、それはいい。
でも、その後の舞の練習で、まさかあんなことになるなんて……。
結論から言うと、私たち、下履きを忘れてた。
浴衣で演舞するから、動きやすいように丈を短くしていたけれど、本来ならその下に襦袢かスパッツを履くはずだった。
それを、すっかり忘れていた。
……男子たちが騒がしくなるまで。
結城が顔を真っ赤にして、おそるおそる言った。
「お前ら! 下履き忘れてる!!」
その瞬間の空気を、私は一生忘れないと思う。
櫻ちゃんと同時に「え?」ってなって、状況を理解して、一気に顔が熱くなって、頭が真っ白になった。
そして――
「きゃあああああああっ!!!」
多分、女子が本気で叫ぶ時って、こういう時なんだと思う。
私たちは慌てて浴衣の裾を押さえながらしゃがみ込んで、男子たちはあわあわして、最終的には櫻ちゃんの棒が炸裂して、演劇練習どころじゃなくなった。
結城はもちろん、酉城くんも猪俣くんもさきさんも、全員撃沈。……さきさん、なんで混じってたんだろう。
なんだか戦場みたいになってた。
……まぁ、半分は私の責任だよね。
櫻ちゃんも私も、衣装を準備するときに確認しなかったし。
でも、男子たちだって、気づいたならもっと早く言ってくれればよかったのに……。
(いや、でも急にそんなこと言われたら、確かにすごく恥ずかしいし、怒ったかもしれない……)
……結城たちの対応が遅れたのは、ある意味仕方なかったのかも。
でも、でも!
「それは卑怯だべ!?」「猪俣ミサイル!」「いのまたぁぁぁぁっ!!」
とかやってたくせに、こういう時だけ「言いづらかった」とか言われても、納得できない!!
結論:男子ってバカ。
でも……ちょっと可愛いところもある。
(いや、やっぱり許せないから明日もう一回文句言おう)
演劇の練習が進むにつれて、結城たちの関係も少しずつ変わってきた。
静流は、以前より少しだけ自分を出せるようになった。
演劇のセリフだけじゃない。普段の会話でも、自分の気持ちをはっきり伝えることが増えた。
「私はこう思う」と言えるようになった静流は、少し眩しくて、少しだけ違う存在に見えた。
櫻は、以前より少しだけ勢いを押さえるようになった。
もちろん、元気で明るいところは変わらない。だけど、時々、結城や静流の気持ちをちゃんと考えて、立ち止まることができるようになっていた。
まるで、燃え盛る太陽がほんの少しだけ優しくなったみたいに。
そして結城は、少しだけ、二人を「そういう目」で見るようになった。
それが「恋」なのか「憧れ」なのか、まだはっきりとはわからないけれど――
以前のようにただの「思い出の約束の女の子」ではなくなっているのは、確かだった。
少しずつ、変わっていく。
でも、それは怖いことじゃない。
むしろ、今までよりずっと自然で、心地よい変化だった。
きっと、この関係はこれからも変わっていく。
少しずつ、少しずつ――
結城が練習の合間に休憩していると、静流がスッと近づいてきた。
腕を組み、小さく頬を膨らませて、彼の目をじっと見つめる。
「結城、私、おこってます」
――おこってます?昨日のアレか?
思わず聞き返そうとしたが、静流の表情が普段よりも少しだけ強気な感じがして、言葉を飲み込む。
とはいえ、彼女の目の奥にはどこか優しさが混じっていて、そこまで本気で怒っているわけではなさそうだった。
「……俺、なんかしたか?」
静流はふっと視線を逸らし、ほんの少し間を置いてから答える。
「うん、したよ。すごくした」
「まじか……」
自分でも心当たりがないわけじゃない。
ここ最近、結城は静流や櫻を振り回し、悩み、迷い、あげくに逃げ出しそうになった。
それを思い出して、申し訳ない気持ちになりかけたところで――
「でも、まぁ……そんなに怒ってるわけじゃないけど」
静流がぽつりと続けた。
「……え?」
結城が戸惑っていると、静流が少しだけ顔を赤くしながら、ゆっくりと結城の袖をつまむ。
「私はね、結城に振り回されて欲しいけど、でも、ちゃんと安定しててほしいの」
振り回されて欲しいけど、安定してほしい――?
結城がその言葉の意味を考えていると、静流は小さく微笑んだ。
「結城があっちへ行ったりこっちへ行ったりしてるの、見ててなんぼか楽しい。でも……ずっとそうだと、私も疲れちゃうから」
「……そりゃ、そうだよな」
「だから、私は結城をちょっと困らせて、ちょっとだけ振り回す。でも、最後はちゃんと結城に安定してもらうから」
静流の言葉には、静かだけれど確かな想いが込められていた。
彼女なりのアピールなのだろう。櫻のように勢いで押してくるわけではなく、少しだけ結城のペースを乱しながら、自分の存在をちゃんと感じさせるやり方。
「……負けたよ、静流」
結城が苦笑すると、静流は満足げに頷いた。
「うん。じゃあ、もう少しだけ、振り回されてもらうね」
袖をつまんでいた手をそっと離し、静流はくすっと笑う。
結城の心が、また少しだけ彼女に引っ張られた気がした。
静流の穏やかな笑顔と、袖をつまむ仕草。
結城の心が少しだけ彼女に引っ張られた瞬間――
「でさ~、しずるちゃん?」
櫻の明るい声が割り込んできた。
「ボクも居るんだけど、なんか二人の世界作ってない?」
――ピキッ。
静流がピタリと動きを止める。
結城が「やべぇ」と思った時にはもう遅かった。
「べ、別にそんなつもりじゃ……!」
「いや~、さっきからね? なんぼか気になってたんだよね?」
櫻がニヤリと笑いながら、腕を組んでゆらゆら揺れる。
白に薄い桜色の髪がふわりと揺れ、目がしっかりと結城と静流を捉えている。
「さっきからボクが何も言わずに聞いてるからってさ~、なんかしずるちゃん、ちょ~っとだけ大胆になってない?」
静流が一瞬で顔を赤くする。
「そ、そんなことないよ!」
「ほんと~? だってさっきゆーきの袖つまんで、『ちょっと困らせる』とか言ってたよね~?」
「~~~~っ!!」
静流の顔がますます真っ赤になり、結城は慌ててフォローに入る。
「お、おい櫻! 別にそういうつもりじゃなくてだな……」
「え~? そっちもそっちで、しずるちゃんに振り回されるの、まんざらでもなさそうだったけど?」
「……ぐっ」
まったく反論できない。
というか、できるはずがない。
だって、本当にその通りだったのだから。
静流が櫻の追及から逃げるように、そっぽを向いて小さく言う。
「……さくらちゃんだって、結城といっぱい二人の世界作ってたでしょ」
「おっ? なんか反撃してきたべさ?」
「……私ばっかり言われるの、なんか納得いかないから」
「いやいやいや、ボクはゆーきと二人の世界を作る時は、もっと堂々とやるからね!」
「ど、どういう意味!?」
「え? それはもちろん――」
「――って、話がズレてるって!!!」
結城の叫びが響き渡り、二人の攻防は一時中断された。
けれど、櫻が明るく笑い、静流がちょっとだけ拗ねた顔をしているのを見て、結城はどこか安心する。
……結局、こんな風にじゃれ合ってる時が、一番心が楽なんだよな。
結城がそう思っていると、櫻がポンっと彼の背中を叩く。
「ま、ゆーきはどっちにも振り回される運命だから、覚悟しなよ!」
「……ああ、もう諦めるわ」
静流も小さく微笑んで、袖をちょっとだけ引っ張る。
「結城、これからもよろしくね」
結城は、困ったように笑うしかなかった。




