女子は大体スロースターター
見学していた女子たちは、騒がしく転げ回る男子たちの様子を呆れ顔で見つめていた。
「……男子って……」
「ねぇ、学校祭の演劇の練習だよね? なんで猪俣くん、戦死してんの?」
「しかも、さっきから何度も生き返ってない?」
「結城くんと酉城くんは真面目にやってるかと思ったら、猪俣ミサイルとかいう謎の技が飛び出してたし……」
「ていうか、なんであの男子たち、みんな涙目になってるの? すごい熱い友情のシーンみたいになってるけど」
「うん……理解不能」
静流と櫻も、遠巻きに見守りながら顔を見合わせる。
「なんか、すごいことになってるね……」
「うん……けど、ゆーき、ちゃんと楽しんでるみたいで、まぁいいか」
女子たちは、男子の 理解不能なノリ に苦笑しつつも、その熱気に少しだけ呆れながらも笑みを浮かべていた。
「まぁ、ああいう所、ちょっとかわいいかなって」
笑いながらそう言ったのは、クラスのちょっとお姉さん的存在、えりだった。
「さっすがえりさん、大人~!」
「余裕あるよね~、男子のそういうとこ、全部ひっくるめて見てる感じする!」
「まぁね~。でもさ、ウチらはウチらで、そろそろ衣装の最終チェックしないと――」
そう言いかけた瞬間、別の女子がニヤリと笑って話題を変える。
「……で、結城くんのこと、結局どう思ってるの? 静流ちゃんと櫻ちゃんって」
「えっ」
「えっ」
完全に予想外の質問に、静流と櫻の動きが止まる。
「いや、だってさ~、演劇の練習でも、めっちゃいい雰囲気になってるし!」
「それに、二人とも結城くんと夏休みデートしてたじゃん?」
「ぶっちゃけ、どっちが結城くんとくっつくのか、みんな気になってるんだけど~?」
静流と櫻は一瞬目を見合わせた後、同時に顔を赤くする。
「そ、そんなの……!」
「き、気にしてないっていうか……!」
「ふーん? でも顔、すっごい赤いよ?」
女子たちはニヤニヤと静流と櫻を囲みながら、恋愛談義を始めるのだった。
「そ、そんなの……!」
櫻が大きく手を振りながら、顔を真っ赤にして慌てる。
「ボ、ボクは……えっと、ゆーきとは、ほら! 幼なじみみたいなもんで! だから、その、そういうのじゃなくて……!」
言葉を詰まらせながらも必死に否定しようとするが、視線は泳ぎ、完全に動揺しているのがバレバレだった。
「へぇ~? じゃあ櫻ちゃん、結城くんが誰かと付き合っても平気なんだ?」
「それは……っ!」
櫻の口が止まる。一瞬、視線が泳ぎ、それを悟られまいと強引に笑顔を作ろうとするが、耳まで赤くなっていて全然誤魔化せていない。
一方、その隣では――静流が沈黙していた。
「……静流ちゃん?」
誰かが声をかけるが、彼女はじっと下を向いたまま、指先でスカートの裾を握りしめていた。
「しずるちゃん?」
櫻が恐る恐る呼びかけると、静流はゆっくりと顔を上げる。
「……私は……」
その声はとても小さく、聞こえそうで聞こえない。
けれど、ほんの一瞬だけ、揺れる瞳が真剣な色を宿していた。
そして、次の瞬間――
「……えっと、動きの確認しよっか」
静流はふっと微笑み、話をそらした。
「ええ~~っ!? 今いいとこだったのに!」
「静流ちゃん、逃げた!」
「……逃げてないよ~?」
そう言いながらも、静流の指先は少しだけ震えていた。
「ウチらもアクションがないわけじゃないからね。男子ほど派手じゃないけどさ」
衣装のチェックをしていた女子たちの中から、そんな声が上がる。
「櫻ちゃんは棒術で打ち合いのシーンがあるでしょ? まぁ、あの子なら運動神経いいし、たぶん大丈夫だと思うけど」
「うん。あと、静流ちゃんはお祈りの舞だよね?」
「そうそう、ウチらの役割はシャーマンみたいなものだからね」
櫻が演じるアイノは、戦の場面で巫女として祈りを捧げるだけでなく、短いながらも武器を手に取るシーンがある。男子たちのような本格的な殺陣ではないが、それでも棒を振るって戦う場面はある程度の動きが求められる。
「でも、アイノが棒を持って戦うの?大丈夫?」
「どっちかっていうと演舞だし、アイノの気持ちの表れなんだと思う」
「櫻ちゃん、そういうのめっちゃ似合いそう」
「問題は静流ちゃんの方だよね……」
視線が、静流の方へと向く。
静流の演じるユキノエは、直接戦いに参加することはないが、祈りの舞を捧げる重要な役割を持っている。彼女の舞は物語の象徴的な場面として描かれ、ユキノエの想いが結城演じるカムチャへと届くシーンの一つでもある。
「静流ちゃん、ちゃんと踊れる?」
「……うん。今、練習してるよ」
静流は穏やかに微笑むが、その手は少しだけ緊張しているように見えた。
「静流ちゃんの舞って、静かで綺麗なイメージだから、きっと映えると思うな」
「男子たちの戦いが激しい分、ウチらの動きは流れるように見せたいよね」
「うん。櫻ちゃんは力強く、静流ちゃんは優雅に。それがバランスになってる感じ」
それぞれの役割があり、それぞれの想いを舞台に乗せる。男子たちの殺陣とは違う、女子たちならではのアクション。
「よーし、じゃあウチらも気合い入れて練習しなきゃね!」
「うん! 静流ちゃん、一緒に頑張ろう!」
「うん……頑張ろうね」
静流は静かに頷きながらも、その瞳にはしっかりとした意志が宿っていた。
演劇の本番に向けて、静流と櫻の練習も本格的になってきた。男子たちの殺陣とは違い、二人の動きは舞や演武のような流麗なものだった。
★浴衣で舞う静流、同じく浴衣で演舞する櫻
静流は衣装と似た感覚を得られるように浴衣を身にまとい、袖を広げながらゆっくりと舞う。
白に薄く水色が入った髪が揺れ、星形のピアスが光を反射する。静流の役であるユキノエは、戦いを直接するわけではないが、その舞には祈りと願いが込められていた。
「静流ちゃん、なまら綺麗だよ」
櫻が言いながら、同じく浴衣姿で棒を手に取る。彼女が演じるアイノは、祈りだけではなく、戦いにも加わる役。櫻は棒を振りながら軽く足を踏み出し、力強く構えた。
「しずるちゃんの舞は、カムチャとユキノエの愛を象徴するんだよね。ボクは……まぁ、思いっきり戦う方だべさ!」
静流は柔らかく微笑みながら、再び舞い始める。静かに、けれど確かな想いを込めて。
櫻の演武と、静流の舞。対照的な二人の動きが、まるで月と太陽のように調和しながら重なり合う。
「静流ちゃん、ボクの動き、ちゃんと合ってるかな?」
「うん。櫻ちゃんの動き、力強くて素敵だよ。私の舞と合わさると、きっともっと綺麗に見えるよ」
「よーし! もっとかっこよく決めるべさ!」
演劇の舞台で、男子たちの激しい戦いを支えるのは、静流と櫻の舞だった。二人は互いを確認しながら、浴衣姿で練習を続ける。
夕暮れの道場の窓から差し込む光が、二人の浴衣の柄を淡く浮かび上がらせていた。
男子たちは殺陣の稽古を終え、道場の隅で水を飲みながら休憩していた。
結城、酉城、猪俣、大崎の四人は、息を整えつつも女子たちの練習風景を眺めていた。
「静流と櫻、なまら真剣だな」
結城がぽつりと呟くと、酉城がニヤリと笑う。
「まぁな。あいつらもウチらに負けないくらい気合入ってるべさ」
道場の中央では、静流が優雅に舞い、櫻が力強く棒を振るっている。
二人とも浴衣姿。けれど、男子たちの視線は自然とある一点に集中していた。
「……なぁ、あいつら」
猪俣がゴクリと喉を鳴らしながら言う。
「裾、短くねぇ?」
そう、二人が着ているのは動きやすいように調整された浴衣。通常の浴衣よりも短めに仕立てられている。
さらに、舞や演武の動きによって、ひらりひらりと布が翻り……
「いやいや、これは……その……ありがたい……いや、違う!」
猪俣が自分で何を言いたいのか分からなくなりながら、慌てて目を逸らす。
「……こら、お前ら」
結城が咳払いをするも、顔は赤い。
「仕方ないべさ、男ってのはそういうもんだ」
酉城が開き直ったように肩をすくめる。
その時だった。
バッ!!
「……なぁんか、視線が痛いんだけど?」
いつの間にか気づいたのか、櫻がこちらを睨んでいた。
棒を持ったまま、獲物を狩るかのような視線で。
「……ごめんなさい」
男子一同、即座に正座。
「まぁ、ボクはそこまで気にしないけど……」
櫻がちらりと静流を見た。
「しずるちゃん、結構恥ずかしいんじゃない?」
「……っ!!」
静流は急に顔を赤くし、浴衣の裾を押さえながら、そっと結城を睨んだ。
「結城……見てた?」
「俺!? いやいや、俺は……!」
「……ふぅん」
静流がじとっとした視線を送る。
結城は冷や汗をかきながら、他の男子をチラリと見る。
(おい、誰か助けろ!)
けれど、酉城も猪俣も大崎も、静流のプレッシャーを察して目を逸らすばかり。
「……全員、あとで説教な」
櫻のその一言で、男子たちのささやかな幸運は、ほんの数秒で終わりを迎えたのだった。
男子たちは震える手で正座を続けていた。
櫻の視線は鋭く、静流の視線は冷ややか。
何より問題なのは――彼女たちが、何に気づいていないのか。
「なぁ……お前ら、落ち着いて聞いてくれ」
結城が恐る恐る口を開く。
「……何?」
静流がじっと結城を見つめる。
「えっと……その……」
酉城、猪俣、大崎が「言え!」と視線で圧をかける中、結城は覚悟を決めた。
「お前ら……下履き忘れてる!!」
沈黙。
次の瞬間――
「「……え?」」
櫻と静流が同時に声を上げた。
二人が改めて自分の浴衣姿を見下ろし、ようやく気づく。
確かに、動きやすくするために丈を短くしてはいた。
けれど、本来ならば下に履くはずの襦袢やスパッツを――すっかり忘れていた。
「――――っ!!?」
静流の顔が真っ赤に染まり、櫻の動きが一瞬フリーズする。
そして――
「きゃあああああああっ!!!」
「バカバカバカ! なんで早く言わないの!!」
悲鳴と怒号が響き渡り、二人は浴衣の裾を押さえてその場にしゃがみ込む。
「お前らが睨んできたから言いづらかったんだろーが!!」
男子たちが総崩れになりながら叫ぶも、すでに時は遅し。
ドゴォォォォン!!
櫻の棒が男子たちに振り下ろされ、静流の冷たい視線が心を抉る。
その日の演劇練習は、男子陣の無残な悲鳴とともに幕を閉じたのだった――。




