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夢を凧のように空に放ったら……

 ★ 町中を歩く

 放課後、結城は静流と櫻に引っ張られてた。

 余市の町中を案内されてるらしい。

 足を進めるたび、彼の目が少しずつ丸くなった。

 車通りが多い。

 建物も密集してる。

 東京みたいなギチギチさはないけれど。

 結城が想像してた田舎――数キロごとにポツポツ建物があるだけ――とは全然違う。

 子供の頃の記憶とも、明確に違ってた。


「……へぇ、意外と賑わってるんだな」


 結城がポツリと漏らす。

 隣で歩く静流が、静かに返した。


「……結局、利便性の良い場所に人が集まるのは既定路線みたいなものだよ」


 櫻が勢いよく割り込んできた。


「ねぇ、この国道5号は札幌から倶知安通って……函館まで続くんだよぉ!何気に主要道路だべさ!」

「ニセコ辺りは外人さん多いし、行ったらびっくりするべさ!」


 結城は「へぇ」とだけ返した。


 ★ 美少女二人とセコマへ

 櫻がグイグイ腕を引っ張ってきた。


「でさ、宇宙記念館の近くが、ニッカウヰスキーだよぉ!」

「ちょっと歩いたら、モイレの海水浴場だよねぇ! ボクたちの思い出の場所!」


 結城をあちこち連れまわそうとする。

 静流は隣で、要所で説明を入れてくる。


「国道沿いは物流も観光もあるから、人が動くんだよ」


 櫻がニコニコ指差した。


「ねぇ、しずるちゃん、セコマでジュースでも買ってくべさ!」


 結城が首をかしげる。


「セコマって何だよ……コンビニか?」


 櫻が思い出したように言った。


「セコマはセコマ……って、あ、そか、内地にはないべねぇ」

「北海道のローカルコンビニだよ、道民としては、セブンより身近なの」


 静流が静かに補足した。

 結城の中で記憶がチラつく。


「そういや、関東にも1件だけ北海道のコンビニがあるって聞いたな……」


 でも、別の疑問が浮かんだ。


「な、内地? ……というか、藤原、たまに出てくる語尾はなんなんだ?」


 櫻がニヤッと笑った。


「意識してるけどさ、どうしても北海道弁出ちゃうから、そこはしかたないべさ、ゆーきには分かんないかもしれんけど、これがボクの味だよぉ!」


 そんな話をしながら、店に入った。


 ★ ガラナと気づき

 セコマの中、櫻が棚から何か取ってきた。

 他のいくつかの商品と一緒に購入して、近くの適当な場所で袋を開く。


「ゆーき、これ飲んでみてねぇ! ガラナだべさ!」


 謎の炭酸飲料を渡される。

 結城は渋々飲んだ。


「……ん、若干美味いな、これ」


 意外と悪くない味に、少し驚いた。

 櫻が目を輝かせた。


「だろぉ? ガラナは北海道の味だよぉ、内地じゃ珍しいべさ!」


 結城が「へぇ」と返すと、「もっと飲んでみてねぇ!」と絡んできた。

 反対側から「結城……」と呼ぶ声。

 振り返ると、静流が「あ~ん」とフライドチキンを差し出していた。

 タイミングがあまりにも完璧で、結城はそれを自然と口に含む。

 塩のうまみと、鶏肉の甘みが口いっぱいに広がった。


「……うま塩は、至高」


 笑いながら、静流がノートを閉じた。


「夢を凧みたいに空に放ったら、何を連れてくるか分からないよね」


 静かな声で、結城を見上げる。


「星も、リンゴ畑も、こうやって変わっていく町も。結城がここにいるのも、そういう流れなのかも」


 結城は「は?」って顔をした。


「何だよ、それ。詩人かよ」


 内心で突っ込むけど、どこか引っかかる。

 櫻が「しずるちゃん、かっこいいべさ~!」と手を叩いた。

 帰宅して、風呂に入ってた。

 湯船でガラナの味を思い出しながら、ふと気づいた。


「……あれ、デートじゃね?」


 櫻のグイグイくる腕と、静流の静かな視線。

 二人の美少女に連れられてた今日を思い返して、結城は顔を赤くした。


 ★別の日、 モイレ海水浴場

 モイレ海水浴場に着いた。

 まだ季節じゃない。

 砂浜が無為に続いてるだけだ。

 結城は道路から右手の堤防を見た。

 なんとなく覚えがある。

 海の臭いが鼻をくすぐった。

 子供の頃はワクワクした匂いだ。

 でも、今は違う。

 淀んだ水と、生物の死骸が腐った臭いだって知ってる。

 内心、複雑だった。

 三人で、言葉少なに歩いた。

 堤防の近くへ向かう。

 半ば砂浜、半ば岩場って感じの場所だ。


 ★ 二人との再会

 櫻と静流が同時に前に出た。

 結城を見て、振り返る。


「お久しぶりだね、ゆーき!」


 櫻が明るく叫んだ。


「私たちの事、思い出してくれてありがとう……」


 静流が静かに呟いた。

 二人分の白い髪。

 微妙に違う髪色。

 明確に違う瞳の色。

 まるで双子みたいだ。

 でも、明らかに違う二人の女の子。

 制服姿で微笑む二人。

 子供の頃の姿が重なった。

 ビーチバレーのボールを持ち上げて笑うさくら。

 ノートを大切そうに持って、白い帽子をかぶり直すしずる。

 その姿が、今の櫻と静流にピタリと重なる。


 ★ あの頃と葛藤

 何も考えず、楽しい事を楽しいって言えたあの頃。

 それは確かに存在してた。

 まるで、ここで結城を待ってたみたいに。


「静流、櫻……」


 結城は自然と名前で呼んだ。

 さっきまで、藤原、水鏡って名字だったのに。


「……」


 喉元まで出かけた言葉。

「久しぶり」「また、会えた」。

 それを、意志の力で呑み込んだ。

 頭の中で、「それだけは言うな」って意識が叫んでた。

 なんでそう思ったか。

 結城はふと自分に疑問を投げた。

 すぐ答えが出た。

「こんな田舎には居たくない、いられない」

 その思いが、あまりにも強すぎた。

 田舎の文化が、分からない。

 農業に価値を見出す櫻や酉城。

 自然と絆を愛する両親や静流。

 それが、結城には重荷だ。

 東京の便利さ、自由さ、効率。

 それが彼のアイデンティティだった。

 田舎のスローライフやコミュニティは、遅れた過去でしかない。

 懐かしさは確かにあった。

 あの夏の楽しさが、ここに残ってた。

 でも、その軽さじゃ拒絶を覆せない。

 二人の言葉に答えるのは、自分を裏切ること。

 都会の自分を捨てて、田舎の価値を受け入れるなんて。

 その恐怖が、結城を縛っていた。

 懐かしさで覆すには、重すぎる。

 都市部で生まれ育った若者として極めて当然な、忌憚のない意見だ。

 二人の言葉に答える事は、その自分を裏切ること。

 結城にとって、それは自己の崩壊を意味するほど重い事だった。

 櫻がニコッと笑った。


「ゆーき、なんかしんみりしてるべさ!」


 静流が小さく頷いた。


「ここでまた会えた。それでいいよね」


 結城は目をそらした。


「……まぁ、な」


 そっけなく返す。

 でも、心は揺れてた。

 あの夏がここにある。

 だけど、この田舎を受け入れるなんて、まだ無理だ。

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