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結城の迷い

 ★自室での静かな時間

 始業式後の騒がしい一日が終わり、静流は自室に戻っていた。机の上には大崎が配った台本『木の下の誓い』が置かれ、彼女はその隣にノートを開く。白に薄く水色の髪が肩に落ち、薄い水色のワンピースが部屋の柔らかな明かりに映える。窓の外からは、秋の気配を感じる涼しい風が流れ込み、遠くに星が見える。

 静流がペンを手に持つと、ノートにゆっくり書き始める。台本を読んで感じた想いを、言葉にしてみたかった。


 ★静流のノート:台本を読んで思う事

 9月2日

 今日、大崎さんが学校祭の演劇の台本を配ってくれた。『木の下の誓い』ってタイトルで、私がユキノエ、結城がカムチャ、櫻ちゃんがアイノの役。読んでて、なんぼかドキドキしたよ。

 ユキノエは赤井川のコタンの娘で、カムチャと愛し合ってる。戦いで会えなくなっても、木の下で密かに会って、愛を守ろうとする子。私、ユキノエの気持ちが分かる気がする。夏休みに結城とプラネタリウムに行って、手を握った時、私も結城に近づきたいって思ったから。ユキノエみたいに、結城と逃げるなんて、なんぼか夢みたいだよ。

 でも、櫻ちゃんのアイノが絡んでくる。アイノはカムチャを想ってて、私に嫉妬して、全部暴露しちゃう。櫻ちゃんの勢いがアイノにぴったりで、読んでて胸が締め付けられた。夏休みに櫻ちゃんの水族館の話を聞いて、私もちょっと嫉妬したことあったから、アイノの気持ちも分かるよ。櫻ちゃんの元気は、結城を引っ張る力がある。アイノみたいに強い想いが、結城に届くのかなって思うと、なんぼか怖い。

 クライマックスが一番びっくりした。大崎さんが「結城が選ぶ」って言ってて、カムチャが私か櫻ちゃんか、どっちを連れて逃げるか決めるんだって。結城が私を選んでくれるかな……でも、櫻ちゃんを選んだら、私、ユキノエとしてどうなるんだろう。木の下で命を絶つなんて、悲しすぎるよ。結城に選ばれなくても、櫻ちゃんと結城が幸せなら、私も嬉しいって思うけど、やっぱり心が揺れる。

 台本読んでて、夏休みのことが頭に浮かんだよ。結城と星見て、パフェ食べて、櫻ちゃんの楽しさを聞いて……三人で海辺にいた時、結城が「どっちも大事」って言ってくれた。あの言葉、信じたいな。大崎さんの言う「選択」は、演劇の中だけじゃなくて、私たちの気持ちも試してる気がする。

 ユキノエを演じるなら、結城に私の愛をちゃんと届けたい。櫻ちゃんのアイノが強くても、私だって負けないよ。穏やかだけど、強い気持ちで結城と向き合いたい。演劇で、なんぼか結城に近づけたらいいな。櫻ちゃんと競うのは怖いけど、三人で最高の舞台にしようねって、今日約束したから。

 窓の外の星を見て、願ったよ。結城が私を選んでくれるか、櫻ちゃんを選ぶか分からないけど、三人の絆が残りますようにって。なんぼか幸せな気持ちで、稽古に臨みたい。

 静流がペンを置き、ノートを閉じる。台本を手に持つと、ユキノエの悲劇的な愛に自分の想いを重ね、穏やかな決意が心に広がる。

 静流が窓の外の星を見上げると、夏休みのプラネタリウムでの結城の手の温もりが蘇る。櫻の勢いと自分の穏やかさが、演劇でぶつかり合う。でも、ノートに書いたように、彼女は競争心を友情で包み、結城への想いを強く持つ。

「結城が選ぶなら、私、ユキノエとして全力で愛を届けるよ。櫻ちゃんのアイノにも、負けない気持ちで」

 静流が小さく呟くと、白に薄く水色の髪が風に揺れ、星空に溶ける。演劇は彼女にとって、夏休みの続きであり、新たな挑戦だった。


 ★結城の迷い


 学校祭に向けて演劇の練習が続く中、結城の中の不安は大きくなっていった。それはまるで、一度安定しかけた観測点が再び不安定になったかのように、彼の心をかき乱す。


「……俺がいる事が、二人を傷つけ続けている?」


 ふと、そんな思考が頭をよぎった。それは決して揺るがない、唯一絶対の真理であるかのように、結城の心を支配し始める。


 一つの式の右辺と左辺は常に等しい。それを言い換えれば――地球と月の関係のように、櫻と静流の関係も本来は安定しているべきだった。だが、自分がそこに介在することで、均衡が崩れてしまうのではないか。


 逃げまいとすればするほど、追いつめられ、切りつけられる。結城には責任がある。二人の少女に、十年前の思い出から始まる恋の火を燃え上がらせた、その責任が。


 ――しかし、それは本当に彼だけの責任だろうか?


「……わり、今日、ちょっと帰らせてくれ」


 演劇の練習中、ふと動きが止まった結城に、櫻が不安そうに声をかける。


「え?」


「どうした、結城……ちょっと、顔色も悪いな……」


 酉城が軽く結城の様子を観察する。


「……まぁ、無理すんなよ。幸い時間はあるし、少し休んでも取り返しはつくべ」


 だが、休むことで彼の思考はさらに深みにはまっていく。思考のブラックホール、暗く冷たい方程式の解。


 結城という不確定な変数が排除されれば、櫻と静流という定数は再び安定した数式となる。二つの惑星は軌道を取り戻し、二重連星の接触はなくなる。


 日野結城という人間さえいなければ。


 つまるところ、諸々の不安定の原因はお前だ。

 そんな、目に見えず、誰にも存在を知られない誰かの声が聞こえてきた気がした。


 お前さえいなければ、何も問題はなかった。

 お前さえいなければ、誰もが幸せでいられた。


「……おまえが、きえろ」


 それが唯一絶対の正解であり、真理だと――結城は思い込んでしまう。


 ★櫻と静流の決意


 翌日、結城は学校に来なかった。


「結局……今日来なかったね、ゆーき」

「うん……」


 昨夜からのメッセージにも既読すらつかず、電話にも応答はない。


「……大丈夫かな」

「ちょっとした風邪とかなら、私たちが間抜けって話で済むけど」


 ここ数日の、結城の思い悩んだ表情が二人の脳裏に浮かぶ。


 ★櫻の想い


 櫻は、自他ともに認める「太陽のような娘」だ。自分の明るさが底抜けであり、やや抜けた所は否定しないが、それだって愛嬌で済む程度だと自分では思っている。


(ゆーき、ずっと悩んでるんだよね、多分、ボクらの事で)


 それを思うと胸が締め付けられた。最も苦しめたくない人を苦しめてしまっている。


 太陽は温かさと、眩しさの象徴だ。同時に干ばつや極限の熱さをも象徴する。それ以上に、太陽は遥か古代……それこそ、人が言葉を持つ以前から、日の昇る場所を示してきた。


(いいよ、ゆーきが道を見失ってるなら、ボクが照らし出す。しずるちゃんが導いてくれる。だから、ゆーき……)


「ボクは、逃がさないから」


 不安も、心配も、太陽の熱の前に焼き尽くされる。櫻は、結城の太陽になろうと、その時に決めた。


 ★静流の想い


 櫻の想いが熱と光を持って切り開こうとするものなら、静流の想いは導くことだった。


(結城……)


 ほんの少しだけ、ぐっと拳を握って弱音を飲み込む。


(あの時、あなたが、ノートを抱えて泣いているだけの女の子に、未来をくれた。空には星が瞬いていることを教えてくれた)


 今、結城はきっと暗い中で、俯いて、空には星が瞬いている事すら忘れてしまっている。そう思い、少しだけ泣きそうな気持ちを、頭を振って追い出す。


(足元も判らないくらい暗い場所にいても、櫻ちゃんが照らし出してくれる。深宇宙の奥底で、トランスポーターの信号も失って、完全に自分の居る場所すら判らなくなっても、私が必ず、見つけ出すから)


(だから、結城)


「今度は私たちが、あなたを引っ張り上げる」

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