表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/74

楽しむ事を忘れないで

 ★ 楽しむ事を忘れちゃだめだよ~先輩の助言~

 結城は白い半袖シャツとグレーのチノパンを着て、家を出た。札幌での静流とのプラネタリウムデートを控え、彼の足取りは少し早い。夏休みの間に、自分と櫻、静流の関係を見直さなきゃいけない――その気持ちが、結城に気づかないうちに焦りを強いてた。


「観測点を固定するって決めたけど……夏休みの終わりまで、あとどれくらいだ?」


 ノートに書いた分析、櫻の赤方偏移、静流の青方偏移、心理学的視点。頭の中がぐるぐると回り、デートに向かうというより、まるで試験会場に向かうような気分だった。

 余市の駅へ向かう途中、ふと見慣れた姿が目に留まる。西行寺先輩だ。長い黒髪を揺らし、軽い夏用のワンピースを着た彼女が、リンゴ畑の脇の道を歩いていた。結城が「おっ」と小さく声を上げると、先輩が気づいて振り返る。


「あら、結城君。どこかお出かけ?」


 西行寺が穏やかに笑う。結城が少し照れながら答える。


「うす、札幌に……静流とプラネタリウム見に行くんです」


 彼女が目を細めて近づいてくる。


「ふぅん、デートね。櫻ちゃんの水族館に続いて、静流ちゃんともか。忙しいねぇ」


 その言葉に、結城の顔が一瞬固まる。西行寺が「冗談よ」と笑いながら、結城の表情をじっと見つめる。


「でも、結城君。ちょっと顔が硬いよ。何か考えすぎてない?」


 結城が「え?」と目を丸くする。確かに、櫻と静流の間で揺れる気持ちを整理しようと、ずっと頭を働かせていた。西行寺が優しく続ける。


「夏休みの間に、自分と櫻ちゃん、静流ちゃんの関係を見直したいんだろうけど……何よりも楽しむ事を忘れちゃだめだよ。今から君が行くのはデートであって試験じゃないんだから」


 結城が一瞬黙り込む。西行寺の言葉が、胸に刺さる。確かに、観測点を固定しよう、愛情か欲望か決めようと焦りすぎて、デートそのものを楽しむ気持ちが薄れていたかもしれない。


「楽しむ事、か……」


 結城が呟くと、西行寺が頷く。


「そう。櫻ちゃんの明るさも、静流ちゃんの優しさも、君が楽しんでなきゃ意味ないよ。焦って答え出そうとしなくても、時間はまだあるんだからさ」


 結城が小さく笑う。


「先輩、なんか分かってるみたいですね。酉城から何か聞いてるんですか?」


 西行寺が「ふふっ」と笑って首を振る。


「ん~ん、な~んにも。でも、君の顔見れば分かるよ。昔のアイツみたいに、悩みすぎてる顔してるから」


 結城が「なるほど」と頷く。西行寺が手を振って続ける。


「ほら、電車遅れちゃうよ。静流ちゃん待たせないで、楽しんできなさいね」

「はい、ありがとうございます」


 結城が軽く頭を下げ、駅へと歩き出す。西行寺の助言が頭に残り、彼の足取りが少し軽くなった。


「楽しむ事か……確かに、静流と星見るの楽しみだな。焦るのは一旦置いといて、今日は静流と向き合うか」


 夏の陽光がリンゴ畑を照らす中、結城は西行寺先輩の言葉を胸に、札幌へのデートに向かう準備を整えていた。


 小樽駅での待ち合わせ

 結城は余市から小樽駅に到着し、改札を出たところで静流を待っていた。白い半袖シャツとグレーのチノパンが夏の陽光に映え、彼の手にはスマホが握られている。西行寺先輩の「楽しむ事を忘れちゃだめだよ」という言葉が頭に残り、焦りが少し和らいでいた。

 そこへ、静流が改札から出てくる。薄い水色のサマードレスがふわりと揺れ、白いカーディガンが肩に軽くかかっている。白に薄く水色が入った髪が風に流れ、小さな星形のピアスが耳元で輝く。結城が「おっ」と小さく声を上げると、静流が穏やかに笑う。


「結城、お待たせ。電車、ちょうど良かったよ」


 結城が笑顔で返す。


「いや、俺も今着いたばっかだ。お前、その服……星っぽくて良いな」


 静流が少し照れてドレスの裾を軽く握る。


「うん、なんぼか星に寄せてみたよ。結城に似合うって思ってくれると嬉しいな」


 二人は札幌行きの電車に乗り込むため、ホームへと向かった。結城が静流のファッションを見ながら思う。


「やっぱ静流らしいな……櫻の勢いとは違う、落ち着く感じ」


 札幌までの道行き

 小樽駅で電車を乗り換え、二人は札幌駅まで約40分の電車に揺られる。車内は夏休みの観光客で少し混み合っていたが、運良く隣の席を確保できた。窓の外を流れる海と街並みが、朝の光に照らされている。

 結城が静流の横に座り、何か話そうかと考える。「観測点を固定する」とか「櫻とのデートと比べて」とか、頭の中で分析が始まりそうになる。でも、ふと西行寺先輩の言葉が蘇る――「デートは楽しむものだ」。


「そうだ、楽しむのが先だよな」


 結城の中で何かがふっと軽くなり、彼が静流に目を向ける。静流はそんな結城をじっと見て、ニコニコしている。白いカーディガンの袖が少しずり落ち、彼女の穏やかな雰囲気が際立つ。


「なぁ、静流」


 結城が自然に口を開く。


「ん、なぁに?」


 静流が首をかしげて返す。


「俺さ、今日、静流とプラネタリウム見に行くの、すごく楽しみなんだ」


 結城が素直に言う。櫻とのデートでも楽しかったけど、静流との時間はまた違う意味で心待ちにしていた。

 静流が不意を打たれたように目を丸くし、頬がぽっと赤くなる。


「そ、そう、だね……私も、楽しみ……だよ」


 普段は落ち着いている彼女が、結城のストレートな言葉に動揺を隠せない。ドレスの裾を握る手が少し強くなり、静流が小さく笑う。


「結城がそう言ってくれると、なんぼか嬉しいな」


 結城が「そっか」と笑い、窓の外に目をやる。


「櫻と水族館行った時も楽しかったけど、静流と星見るのもいいなって。なんか、お前と一緒だと落ち着くんだよな」


 静流の名前を出した櫻に一瞬だけ心が揺れるが、今日は静流との時間を楽しむと決めた。

 静流が結城の横顔を見ながら呟く。


「櫻ちゃんの楽しさも、結城には大事だよね。私も、結城と一緒にいると安心するよ」


 彼女の声は穏やかだけど、櫻への友情と競争心が微かに混じる。

 電車が札幌に近づくにつれ、二人の会話は自然に弾んだ。プラネタリウムのプログラムや好きな星座の話で盛り上がり、結城の焦りが薄れていく。静流の笑顔が、結城の心に青い穏やかさを広げていた。


 電車から地下鉄、新札幌へ

 札幌駅に到着した結城と静流は、地下鉄東西線に乗り換えた。新札幌駅までの約15分、車内は朝の通勤客が減った時間帯で静かだ。静流が窓の外を見ながら言う。


「結城、新札幌の青少年科学館、プラネタリウムがすごいんだよ。宇宙記念館のデジタルより大きいって」


 結城が頷く。


「へぇ、そうなのか。静流が言うなら期待できるな」


 彼女の薄い水色のサマードレスが地下鉄の明かりに映え、結城は「星っぽい服、ほんと似合ってるな」と内心で思う。

 新札幌駅に着き、二人は青少年科学館へ向かう。夏の陽光が照りつける中、静流の白いカーディガンが軽く揺れ、結城の白いシャツが汗で少し張り付く。館内に入ると、涼しい空気が二人を迎えた。

 プラネタリウムでのひととき

 チケットを購入し、結城と静流はプラネタリウムの巨大なドームに入場する。宇宙記念館よりも規模が大きいその空間は、座席が半円形に広がり、天井がまるで本物の空のようだ。二人は隣り合った席に座り、上映が始まるのを待つ。

 静流がずっと楽しみそうな様子で、目を輝かせて周りを見回す。


「結城、ここ、すごいね。星がどんな風に見えるか楽しみだよ」


 彼女の声にワクワクが混じり、白に薄く水色の髪が座席に柔らかく落ちる。結城が笑う。


「お前、ほんと星好きだな。俺も楽しみになってきたよ」


 西行寺先輩の「楽しむ事を忘れちゃだめだよ」が頭に響き、結城は肩の力を抜いて静流との時間を味わおうと意識する。

 上映が始まると、ドーム全体が暗くなり、人工の星空が広がった。ナレーションが流れる中、無数の星が点滅し、銀河がゆっくり回転する。静流がきらきらとした目で天井を見上げる。


「わぁ……結城、見てみて。オリオン座、すごく綺麗だよ」


 彼女の声が小さく響き、結城もその可愛らしさに目を細める。

「確かに綺麗だな」と思いながら、結城も音声に合わせて星を見上げる。櫻との水族館とは違う、静かな美しさが心に染みる。ノートに書いた「青方偏移」が現実になったような感覚だ。


 手を握る瞬間

 星空が流れ、ナレーションが惑星の解説に移る中、結城はふと左手に温かい感触を感じた。隣の席の静流の手が、いつの間にか結城の手をそっと握っている。彼女は素知らぬ顔で星空を見上げているが、頬が僅かに赤く染まっているのが暗闇でも分かる。


「お、おい……静流?」


 結城が内心で驚く。普段は控えめな静流が、自分から手を握ってくるなんて予想外だ。櫻の勢いとは違う、静かな大胆さに心がドキッとする。

 でも、結城はその頬の赤さに気づかないふりをする。代わりに、少しだけ優しく手を握り返した。静流の手が一瞬震え、彼女が小さく息を吐くのが聞こえる。


「結城……あったかいね」


 静流が囁くように呟くが、声は星空に紛れてほとんど聞こえない。

 結城が内心で笑う。


「可愛いな、静流……俺も、なんか嬉しいよ」


 櫻とのデートで感じた「守りたい」気持ちが、静流には「寄り添いたい」に変わる気がした。観測点が少し固定されたような安心感が、結城の心に広がる。

 プラネタリウムの星空が二人を包み、手を握ったまま上映が続く。静流の頬の赤さと結城の優しい握り返しが、言葉のない絆を静かに紡いでいた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ