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理解した情けなさとデートの誘い

 ★ 理解した自分の情けなさとデートの誘い

 結城はノートを閉じ、机に突っ伏した。櫻と静流への想いを天文学と心理学で分解し尽くした結果、頭に響いたのはたった一言。


「……だせぇ」


 完全に理解した。自分の情けなさの原因は、二人の間でフラフラしていたことだ。櫻の衝動的な魅力に引っ張られ、静流の両価感情に揺さぶられ、選択のパラドックスに囚われて観測点を動かし続けたのは、他でもない自分自身。


「俺がブレなきゃ、こんなぐちゃぐちゃにならなかったんだよな……超だせぇ」


 がっくり来なかったと言えば嘘になる。櫻の「ゆーきが大好きだから!」、静流の「あなたを愛してる」にふさわしい答えを出せない自分が、情けなくて仕方なかった。でも、同時に結論にたどり着けた。


「ここを何とかしなきゃ、そもそも答えなんか出ねぇ」


 観測点を固定するには、まず自分のブレを止めなきゃいけない。櫻と静流にちゃんと向き合うには、フラフラしてる自分を何とかするしかない。結城が顔を上げ、ため息をつく。


「最低だとか思ってる暇があったら、動けよ、俺……」


 その時、机の上のスマホが振動した。画面に表示されたのは櫻からのメッセージ。


「ねぇ、ゆーき、一緒に遊びにいこーよ! おたる水族館なんかどうかな? きっと楽しいべさ!」


 結城が目を丸くする。おたる水族館――小樽にある大きな水族館で、夏休みのデートスポットとしては定番だ。櫻らしい勢いのある誘いに、彼の心が一瞬熱くなる。


「櫻らしいな……いきなりデートかよ」


 ノートに書いた「櫻:衝動性と認知バイアス」が頭をよぎる。即時報酬バイアス――目の前の楽しさに飛びつきたくなる気持ちが湧いてくる。でも、今度はそれを抑えて考える。


「観測点を固定するチャンスじゃねぇか……櫻と向き合って、俺の気持ちをちゃんと測ってみるのもありだ」


 結城がスマホを手に持つ。櫻の赤方偏移が近づいてくるのを感じながら、彼は返信を打ち始める。


「おたる水族館、いいね。いつにする?」


 送信ボタンを押した瞬間、胸がドキッとする。櫻とのデートが決まったことで、静流への想いが少し揺れるのを感じた。選択のパラドックスがまた顔を覗かせる。でも、結城は首を振る。


「だせぇのはもう終わりだ。櫻と遊んで、ちゃんと向き合って、それから静流とも向き合う。観測点を固定する第一歩だろ」


 窓の外の月がリンゴ畑を照らす中、結城は自分の情けなさを認めつつ、櫻からの誘いをきっかけに動き出す決意を固めていた。おたる水族館でのデートが、彼の答えに近づく一歩になるかもしれない。


 ★ デートの日の朝 櫻の不安

 デートの日の朝、櫻は小樽駅の入り口で結城を待っていた。駅前は夏休みの観光客で賑わい、札幌や旭川、内地から来た人々が目の前を次々と通り過ぎていく。白に薄い桜色が混じる髪を軽く整えながら、櫻はひっそりと内心でため息をつく。


「なまら人が多いべさ……」


 自分の見た目が小学生に間違えられるほど小柄なのは、仕方ない。遺伝子を恨むしかないと分かっていても、内心納得いかない部分はある。それに引きずられて、服装や小物も可愛らしさ中心になるのも、櫻としてはちょっと不満だった。今日だって、淡い緑色のワンピーススカートと小さな花の髪飾り――自分では「大人っぽくしたい」と思っても、自然と「可愛い」に寄ってしまう。


「あ~、だめだべ、折角のデートなんだから、楽しまなきゃ!」


 櫻が自分を奮い立たせる。結城と二人で遊べるなんて、夏休みの中でも特別な日だ。不安なんか吹き飛ばして、楽しむしかない。

 スマホを取り出し、メッセージを確認する。先ほど静流に「ゆーきと水族館行くべさ!」と送ったら、「楽しんできてね」と返事が来ていた。櫻が笑顔の絵文字を返信し、スマホをポケットにしまう。ワンピーススカートがふわりと揺れ、彼女の気持ちも少し軽くなった。


「しずるちゃん、心配なくらい優しいべさ……でも、ボクだって負けないよ!」


 静流への友情と競争心が混じる中、櫻は結城とのデートに全力を注ぐつもりだった。

 すると、後ろから聞き慣れた声がした。


「よぅ、そこのお嬢さん」


 今一番聞きたい声と同時に、軽く頭を撫でられるくすぐったさに、櫻は思わず「うにゃ」とよく分からない声を上げた。振り返ると、そこに結城が立っていた。


「ゆ、ゆーき! 声かけるだけでいいべさ!」


 櫻が慌てて言う。時間をかけてセットした髪を崩されるのは癪に障るけど、結城の笑顔を見ると怒る気も失せる。彼女が頬を少し膨らませて睨むと、結城が苦笑する。


「わり、櫻。つい癖でさ。お前、可愛いなって思って」


 櫻の顔が一瞬赤くなる。


「なん、なに急に言うべさ! ボク、びっくりしたんだから!」


 内心、不安が少し溶けた。結城が自分を見て「可愛い」と言ってくれたのが、素直に嬉しかった。


「ほら、行くぞ。おたる水族館、楽しみにしてたんだろ?」


 結城が駅の方へ歩き出す。櫻が慌てて隣に並び、小さく笑う。


「うん、なまら楽しみだべさ! ゆーきと一緒なら、もっと楽しいべ!」


 小樽駅の喧騒の中、櫻の不安は結城の声と笑顔に押し流され、デートへの期待に変わっていた。ワンピーススカートが風に揺れ、白に薄い桜色の髪が朝陽に輝く。彼女にとって、今日が結城との距離を縮めるチャンスになるかもしれない。


 ★ 水族館の二人

 小樽駅から路線バスに揺られて30分、結城と櫻はおたる水族館に到着した。やる気のないペンギンショーや、いつの間にか野生のアザラシが混じっているアザラシプールで何かと知名度の高いデートスポットだ。夏休みとあって、家族連れやカップルで賑わっている。そんな場所に、互いに意識している男女が連れ立って来れば、やはり本人たちも相応に状況を意識する。

 結城がチケットを手に持つ間、櫻が目を輝かせて周りを見回す。淡い緑色のワンピーススカートがふわりと揺れ、白に薄い桜色の髪が陽光に映える。


「おー、ゆーき、ふれあい水槽あるべさ!」


 櫻が展示案内を見て興奮気味に言う。

 結城が苦笑しながら返す。


「てーか、この間海行ってさんざん触り倒してきただろ」


 櫻が頬を膨らませて反論する。


「こー言う所で触れるのは別物だよ~、岩場で獲れるのと全然違うんだから!」


 彼女の勢いに押され、結城も「まぁ、そういうもんか」と頷く。

 二人はふれあい水槽へ向かい、大きなヒトデやナマコに触れるコーナーで少し時間を過ごした。櫻がヒトデを手に持って「なんぼか気持ちいいべさ!」と笑うと、結城もつられて笑う。


「お前、ほんと楽しそうだな」


 櫻が満足そうにヒトデを水に戻し、二人は水族館の展示を回ることにした。


 クラゲの展示では、櫻が幻想的な光に目を奪われる。


「ゆーき、これ見てみて! なんぼか綺麗だべさ!」


 結城が隣で頷く。


「確かに綺麗だな……静流が好きそうな雰囲気だ」


 一瞬、静流の名前を出したことに自分で気づき、櫻の反応をちらっと窺う。

 櫻が少しだけ目を細めるが、すぐに笑顔に戻る。


「しずるちゃん、天文よりこっちの方が好きかもね! ボクはゆーきと一緒ならどっちでもいいべさ!」


 彼女の明るさに、結城の胸が軽く締め付けられる。櫻が意識的に静流を話題に出さないようにしてるのが分かった。

 熱帯の魚エリアには、巨大なピラルクが悠々と泳いでいた、時折あくびでもするかのように大きく口をあける奴がいる。

 対抗するように、櫻が「あ~」と口を開けているのを見て、結城は思わず笑ってしまった。


 アザラシプールでは、野生のアザラシが混じっているらしい個体がのんびり泳いでいるのを眺めながら、二人はベンチに座る。櫻が隣で言う。


「なんぼか面白いとこだべさ、ここ。ゆーきと来れて嬉しいよ」


 結城が少し照れながら返す。


「俺も楽しいよ。櫻と一緒だと、なんつーか、退屈しないな」


 櫻が「えへへ~」と笑い、肩を寄せてくる。結城の心がドキッとするが、彼はそれを抑えて観測点を固定しようと意識する。

「櫻は衝動性だな」と、結城が内心でノートを思い出す。即時報酬バイアスが働いて、彼女の笑顔にすぐ反応してしまう。でも、今日はフラットに見る。櫻の明るさが自分をどう動かすか、ちゃんと測るつもりだった。


「なぁ、櫻、次どこ行く?」


 結城が聞くと、櫻が目を輝かせる。


「イルカショー見たいべさ! すごいって聞いたよ!」


 二人は立ち上がり、イルカショーへと向かう。水族館の賑わいの中で、結城と櫻の距離が少しずつ近づいていた。お互いを意識しながらも、楽しい時間が二人を包んでいた。



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