植えられた苗と打ち上げられた想い
★ 櫻~好きになって欲しいのは~
結城がリンゴ畑から帰り、櫻が自室に戻ってから、彼女はスマホを手に取った。静流にメッセージを送る。
『ボクも、苗を植えたさ』
直前に静流から届いたメッセージは、
『打ち上げ、したよ』
お互いに告白したことをストレートに言うのが気恥ずかしく、ぼやかした言い方だ。櫻が続けて送る。
『少し、早まっちゃったかな?』
静流からの返信がすぐに来る。
『これからを考えたら、丁度いいよ』
静流の打ち上げた想いのロケットが結城に届くのが先か、櫻の植えた苗が実を結ぶのが先か。ここからは競争でもある。でも同時に、二人は結城という難敵に立ち向かう同士でもある。従姉妹同士だからこそ、並の親友同士の三角関係よりも協力しやすいだろう――それが二人の共通認識だった。
『がんばろうね』
櫻が送ると、
『おたがいに、ね』
静流からの返信が届く。
櫻がメッセージを閉じ、窓の外を見る。リンゴ畑の上にゆっくりと月が昇り、夏の夜を柔らかく照らしていた。彼女が小さく呟く。
(ボクは、ゆーきにずっと、余市の事、好きになった?って聞いてたけど)
今なら分かる。あの質問を繰り返しながら、本当は別のことを聞きたかったのだ。
(ボクはずっと、ボクの事、好きですか? もっと好きになってくれましたかって、聞きたかったんだ)
櫻が苦笑しながら、机の上に置いてあるリンゴに目をやる。いつか摘果で見つけた、ハート型に見える小さな実だ。彼女が指でそれを軽く突くと、コロンと転がる。結城の名前を心の中で呟くと、胸の内が熱くなる。結城と一緒にいるためなら、どんな苦労も苦じゃないと思える。
一度言葉にしてしまえば、こんなにもすっと胸の内がはっきりする。告白したことで、櫻の心にあったモヤが晴れていた。
「たったこれだけの事が、難易度高いべさ……」
櫻の笑顔には、前日までの思い悩んだ影がなくなっていた。彼女はハートのリンゴを手に持ち、そっと握る。
(ボク、ゆーきに好きになってほしい……余市だけじゃなくて、ボクを、もっと)
月光がリンゴ畑を照らし、櫻の決意が新たな光を帯びていた。
★ 静流~プロキシマへの夢を一緒に~
静流が櫻とのメッセージを閉じ、スマホを机に置く。彼女は改めて現状を俯瞰する。
二人の思い出の少女から同時に告白された結城の精神的負担は、どれほどのものか。一瞬それを考えて、静流は小さく頭を振って脳裏から追い出す。この件に関して、彼女は「わがままになろう」と決めていた。
もちろん、結城に負担がかかることが分からないわけではない。でも、自分たちだって相応の負担を背負っている。それは今ではなく、終わった時に、想いが伝わらなかった時に最大の反動として襲い掛かってくるのだ。だから、静流は結城のことに関してはわがままになることにした。大切な従姉妹が恋のライバルでも、一歩も引かないと決めた。
(私は、結城と一緒にしずるぼしまでたどり着く、さくらちゃんが相手でも、簡単には負けてあげない)
二人で想いを「観測」してしまったあの日から、どちらかが悲しみに暮れることは確定した事実として存在している。今はそのXに入る数値が「櫻」か「静流」か、不確定なだけだ。プロキシマ・ケンタウリ――彼女が「しずるぼし」と呼ぶ夢の星に、結城と一緒に辿り着きたい。その想いが、静流の心を加速させていた。
そこで一度思考を断ち切り、静流は防水カバーに入れたスマホを浴室の棚に置いて浴槽で伸びをする。湯船の中で、クラスメイトからよく羨望の目で見られる胸のふくらみが視界を遮る。
(……ケアとかも、少し意識してみようかな)
少しだけでも、結城に「綺麗」とか「可愛い」とか思われたい。そんなことを考える彼女の入浴時間は、普段より長くなった。湯気の中で、静流の頬がほんのり赤らむ。告白したことで、彼女の中のわがままが少しずつ形になりつつあった。
少しのぼせた感じで風呂から上がり、髪をタオルで拭きながら窓辺に立つ。室内に設置された天体望遠鏡は、子供の頃からの相棒だ。静流が何気なく覗き込む。目当てを決めず、調整もしていない望遠鏡は、何も映し出さない。でも、彼女の目には、夢の星がしっかりと映っている気がした。プロキシマ・ケンタウリ――太陽系に最も近い恒星が、静流の未来を照らしている。
「結城……もっと知って欲しい、この町を……私を……」
囁くような呟きは、星の輝く空へと溶けていく。窓の外では、リンゴ畑の上に月が昇り、夏の夜が静かに広がっていた。静流の決意は、プロキシマへの夢と共に、結城への想いを乗せて輝き続けていた。




