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遊星と二重連星の干渉問題

 ★ 結城の思う事

 その夜、櫻の家の果樹園から帰宅した結城は、自室の窓辺に立っていた。夜も更け、暗くなったリンゴ畑は木々の輪郭すら見えず、折からの雲に覆われた空には星一つ浮かんでいない。結城は窓枠に肘をつき、ぼんやりと外を見つめながら考え込んでいた。


(実際、どう捉えればいいのか判らないけどさ)


 最近、静流と櫻の様子が変なことは、結城もうすうす気づいていた。二人とも、どこかボーッとしていて、何か深く考え込んでいるような瞬間が増えている。摘果作業中、櫻が小さなりんごを手にじっと見つめていたり、静流がハサミを止めて遠くを見つめていたり。それでも、結城が話しかければ、櫻は「なんでもないべさ!」と笑い、静流は「なんぼか考え事してただけだよ」と穏やかに返す。努めていつも通りに振る舞おうとしているのが分かるからこそ、結城はそれ以上踏み込めずにいた。


(俺のせいだよな、半分以上は)


 結城は自分を振り返る。この土地に引っ越してきた当初、過剰にツンケンしていたのは間違いない。10年前に別れた幼馴染との再会なんて、ただの偶然だと思っていた。櫻や静流と関わりを深めるなんて想像もせず、なし崩し的に仲間として過ごすようになった。でも、自分が気づかないうちに、二人は結城を強く意識してくれていた。

 櫻があれほど真っ直ぐに、自分を想い続けていてくれるとは思っていなかった。彼女の明るさや勢いが、結城を余市に引き込んだ。あの「NG動画」のドタバタも、櫻がいてこそ笑いものになった。

 静流は、自分のことなんて忘れていると思っていた。なのに、彼女は穏やかに支えてくれ、摘果作業で頼ってくれるたびに、結城の中で信頼が育っていた。「はぷにんぐ」や「スケベ騒動」のハプニングさえ、静流の優しさがなければただの事故で終わっていただろう。


(俺、自分が二人を忘れかけてたのに、二人ははっきりと覚えていてくれたんだな)


 その事実が、結城にとって嬉しくもあり、苦しくもある。櫻の勢いに助けられ、静流に受け止められて、余市が少しずつ好きになってきた。でも、自分がそんな大切に思われるような人間じゃないと感じている。


(俺、そんなに大切に思われる様な奴じゃねぇよ……)


 結城が目を閉じる。櫻の「ゆーき、余市好きになってよね!」という笑顔や、静流の「結城が手伝ってくれて、なんぼか嬉しいよ」という穏やかな声が頭をよぎる。二人が何か思い悩んでいるなら、力になりたい。そう思うのに、どうすればいいのか分からない。窓の外は相変わらず黒一色で、答えをくれる気配もない。


(二人とも、俺のせいで悩んでるのかもしれない。でも、俺だって、二人が笑っててほしいんだよ)


 結城が小さく息を吐く。櫻と静流、二人の気持ちに受け止められてきた分、自分も何か返したい。夏の夜の静けさの中、彼の心に小さな決意が芽生えていた。


 ★ 櫻と静流~白い少女、二人~

 その夜、静流が自室でノートを閉じた後、スマホに着信が入った。画面を見ると、発信元は「さくら」。時刻はすでに夜遅く、静流は一瞬躊躇う。だが、櫻からの連絡を無視する気にはなれず、通話ボタンを押す。


「しずるちゃん、ごめんね、夜に」


 櫻の声がスピーカーから流れ、普段の勢いが影を潜めた歯切れの悪いトーンが漂う。


「大丈夫だよ? どうしたの?」


 静流が穏やかに返す。櫻の様子がいつもと違うことに、心が少しざわつく。

 短い沈黙の後、櫻が切り出す。


「ねぇ、聞きたいの……しずるちゃんって……ゆーきの事……好き?」


 実に櫻らしい、まっすぐな問いかけだった。静流は一瞬息を止め、心の中で覚悟を決める。あえて確認するようなことはせず、同じまっすぐさで答える。


「……うん、あの日、私の夢を真剣に聞いてくれたあの日から、男の子として、異性として、結城の事、好きよ」


 春の日、静流が桃畑で将来の夢を語った時、結城が「いい夢だな」と静かに頷いてくれた。その瞬間から、静流の中で結城への気持ちが芽生えていた。

 櫻の声が小さく震える。


「そっか……そうだよね……」


 そして、静流がそっと尋ね返す。


「……さくらちゃんは?」


 櫻が一呼吸置いて答える。


「……うん、ボクも、ゆーきが好き、男の子として、異性として」


 それは、お互いが知りたくて知りたくなかった事実だった。電話越しの沈黙が、二人の気持ちが同じであることを示し、同時にどちらかが傷つくことでしか終われない運命を確定させる。櫻の明るさと静流の穏やかさが、結城を巡って交錯する瞬間だ。

 櫻が小さく呟く。


「……ね、どんな結果になっても、ボクたち、変わらないよね?」


 静流が一瞬目を閉じ、櫻の普段の口調が鳴りを潜めたことに気づく。彼女に寄り添うように、北海道弁で答える。


「あたりまえだべさ、さくらちゃんは、私の大切な従姉妹だぁ」


 櫻が笑いを含んだ声で返す。


「はは……そうだね、しずるちゃんも、ボクの大事な従姉妹だべさ!」


 一拍の間が流れ、二人の間に温かい空気が戻る。だが、櫻が続ける。


「……ボク、諦められないよ?」


 静流が穏やかに、でも力強く応じる。


「私もよ?」


 櫻が少し照れながら言う。


「一杯から回って、一杯迷惑かけちゃうかも」


 静流が笑みを浮かべて返す。


「それも、私も同じ……さくらちゃんと一緒で、初恋、なんだから」


 電話越しに、二人が同時に「ふふっ」と笑う。櫻の勢いと静流の優しさが、互いを認め合う瞬間だ。そして、最後に二人の口から、意図せず同時に言葉がこぼれ出る。


「まけない、からね」

「まけない、からね」


 その声が重なり、夏の夜に小さく響いた。通話を切り、櫻と静流はそれぞれの部屋で窓の外を見つめる。白い少女二人が、同じ人を想い、従姉妹としての絆を確かめながら、静かに闘志を燃やしていた。


 ★ 決意と葛藤


 櫻の決意

 櫻が電話を切り、スマホを机に置いた瞬間、「……言っちゃったなぁ」と小さく呟く。声には後悔の色はない。今さら後悔するなら、静流に電話をかけた時点で負けを認めているも同然だ。

 彼女がベッドに腰掛け、部屋の小さな鏡に目をやる。


「……できるかな?」


 鏡の中の自分に問いかける。小柄な体、白に薄い桜色が混じる髪、16歳とは思えない幼さの残る顔。でも、櫻は自分を励ますように心の中で叫ぶ。


(できるべさ! 良く言われるべ、ボクは太陽みたいに明るいって!)


 太陽。その光の強さは、どれほど巨大で明るい恒星の光でもかき消してしまう。地球との距離が近いがゆえに。櫻は静流の穏やかさやスタイルに敵わないかもしれないけれど、結城の近くで輝くことはできるはずだ。


「……よし! やるぞぉ!!」


 櫻がぐっと拳を握り、気合を入れる。不意に吹いた夏の夜風が窓から入り込み、リンゴの木の葉を揺らす。さらさらと葉擦れの音が部屋に響き、櫻の決意を後押しするように聞こえた。


 静流の決意

 同じ頃、静流は自室で電話を切り、机に置いたスマホを見つめていた。


「まけない、か……」


 自分からそんな好戦的な言葉が出てきたことに、静流自身が驚いている。櫻への友情と結城への想いが交錯する中、初めて闘志が湧き上がっていた。

 櫻はとても眩しい、太陽のような女の子。自分は、夜空の星や月。


(不思議ね……不安は感じない)


 静流が窓辺に立ち、夜空を見上げる。彼女の夢は、いつか自分の星を見つけること。そして、できれば結城と一緒にいたいと思っている星は、プロキシマ・ケンタウリ――太陽系に最も近い恒星だ。


「きっとそこに、行くんだから……結城と一緒に」


 いつの間にか雲が晴れ、星が空を満たしていた。静流の瞳に星明かりが映り、穏やかながらも強い決意が宿る。櫻に負けない、自分の光で結城を照らしたい。そんな想いが、静かに燃え始めていた。


 結城は……

 結城は自室の窓辺に立ち、暗闇に沈むリンゴ畑を見つめていた。雲が晴れ、月光が畑を浮かび上がらせ、星空にさらさらと葉擦れの音が響く。だが、彼は俯き、耳を塞ぐように手を当てて考え込んでいた。


(判ってる。10年前からすでに、簡単な話じゃ済まないって)


 櫻と静流の様子が変なことは気づいている。二人が思い悩んでいるのも、自分が原因だと薄々感じている。だが、どうすればいいのか分からない。

 物語なら簡単だ。二人の思い出の女の子のために、男である自分が犠牲になって去っていく。「冷たい方程式」の解のように、美しく終われる。でも、現実でそんなことをしても、「ちょっと何言ってるか判らないです」で終わるだけだ。周りに相談すれば「好きな方を選べばいい」と返ってくるのは容易に想像がつく。だから相談できない。


(櫻の明るさに助けられて、静流に受け止められて、俺はこの土地が好きになってきたのに)


 櫻の「ゆーき、余市好きになってよね!」という笑顔や、静流の「結城が手伝ってくれて、なんぼか嬉しいよ」という優しさが頭をよぎる。二人が自分を大切に思ってくれることが嬉しいのに、それに値する自分じゃないと感じる。

 結城が窓の外を見ようと顔を上げるが、また俯いてしまう。月光も星空も葉擦れの音も、彼の心には届かない。


(二人を傷つけたくない。でも、俺はどうしたいんだ?)


 無駄に思い悩む夜が続き、結城の答えはまだ見えないままだった。



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