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未熟な二つのリンゴの想い

 ★ 小さなりんごと櫻の不安

 初夏が終わりを迎え、7月初旬の余市はリンゴの摘果が最盛期に突入していた。SNSの動きも「NG動画」や「シャインマスカット飴」の盛り上がりが一段落し、日常が戻ってきた頃だ。結城は自分の家の手伝いに加え、櫻や静流に頼まれて果樹園を回る日々が続き、忙しさのピークを迎えている。

 日差しが強くなり、北海道にも夏の温かさが広がる季節。そこに酉城の暑苦しい存在が加わり、体感気温が2度上がるような賑やかさだ。櫻の家の果樹園では、結城が汗を拭いながら小さなリンゴを摘み取っている。静流は別の木で丁寧にハサミを動かし、酉城が「暑いぜ!」と豪快に笑う声が響く。

 そんな中、櫻は摘果作業の手を止め、地面に落ちた小さなりんごにふと目を奪われた。まだ青く、摘まれてこれ以上大きくなる運命を失った実。彼女の白に薄い桜色が混じる髪が夏風に揺れ、心の中で呟く。


(ゆーきとボクの気持ち、こんな風に落ちちゃう事とか、あるのかな)


 それは嫌だ。理屈じゃなく、何となくだが、櫻はそう思った。SNSで動画配信や更新を重ねた後、静流と結城の距離が少し縮まっているのを感じていたからだ。従姉妹である静流が結城と仲良くやっているのを見るのは嬉しい反面、胸にチクリと刺さるものがあるのも事実だった。

 櫻は同年代の女子と比べて二回りは小柄だ。16歳であることに間違いはないが、身体測定の数値は12歳の平均値を少し上回る程度しかない。身長が伸びる兆しはあるものの、ゆっくりで頼りないペース。対して、静流は年齢の平均値ながらスタイルの良さは平均以上。同年齢で同性の従姉妹として、一緒にお風呂に入ったことも何度もある。そのたびに、現実の差に打ちのめされていた。

 櫻が小さなりんごを手に持つ。摘果されて、もう育つことのない実を見つめながら、ふとした不安が彼女を押しつぶさんばかりに広がっていく。


(……やっぱ、しずるちゃんみたいなスタイルの子、好きなのかなぁ)


 静流の穏やかな笑顔と、結城が彼女に頼られる姿が頭をよぎる。SNSのコメントでも「静流さんの落ち着き最高」「美少女農家の癒し」と称賛され、櫻の「ドタバタ可愛い」とは対照的な評価が目立つ。自分が落とした小さなりんごが、まるで自分の気持ちの象徴のように思えて、櫻は軽くため息を吐く。

 そこへ、結城が近づいてくる。


「お前、ボーッとしてどうしたんだ? 摘果サボるなよ」


 櫻が慌てて小さなりんごを隠し、笑顔を張り付ける。


「なんでもないべさ! ボク、ちゃんとやるよぉ!」


 だが、その声には普段の勢いが少し欠けていた。

 静流が別の木から顔を出し、穏やかに言う。


「櫻ちゃん、なんぼか疲れてるみたいだよ。休憩する?」


 櫻が首を振る。


「大丈夫だべさ! しずるちゃん、心配しないでよね!」


 内心では、静流の優しさに感謝しつつも、チクリとした痛みが消えない。

 酉城が汗だくで割り込んでくる。


「おい、暑い中サボんなよ! 俺みたいにガンガン摘めよ!」


 その暑苦しさが、櫻の重い気持ちを少しだけ紛らわす。

 夏の摘果作業が続く中、櫻の小さな不安は静かに育ち始めていた。結城の心に実る「櫻」と「静流」の二つの実が、いつか摘まれる運命なら、自分が落ちる側じゃないかと恐れる。だが、それを口に出せず、彼女は小さなりんごを握り潰すように力を込める。


(落ちたくないべさ……ボクだって、ゆーきにちゃんと見てほしいよぉ)


 ★ 櫻の持っていないもの、静流の持っているもの

 その夜、結城、静流、酉城が帰った後、櫻は自室の小さな机に向かっていた。窓から夏の夜風が吹き込み、白に薄い桜色が混じる髪をそっと揺らす。机の上にはノートが広げられ、櫻はペンを手に唸っていた。


「う~……」


 別に宿題で難儀しているわけではない。そっちはとっくに終わらせてある。問題の原因は、目の前のノートだ。ページの真ん中が線で二つに分けられ、「ボク」と「しずるちゃん」と領土分割されている。さらに「ボク」の側は上下に分かれ、上に「持っているもの」、下に「欲しいもの」、「しずるちゃん」の項は「持っているもの」だけが書かれている。

 櫻はペンを握り、ノートにどんどん文字を書き込んでいく。


「しずるちゃん:持っているもの」

 体格(背が高くてバランスいい)


 体形(スタイル良くて女らしい)


 性格的な落ち着き(大人っぽい)


 ゆうきに頼られる感じ


 美少女農家って言われる癒し


 櫻の手が止まり、目を細める。静流の「持っているもの」は、櫻が欲しいと願うものと被る部分が多すぎた。続いて、自分の欄に目を移す。


「ボク:持っているもの」

 元気の良さ(なんぼかうるさいくらい)


 一部の性癖の男子には大ウケするスタイル(小っちゃいのが好きな人向け?)


 切り替えの早さは自覚あり(落ち込んでもすぐ笑える)


「ボク:欲しいもの」

 背の高さ


 スタイルの良さ


 落ち着いた雰囲気


 ゆーきに頼られる感じ


 櫻がペンを置く。自分の「持っているもの」を眺めながら、静流のリストと比べると、あまりにも揃っているような気がした。静流は背が高く、スタイルが良く、穏やかで、結城に信頼されている。一方、自分は小柄で騒がしく、元気だけが取り柄。SNSのコメントでも「櫻ちゃんのドタバタ可愛い」と笑われる一方、「静流さんの落ち着き最高」と称賛される差が、櫻の胸に重くのしかかる。


「う~……」


 べしゃ、と机に突っ伏す。その瞬間、昼間に摘果で落とした小さなりんごの姿が、櫻の心に自分自身と重なった。あの実はもう大きくなる運命を失い、地面に落ちたまま。


(ボクも、こんな風に落ちちゃうのかな……ゆーきの心から)


 櫻が小さく呟く。


「……そんなの、ヤだ」


 その夜、櫻は初めて、結城の傍から離れたくないと強く思った。静流と結城の距離が縮まるのを見ながら感じていたチクリとした痛みが、摘果されたりんごのように自分を押しつぶす不安に変わっていた。小柄な体と騒がしい性格が、結城にとって「可愛い」だけで終わってしまうのではないか。静流のような「大人っぽさ」や「頼もしさ」が、自分には持てないものなのではないか。

 櫻がノートを閉じ、ベッドに倒れ込む。


(しずるちゃんみたいなスタイルの子、ゆーきは好きなのかなぁ……ボクじゃ、ダメなのかな)


 夏の夜の静けさの中、櫻の心は摘果されたりんごのように揺れていた。でも、どこかで「落ちたくないべさ」と小さな反発が芽生え始めていた。


 ★ その頃の静流

 その夜、結城と酉城が帰り、櫻の家の果樹園でのリンゴ摘果が一段落した後、静流は自宅の自室に戻っていた。窓の外では夏の夜風が木々を揺らし、静かな虫の音が響いている。机の上にはいつものノートが広げられ、彼女はペンを手にリンゴ摘果の記録を書き終えたばかりだ。だが、手が止まり、静流はふと目を閉じる。


(さくらちゃん、今日、なんぼか元気なかったみたいだよ……私、気づけてなかったかな)


 昼間の櫻の様子が頭をよぎる。小さなりんごを手に持つ彼女の表情は、普段の明るさが少し影を帯びていた。静流はノートに新たなページを開き、「櫻ちゃん」と「結城君」の二つの欄を作り、思いを書き出してみることにした。気持ちを整理する癖が、彼女にはある。


「櫻ちゃん」

 元気でみんなを笑顔にする


 なんぼかドタバタだけど、そこが愛おしい


 結城君を引っ張る力がある


 小さくて可愛いけど、強い心


 静流がペンを止める。櫻の「持っているもの」は、自分にはない輝きだ。彼女の勢いと切り替えの早さは、静流がどんなに努力しても真似できない。SNSの「NG動画」でも、櫻のドタバタが視聴者を惹きつけ、結城を笑顔にしていた。

(私には、櫻ちゃんみたいな明るさはないよ……なんぼか落ち着いてるだけだよね)

 次に、「結城君」の欄に目を移す。


「結城君」

 最初はとげとげしかったけど、優しい


 私を頼ってくれるのが嬉しい


 櫻ちゃんの騒がしさも受け止めてる


 なんぼか私の気持ちに気づいてるのかな?


 静流の胸が小さく高鳴る。春から夏にかけて、結城との距離は確実に縮まっていた。摘果作業で頼られたり、「はぷにんぐ」や「スケベ騒動」のハプニングで彼の優しさを感じたり。だが、そのたびに櫻の存在が大きく映る。結城の心に実る二つの実――櫻と自分――が、いつか摘まれる運命なら、自分が残れる自信はない。


(結城君は、櫻ちゃんの元気が好きなのかな……私みたいな穏やかさじゃ、物足りないのかな)


 静流がノートに書き加える。

 私が持ってるもの:落ち着き、頼もしさ、なんぼかの丁寧さ


 私が持ってないもの:櫻ちゃんの明るさ、勢い、みんなを引っ張る力


 彼女の手が震える。自分が「持っているもの」は、確かに結城に認められている。でも、櫻が持つ輝きに比べると、どこか地味で静かすぎる気がする。SNSのコメントでも「静流さんの癒し」と褒められる一方、「櫻ちゃんのドタバタ最高」と盛り上がる声が目立つ。


(櫻ちゃんが落ち込むなんて、私、想像したくなかったよ……でも、私だって、結城君の傍にいたい)


 静流の内面が揺れる。櫻への友情と結城への想いが交錯し、どちらかを選ぶなんて考えられない。リンゴ摘果でハート型の未熟な実を見つけた時、自分の気持ちを重ねたように、今度は櫻の小さなりんごが頭に浮かぶ。あの実が摘まれたように、櫻が結城の心から落ちるのは嫌だ。でも、自分が摘まれるのも怖い。

 ノートに最後に書き込む。

 私がしたいこと:結城君に気持ちを伝える、櫻ちゃんを笑顔に


 静流がペンを置く。


「なんぼか空回っちゃうけど、私、頑張ってみようかな……」


 小さく呟き、彼女は窓の外を見上げる。夏の星空が果樹園を照らし、静流の葛藤が新たな決意に変わりつつあった。



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