二つの実、二つの想い、一つの居場所
★ 桃の摘果と静流の気持ち
イチゴ飴の販売が一段落した6月中旬のある日、結城は学校の教室で静流に呼び止められた。窓から初夏の暖かい風が吹き込み、教室には放課後の緩い空気が漂っている。
静流が少し申し訳なさそうに言う。
「結城、申し訳ないんだけど、今度ウチの所も手伝ってもらえないかな? 桃の摘果なんだけど、手が足りなくって」
結城が快く頷く。
「いいけど……摘果ってなんだ?」
直後に首をかしげて、静流を見つめる。
そのやり取りを聞いていた猪俣が、隣の席から呆れたように声をかけてくる。
「おいおい、この間授業でやったろ? 育ちの悪い実を切る奴だぜ」
結城が「あ~」と曖昧に頷く。
「そう言えばあったような……」
櫻が机に肘をついて笑いながら言う。
「しずるちゃんの所の桃も大変だからねぇ~。手伝ってあげてよね、ゆーき!」
最近、道の駅での「恋色いちご飴」のプリント騒ぎに色々諦めがついてきたらしい櫻は、どこか気楽な口調だ。
結城が鞄から農業技術の教科書を取り出し、ページをめくる。
「どれどれ……摘果か。確かに書いてあるな。『成長を助けるために小さい実や形の悪い実を間引く』って」
教科書の端には、授業中の適当な書き込みが残っている。
静流が穏やかに補足する。
「そうなんだよ。果樹は実が多すぎると、大きくなれないからね。手間かかるけど、美味しい桃にするには大事な作業だよ」
結城が教科書を閉じつつ言う。
「なるほどな。手伝うのはいいけど、お前ん家って桃もやってるのか?」
静流が小さく笑う。
「うん、実家が果樹園で、リンゴと桃がメインなんだ。なんぼか忙しくて、私も手伝ってるよ」
猪俣がニヤッと笑う。
「しずるん家の桃、美味いんだぜ。結城、手伝えよ。」
櫻がぴょんと立ち上がり、
「ボクも行くべさ! ゆーき、旦那様ならボクも連れてってよね!」と絡む。
結城が呆れた顔で返す。
「お前、またドタバタする気かよ。摘果なら静かにやれよな」
静流がクスッと笑いながら言う。
「みんなでやれば楽しいよ。結城、ありがとね」
★天文少女の複雑な気持ち
静流の家の桃畑で、結城、櫻、静流、酉城の4人が摘果作業を進めていた。初夏の陽光が桃の木々を照らし、小さな実が枝にぎっしりついている。静流がハサミを手に穏やかに言う。
「小さい実とか、形が悪いやつを切るよ。間引いて、残った実が大きくなるようにね」
結城がハサミを手に持つ。
「分かった。どれ切ればいいんだ?」
静流が結城の隣に立ち、小さな実を指さす。
「これとか、小さすぎるから切ってね。こうやって……」
ハサミでチョキンと切り落とし、静かに笑う。だが、その手が一瞬止まり、切り落としたハート型の未熟な実をじっと見つめる。
櫻が別の木で勢いよくハサミを動かす。
「これ、なんぼか小さいべさ! チョキチョキ~!」
勢い余って実を半分落とし、「うわっ、失敗!」と慌てる。
結城が振り返って呆れる。
「お前、またやりすぎだろ。摘果って静かにやるもんだって言っただろ」
酉城が遅れて到着し、豪快に言う。
「おう、俺も手伝うぜ! どれ切ればいいんだ?」
静流が「とり君、丁寧にね」と笑顔で返すが、彼女の視線は再びハート型の実に留まる。
★摘果と不安なハート
静流は摘果を続けるが、ハート型の未熟な実を手に持つたび、胸の中で何かが引っかかる。もしも人の心を見る事ができるなら、結城の心を木とした場合、二つの実が実っているのが見えるだろう。「櫻」と「静流」、彼の心で大きくなっていく二つの実。だが、そのどちらかが摘まれなければ、完全に育つことはない。
櫻の笑い声が響く。
「ゆーき、見てみてぇ! なまらめんこい実だべさ!」
彼女の無邪気さ、勢いある動き、仲間を明るくする力は、結城の心にしっかりと根付いている。静流はそれを愛おしく思うと同時に、櫻の存在があまりにも眩しくて、自分の気持ちが霞んでしまうような感覚に襲われる。
(櫻ちゃんは、強い実だよ。私なんかより、結城君の心で大きく育つよね……)
それを表現するなら、まさしく「恒星」「太陽の様な」というのが相応しいのだろう。
一方、静流自身は結城の隣で穏やかにハサミを動かし、彼を静かに支える。春の始め、結城のとげとげしかった態度が和らぎ、彼女の言葉に耳を傾けるようになった。その変化に、静流は小さな喜びと信頼を感じていた。だが、その気持ちを言葉にする勇気はまだなく、未熟なハートは摘まれるのを恐れるように縮こまっている。
静流自信を表現するならば、「星」や「月」というのが最適だと言えた。
恒星に抗うには、星の光は小さく、月は光れない。
(結城君が私を頼ってくれるのは嬉しいけど……この気持ち、摘まれちゃう前に伝えられるのかな)
静流の視線が結城に移る。彼が真剣に実を切り落とす姿を見ながら、葛藤が深まる。櫻への友情と結城への信頼、どちらも大切なのに、両方を抱え続けることはできないかもしれない。もし結城が櫻を選んだら、自分の気持ちは未熟な実のまま摘まれてしまうのだろうか。それとも、静流が一歩踏み出せば、櫻の明るさが少しだけ影を落とすことになるのだろうか。
(どっちかを摘まなきゃいけないなら、私が摘まれるべきなのかな……でも、摘まれたくないよ)
ハート型の未熟な実をそっと地面に置き、静流はハサミを握る手に力を込める。
結城が気づき、
「お前、その実どうかしたのか?」と尋ねる。
静流が小さく笑い、「ううん、なんでもないよ。ただ……この実、なんかハートみたいだね」と返す。
その声には、葛藤を隠した穏やかさが滲んでいた。
★休憩と揺れる心
作業が一段落し、4人が桃の木の下で休憩する。静流が水筒からお茶を注ぎ、櫻が「なまら疲れたべさ!」と伸びをする。酉城が「桃、楽しみだぜ!」と笑う中、結城が静流に目を向ける。
「お前、さっきからちょっと静かだな。大丈夫か?」
静流が微笑んで返す。
「うん、ちょっと考え事してただけだよ。結城が手伝ってくれて、なんぼか嬉しいから」
その言葉は本心だが、胸の中の葛藤を隠してしまう。
櫻が結城に絡む。
「ゆーき、しずるちゃん嬉しいって! 旦那様ならもっと優しくしてよね!」
結城が苦笑する。
「優しくって言ってもなぁ……まぁ、手伝うのは嫌いじゃないよ」
静流が桃の木を見上げ、静かに言う。
「未熟な実を摘むのって、なんぼか寂しいけど、残った実が美味しくなるんだよね。私も、みんなと一緒にいると、なんぼか強くなれる気がするよ」
その言葉には、葛藤の中で芽生えた小さな決意が込もっていた。摘まれるのを恐れるだけじゃなく、自分の気持ちを少しでも育ててみようという思いが、静かに息づいている。
結城が頷く。
「そっか。なら、この摘果も無駄じゃないな。桃が美味くなるなら俺も嬉しいよ」
櫻が目を輝かせて言う。
「そーだべさ! しずるちゃんの桃、なんぼか楽しみだよぉ! ゆーきも好きになってよね!」
酉城が笑う。
「お前ら、仲良いな。俺も桃食うの楽しみだぜ!」
初夏の桃畑に、静流の揺れる心と仲間たちの笑い声が響き合う。彼女の内面の葛藤はまだ解けないが、結城の心に実る二つの実が摘まれる日まで、静流は自分の未熟なハートを育ててみるつもりだった。
(選ばれるか摘まれるか分からないけど……頑張ってみようかな)
結城もまた、仲間たちの賑やかさの中で思う。
(未熟でも、摘まれなきゃ育つよな……悪くないよ、この感じ)
夏の始まりが、未熟な実とハートを優しく見守っていた。




