ちょっとしたハプニング
★ 春が深まり
春が終わりを迎え、余市の風は冬の厳しさを残しながらも、その冷たさを少しずつ和らげていた。結城が櫻の家の果樹園の脇に立ち、空を見上げていると、背後で櫻と静流がリンゴの木の周りを歩きながら話していた。薄い雲が流れ、初夏の気配が漂う中、結城は思う。
まだこの場所を好きにはなれないけど、慣れていこうとは努力してる。そういう気分だな
その時、櫻が勢いよく結城の方へ駆け寄ってきた。
「ゆーき! リンゴの木、なんぼか芽が出てきたべさ! 見てみてぇ!」
だが、次の瞬間――櫻が土の凹みに足を取られ、勢い余ってコケた。
「うわっ!」
ドスン、と転ぶ音と共に、腰の辺りから「ブチッ」という不穏な音が聞こえた気がした。
結城が慌てて振り返る。
「大丈夫か?」
静流が櫻のそばに駆け寄り、
「ケガしてない?」と心配そうに声を掛ける。
櫻が少し気まずそうに笑いながら、
「だいじょぶだいじょぶ!」と、いつも通りの勢いで立ち上がる。
だが、その瞬間――
すとん
まるで効果音が聞こえそうな勢いで、スカートが一気に下がった。薄青の可愛らしいパンツが、春の終わりを告げる日光にさらされる。櫻の顔が一瞬凍りつき、次の瞬間、とんでもない怨霊のような悲鳴が果樹園に響き渡った。
「ぎゃああああああああああ!」
結城が目を丸くして固まる。
「お、お前……!?」
静流が慌てて櫻のスカートを引っ張り上げ、
「櫻ちゃん! 落ち着いて! 大丈夫だから!」と必死にフォローする。
櫻が両手で顔を覆い、しゃがみ込んで喚く。
「 ゆーき、見ただろ! 見ただろぉ!」
結城が慌てて手を振る。
「見てないよ! 見えてたけど見てないって! 落ち着いてくれ!」
櫻が「むぅ~!」と怨霊のような目で結城を睨む。
「ゆーき、旦那様なら隠してよね! なんぼか恥ずかしいべさ!」
静流がスカートを安全ピンで留め直しながら苦笑する。
「櫻ちゃん、またホックが壊れたみたいだね。勢いよく立ちすぎたよ」
結城が呆れた顔で言う。
「お前、さっきもスカート落ちてたよな? 学習しないのかよ」
その一言に、櫻が顔を真っ赤にして立ち上がる。流石に腹に据えかねたのか、勢いよく反論する。
「学習とかの問題じゃないよぉ!」
スカートを押さえながら、目を潤ませて結城に絡む。
「ボク、ただ転んだだけだべさ! ゆーき、そんな言い方ひどいよぉ!」
静流が櫻の背中に手を置いて宥める。
「まぁまぁ、結城君も見てないって言ってるし、ね?」
櫻が「がー!」と暴れようとするのを押さえつつ、静流が改めて安全ピンでスカートを留め直す。だが、スカートを手に持ったまま、静流が小さく呟く。
「……あちゃ~、これ、チャックも行っちゃってるねぇ。こっちも付けなおさないと」
結城が首をかしげる。
「チャックまで壊れてるのかよ。もうどうしようもないな、それ」
櫻が「うぅ~!」と唸り、静流にすがる。
「しずるちゃん、なんとかしてよぉ! ボク、なまら恥ずかしいべさ!」
静流が穏やかに笑う。
「大丈夫だよ、櫻ちゃん。安全ピンじゃ不安だけど、家に帰ったらちゃんと直すからね」
結城がため息をつく。
「まぁ、直るまで気をつけろよ。お前のドタバタ、毎回ハプニングだな」
櫻が顔を赤くしたまま反撃する。
「ゆーきだって笑ってるべさ! ボクの恥ずかしいとこ見て楽しそうだよぉ!」
櫻のスカートが落ちるハプニングが一段落し、静流が安全ピンで応急処置を終えた後、三人は果樹園の脇で少し落ち着いていた。櫻が「なんぼか恥ずかしいべさ……」と呟きながらスカートを押さえ、結城が呆れた顔で空を見上げる。
結城が内心で思う。
……それにまぁ、可愛いは可愛いと思うしな
その一言は言葉に出てくることはなかったけれど、櫻のドタバタぶりと薄青のパンツが妙に印象に残っていた。
そこへ、静流が風に髪をなびかせて微笑む。手には、いつも色々なメモを書き込んでいるノートが握られている。
「もうすぐイチゴが始まるね」
結城が首をかしげる。
「……そうなのか?」
静流が穏やかに頷く。
「うん、イチゴは初夏の果物だよ?」
結城が少し困惑した顔で言う。
「いや、冬じゃないのか?」
その疑問に、櫻がぴょんぴょん跳ねながら割り込む。
「こっちだとゴールデンウィーク位からだべさ! 内地よりかちょっと遅いの!」
スカートを押さえつつ、目を輝かせて説明する姿は、さっきの怨霊のような悲鳴が嘘みたいだ。
結城が眉を上げる。
「 遅いって言うか、ずいぶん違うんだな」
静流がノートを手に補足する。
「北海道だと気候がね、なんぼか遅めになるんだよ。でも、その分甘くて美味しいイチゴになるね」
櫻が勢いよく続ける。
「そーだべさ! ボク、イチゴ大好きだよぉ! ゆーきも一緒に収穫するべさ!」
結城が苦笑する。
「収穫か……またドタバタになりそうだな。お前、スカート落ちないように気をつけろよ」
櫻が「むぅ~!」と膨れる。
「ゆーき、さっきの事言うなよぉ! ボクだって気をつけるべさ!」
静流がクスッと笑う。
「櫻ちゃん、勢いあるから仕方ないよ。なんぼか賑やかで楽しいけどね」
結城が風に揺れるリンゴの木を見ながら言う。
「イチゴか。確かに楽しみだな。東京だと冬に食べるイメージだったけど、こっちは違うんだな」
櫻が結城に寄りかかり、
「ゆーき、余市好きになってくれたべさ? イチゴ食べたらもっと好きになるよぉ!」と聞く。
結城が少し笑って答える。
「まだ好きってほどじゃないけど……まぁ、嫌いじゃなくなってきたよ。イチゴも楽しみにしてるしな」
静流がノートに何かを書き込みながら言う。
「春が終わって、これから初夏だね。余市のイチゴ、なんぼか美味しいから楽しみだよ」
風が髪を軽く揺らし、果樹園に初夏の気配が漂う。櫻のスカート事件の騒ぎも笑いものになりつつ、結城は余市の季節の移り変わりと、櫻と静流の賑やかさに、少しずつ心が開いていくのを感じていた。
可愛いっちゃ可愛いし……イチゴも悪くないな
内心で苦笑しつつ、結城は和らいだ風の下で空を見上げていた。




