櫻と写真撮影
★ 伝統文化と進む時代
月曜の朝、結城が教室に入ると、櫻が机に突っ伏して頭を抱えていた。薄桜色の髪が乱れ、いつもより元気がない。結城はカバンを置いて軽く声をかける。
「よぅ、どーした櫻? 宿題でも忘れたか?」
櫻が顔を上げて即座に返す。
「やってるよそれくらい!」
声に勢いはあるけど、どこか悩んでる雰囲気が漂ってる。
すぐ後ろから入ってきた酉城が、若干心配そうに櫻を見やる。
「実際どうした? 悩み事か?」
櫻は少し迷うように視線を泳がせた後、ぽつりと口を開く。
「……今年からさ、一部六次化って感じで、うちの果物とか野菜とか、加工して道の駅に置いてもらう事にしたみたいなんだべ。べっこだけど」
酉城が腕を組んで頷く。
「なんだかんだ、そーいう事もしねぇと繋がらんよなぁ」
結城は聞き慣れない単語に首をかしげる。
六次化? べっこ? なんぼか分かんねぇな……
脳内にメモしておくだけにとどめ、櫻に目を戻す。
「で、それと凹んでるのとなんの関係があるんだよ?」
櫻がさらに小さく縮こまる。
「……袋に入れるちらしに乗せる写真のモデルやれって言われた」
教室に一瞬の沈黙。結城と酉城が同時に「は?」って顔をする。櫻が顔を上げて慌てて続ける。
「うちの親がさ、『さくらがモデルなら目立つべさ!』って勝手に決めてきて! ボク、写真とか苦手なのにぃ!」
酉城が笑い出す。
「お前がモデルなら確かに目立つぜ! めんこいし、道の駅でバカ売れするんじゃねぇの?」
櫻が「むぅ~!」と膨れる。
「めんこいとか言うな! 子供っぽいみたいで嫌だよぉ! それに、撮られるのこわいんだから!」
結城が呆れた顔で言う。
「こわいって、疲れるって意味だろ? 写真撮られるくらいで疲れるのかよ」
櫻がジト目で睨む。
「ゆーきには分かんないべさ! カメラ向けられると緊張して、なんぼかこわいんだよ!」
そこへ、教室の隅でノートを整理してた静流が近づいてきた。櫻の話を聞いてたらしい。
「六次産業化って、農業に加工や販売をプラスする取り組みだよ。一次産業の生産に、二次産業の加工、三次産業の流通やサービスを掛け合わせるから『六次化』って言うんだ。櫻の家が果物や野菜を加工するのは、伝統を進化させる良い方法だね」
結城が「へぇ」と呟く。
「なるほどな。リンゴをそのまま売るんじゃなくて、ジャムとかにすんのか?」
櫻が頷く。
「そーだよぉ! リンゴジャムとか、野菜のピクルスとか作って、道の駅に置くって。べっこだけど、親が張り切っちゃってさ」
結城が首をかしげる。
「また分かんねぇ単語出てきたぞ。べっこって何だよ?」
静流が微笑んで答える。
「『べっこ』は北海道弁で『少し』とか『別々に』って意味だよ。ここでは『少し』ってニュアンスだね。櫻の家が、果物や野菜の一部をちょっとだけ加工するって感じじゃないかな」
櫻が補足する。
「そーだべさ! 全部じゃなくて、べっこだけ試しにやってみるって。リンゴ全部ジャムにしたら大変だしね」
酉城が笑いながら言う。
「うちの親戚もやってるぜ。畑のジャガイモをチップスにして売ったりな。べっこじゃなくて全部六次化してるけど、ゆるくない仕事だよなぁ」
結城が「なるほど」と頷く。
六次化って、伝統を残しつつ時代に合わせるって感じか。べっこでもなんぼか大変そうだな
櫻がため息をつく、机に突っ伏して、声を絞り出す。
「写真撮られるの苦手なんだよ! なんかアイヌ衣装みたいなのまで引っ張り出してきてるし! 親の方はすっごくやる気マンマンなんだよぉ!」
結城が目を丸くする。
「アイヌ衣装?」
静流が穏やかに頷き、補足する。
「そう言えば、櫻の所、なんかアットゥシみたいなデザインの服あったよね」
結城が内心で首をかしげる。
また正体不明の単語出てきたぞ。アットゥシって何だよ……
静流は天才少女と呼ばれるだけあって知識が豊富だが、たまにその知識をみんなが当然知ってる前提で話す癖がある。結城は脳内に「アットゥシ」をメモっておく。
櫻が顔を上げてぼやく。
「そーだよぉ、アイヌ服……いやめんこいけどさぁ」
はぁ、とため息をついて、再び机に顔を埋める。
酉城がニヤッと笑う。
「アイヌ衣装ならなおさら目立つぜ! お前が着たら、道の駅で『櫻ちゃんのリンゴジャム・アットゥシ付き』とか売れそうじゃねぇか」
櫻が「むぅ~!」と膨れて反撃する。
「とりまでからかうなよぉ! めんこいとか言われても、着て写真撮られるの恥ずかしいんだから!」
結城が静流に目を向ける。
「なぁ、静流。アットゥシって何だよ? また分かんねぇ単語出してきたな」
静流がクスッと笑って説明を始める。
「ごめんね。『アットゥシ』はアイヌの伝統的な服で、オヒョウとかシナノキの樹皮を剥いで繊維にして織った布なんだ。丈夫で暖かくて、模様が特徴的だよ。櫻の家が持ってるのは、本物じゃなくてデザインを真似たものかもしれないけど」
結城が「へぇ」と呟く。
「樹皮で服? なんぼか原始的だな。続縄文とかの時代っぽい感じか?」
静流が頷く。
「近いね。アイヌ文化は続縄文文化から影響を受けてて、自然と共存する暮らしが反映されてる。アットゥシの模様には、魔除けや自然への感謝の意味もあるんだよ」
櫻が顔を上げて嘆く。
「だからさぁ、親が『伝統もアピールできるべさ!』って張り切ってるんだよぉ! リンゴジャムとピクルスだけでも手間なのに、アイヌ衣装まで加えるとか、なんぼかゆるくないよぉ!」
結城がニヤッと笑う。
「お前がアットゥシ着て写真撮られたら、めんこいどころか英雄じゃねぇか。伝統と進化の架け橋だな」
櫻が「ゆーき!」と叫んで絡んでくる。
「からかうなよぉ! 」
酉城が肩を叩いて笑う。
「なぁ、日野。お前もなんか着て一緒に撮られろよ。櫻がこわがるなら、旦那様として支えてやれ」
結城が即座に返す。
「冗談じゃねぇ。俺がそんなの着て写真とか、こわいしかねぇわ。ゆるくない仕事押し付けるな」
静流が穏やかに言う。
「でも、櫻の家のアイデア、素敵だと思うよ。六次産業化で新しい形を作って、アイヌの伝統を少し――べっこでも――取り入れるなんて、余市の歴史を未来に繋げる感じがする」
櫻がジト目で呟く。
「しずるちゃんまでぃ……ボク、モデルとか無理だべさ。伝統とか未来とか言われても、カメラの前で固まるだけだよぉ」
結城がため息をつく。
「まぁ、お前が固まってもめんこいから許されるだろ。道の駅で『櫻の固まりジャム』とか売れそう」
櫻が「ゆーきぃ!」と絡みついてくる。静流がクスッと笑い、酉城が「そりゃ売れるぜ!」と盛り上げる。
★ 伝統文化と進む時代(翌日)
翌朝、教室の扉が勢いよくバンッと開いた。
「ゆーき! とり! あとしずるちゃん!」
櫻が朝一から大声で叫びながら突入してくる。薄桜色の髪が揺れ、そのテンションに教室が一瞬静まり返る。
「三人ともボクと一緒にモデルやって!」
その言葉に、教室にいた全員が頭に疑問符を浮かべた。結城はカバンを机に置いたまま固まり、静流はノートを手に持ったまま目を丸くし、酉城はニヤニヤしながら首をかしげる。
「……わり、櫻、それって何?」
結城が櫻の勢いに押されて、半歩後ずさりながら聞く。
櫻が目を輝かせて続ける。
「昨日話したじゃん! ボクが販売物のチラシのモデルさせられるって!」
「お、おぅ……」
結城が櫻の勢いに負けて言葉を濁す。昨日確かに聞いたが、まさかこんな展開になるとは思ってなかった。
静流が珍しく慌てた声で割り込む。
「さ、さくらちゃん、そったら事いきなり言われても、なんの事かわからんべさ! ちょっと詳しく説明して!」
北海道弁が全開で飛び出し、いつも穏やかな彼女の口調が乱れてる。結城が内心で驚く。
静流が「そったら」「べさ」って……なんぼか珍しいな
櫻が手をバタバタさせて説明を始める。
「だからさぁ! うちの親がリンゴジャムとかピクルスのチラシ作るって張り切ってて、ボクだけじゃなくて、みんなでモデルやったらもっと目立つべさって! アイヌ衣装みたいなのもあるし、楽しいよぉ!」
酉城が豪快に笑い出す。
「はは、面白そうじゃん! お前がアイヌ衣装で俺らが横に並ぶなら、道の駅でバカ売れ間違いねぇぜ!」
結城が呆れた顔で言う。
「待て待て、櫻。お前昨日『写真撮られるのこわい』って言ってただろ。なんで急に俺らまで巻き込むんだよ?」
櫻が「むぅ~!」と膨れる。
「ボク一人じゃこわいからだよぉ! ゆーきたちが一緒なら、なんぼか平気になるべさ! 旦那様なんだから助けてよね!」
静流が少し落ち着きを取り戻して言う。
「櫻ちゃん、気持ちは分かるけど……そったら急に言われても、頭整理するのゆるくないよ。私も写真苦手だし」
櫻が静流に絡みつく。
「しずるちゃんもめんこいから大丈夫だよぉ! アイヌ衣装着て、みんなで並んだら、なんぼか楽しいべさ!」
酉城が肩を叩いてくる。
「なぁ、日野。お前も乗れよ。衣装着て櫻と一緒に写真なら、伝統も進化もバッチリだぜ。俺はもうノリノリだ!」
結城がため息をつく。
「冗談じゃねぇ。俺までアイヌ衣装とか、こわいしかねぇわ」
櫻が目を輝かせて続ける。
「ゆーきがこわくても、ボクがそばにいるから平気だべさ! とり君は楽しそうにしてるし、しずるちゃんも知識でカバーできるよぉ!」
静流が苦笑する。
「知識って……アットゥシの模様の意味とか説明しろってこと? それ私もこわいよ、櫻ちゃん」
教室が一気に騒がしくなる。櫻が「みんなでやればこわくないべさ!」と騒ぎ、酉城が「売れるぜ!」と笑い、静流が「そったら急に……」と困惑する中、結城は頭を抱える。
櫻の勢い、なんぼかやべぇな。アットゥシ着て写真とか、伝統も進化もこわいしかねぇ……
でも、内心では櫻の無茶ぶりに巻き込まれるのが、少しだけ面白そうに感じていた。
しゃっこい風の中で育った果物と、アイヌの服がチラシに並ぶのか……べっこでもなんぼかすごいかもな
教室の喧騒が、伝統と現代が交錯する余市の空気と響き合っていた。




