静流とのデート 時代を巡る
★ 宇宙と歴史 静流と巡る余市
その週の土曜日、結城は静流に誘われて余市駅近くのエルプラザに向かっていた。自転車を漕ぎながら、入り口前に立つ白い髪の少女を見つける。静流だ。結城はブレーキをかけ、自転車を止めた。
「よっ、静流」
「おはよう、結城」
静流がひらひらと手を振る。結城は軽く挨拶を返し、自転車を駐輪場に押し込む。なぜか足が少し早足になっていた。駐輪場から戻ると、静流が穏やかな笑顔で待っている。
「今日はよろしくね」
「いいよ。それで、案内したい所って?」
前夜、静流からLINEで届いたメッセージを思い出す。『明日、余市で面白い所案内するね。学校以外のも見てもらいたいな』――そんな内容だった。結城の頭には疑問符が浮かぶ。
静流が目を輝かせて答える。
「学校だと農業ばっかりだから……今日は、農業以外も見てもらいたいなって」
その表情がとても楽しそうで、結城はつられて小さく笑った。
二人は「リタロード」と名付けられた道を歩き始めた。静流の歩幅に合わせて、横並びでゆっくりと。果樹園の緑と海風が混ざった空気が心地よい。
「……リタって、なんかいきなり外国っぽい名前だな」
結城がぽつりと漏らすと、静流がくすくす笑う。
「そうだね。リタって、ニッカウヰスキーの創業者、竹鶴リタから来てるんだよ。余市の歴史の一部なんだ」
結城が「へぇ」と呟く。
(確かに、ウィスキーの町って感じはあるよな……)
「しっかし、櫻が顔出さないってのも珍しいな」
結城が言うと、静流が口元を隠して笑う。
「さくらのとこ、そろそろ畑起こすって言ってたからね……手伝いに駆り出されてるって」
「ありゃ」
結城がこぼすと、静流の笑いが抑えきれなくなる。肩が小さく震えてるのが分かった。
「で、どこに行くんだ?」
結城が本題に戻す。静流が少し前を向いて答える。
「スペースアップルの宇宙記念館。それと、私も自転車だから、フゴッペ洞窟まで行こうかなって」
「ふ……何?」
聞き慣れない単語に結城が目を丸くすると、静流がまたくすくす笑う。
「興味があったら、面白いよ」とだけ返した。
二人はまず、道の駅「スペース・アップルよいち」へ向かった。自転車を並べて止め、隣に立つ宇宙記念館「スペース童夢」の入り口に立つ。結城が看板を見上げる。
「スペースアップルって、リンゴと宇宙かよ。なんか変な名前だな」
結城が言うと、静流が説明を始める。
「余市出身の毛利衛さんって知ってる? 日本人初の科学者宇宙飛行士なんだ。スペースシャトルで宇宙に行った時に、余市のリンゴを持ってったって話があって、それでこの名前になったんだよ」
結城が「へぇ」と感心する。
リンゴが宇宙って……なんかすごい話だな
中に入ると、毛利衛の展示コーナーが目に入る。宇宙服や彼が使った道具が並び、デジタルプラネタリウムや3Dシアターの案内もある。静流が楽しそうに言う。
「ここ、宇宙の暮らしが分かるんだ。『ミューズ』の模型とか、宇宙でのベッドとか」
静流が楽し気に、展示を追って結城に説明する
「ベッド……」
「あ、今変な事考えたでしょ?」
「し、してねーし!」
静流が笑う。
「プラネタリウムは……ちょっと時間があるね、また今度にしようか」
丁度上映の間の時間だった様で、静流は少し残念そうだった。
「なら、また連れてきてくれ、俺も静流と、デートしたいしな」
静流の頬に少し朱がさす
「ばか……いいよ、プラネタリウム、見に来よう」
「ああ」
ほんの少しだけ、結城は静流の柔らかさを感じた気がした。
★フゴッペ洞窟
自転車で海沿いの道を進み、栄町の小丘陵に到着。結城と静流は自転車を降り、目の前に広がる「フゴッペ洞窟」の入り口に立つ。国道5号線と函館本線の間にひっそりと佇む小さな施設だが、その存在感は異様だ。洞窟を覆うコンクリートの建物は、まるで現代と古代の境界線を守る門のよう。
結城が看板を眺める。
「ふごっぺ? 変な名前だな。なんぼか歴史感じるけど」
静流が微笑みながら近づき、説明を始める。
「『フゴッペ』は昔の地名なんだ。続縄文時代、約2000年前の遺跡で、岩壁に彫られた絵が800以上あるよ。シャーマンや動物が描かれてて、開拓よりずっと前の北海道の文化が残ってるんだ」
二人は入場料(大人300円)を払い、中へ進む。洞窟の入り口は狭く、海風が隙間から忍び込む。照明が落とされた薄暗い空間に足を踏み入れると、目の前に広がる岩壁が結城を圧倒した。
壁面には、角を生やした人や羽を背負った人、舟に乗る姿、魚や四足の獣が彫られている。スポットライトのスイッチを押すと、岩の凹凸に刻まれた線が浮かび上がり、古代の息吹が目の前に蘇る。結城が息を呑む。
「これ……なんかやべぇな。宇宙人みたいじゃね?」
静流がクスッと笑う。
「昔はそう思う人もいたみたいだよ。でも今は、シャーマンとか宗教的な儀式の絵だって考えられてる。アムール川の文化と繋がりがあるかもしれないって」
結城がスマホを取り出してカメラを起動するのを見て、静流が慌てて止める。
「だめだよ、撮影禁止だから、目でしっかり見てね」
結城が頷き、じっと見つめる。岩壁のざらつきと彫刻の粗々しさが、2000年前の手の感触を伝えるようだ。洞窟の奥には、続縄文時代の土器や骨角器が展示されているコーナーもある。シカやクジラの骨、鏃が並び、当時の暮らしが垣間見える。
「この人たち、どんだけ大変な思いして生きてたんだろうな。冬の雪かきとか、海で漁とか……」
結城が呟くと、静流が静かに答える。
「そうだね。北海道じゃ弥生時代がなくて、続縄文文化が続いたんだ。稲作より狩猟や漁労が中心で、厳しい自然の中で生き抜いてた。その中で、こういう絵を彫ったのかも」
洞窟の空気はひんやりと重く、どこか神聖な気配が漂う。結城が岩壁の羽付きの人影を見つめる。
「この羽の奴、何か祈ってんのかな。めんこいっちゃめんこいけど、不気味だな」
静流が微笑む。
「不思議だよね。私も初めて来た時、ちょっと鳥肌立ったよ。でも、こういう場所を見ると、農業だけじゃない余市が分かるでしょ?」
結城が「確かに」と頷く。
宇宙と縄文か……この田舎、なんぼか奥深いな。「こわい」し「ゆるくない」けど、なんか惹かれる
洞窟を出ると、海風が二人を包む。静流が自転車に跨りながら言う。
「次はさくらも誘って、またどこか行こうね」
「櫻が来たら、大騒ぎになるだけだろ。こわいわ」
結城がぼやくけど、静流の笑顔につられて口の端が上がる。
しゃっこい風も、ゆるくない暮らしも、歴史の詰まった言葉も……ちょっとだけ面白ぇかもな
余市の風景を眺めながら、結城は静流と並んで帰路についた。




