78 おはよう
「なんでここで寝ているんですか!」
「……んあ?」
朝。なんだか怒声が聞こえてきて目を開ければ、バッと布団を剥ぎ取られた。この容赦のない起こし方は絶対にオリビアだ。ケイリーも容赦はないけど、彼はもう少し優しく起こしてくれる。間違っても布団を奪ったりはしない。
欠伸をしてから体を起こせば、案の定眉間に深い皺を刻んだオリビアがいた。朝からなんとも物騒なお顔である。爽やかな朝には相応しくない。
「勝手に部屋を抜け出したりして。なんのために魔獣用の部屋を用意したと思っているんですか。テオ様がこちらに来たら意味がないでしょう」
「うーん?」
つらつら説教してくるオリビア。その中身をゆっくりと理解して、俺は視線を動かしてコンちゃんを探した。
昨夜、コンちゃんがひとりで眠れているのか心配になった俺は、その足でコンちゃんの部屋にお邪魔したのだ。ところがコンちゃんはベッドを使わずソファに座っていた。なんとなく流れで俺も座り、そのまましばらくお話していたことは覚えている。
その後の記憶がない。
どうやらソファで寝てしまい、呆れたコンちゃんがベッドに俺を寝かせてくれたらしい。なんて優しいのだ。冷たいお兄さんとか言ってごめんね。しかもコンちゃんはそのままソファで一晩過ごしたらしい。本当に優しい。
「ごめんね、コンちゃん。ありがとね」
「おまえがベタベタとくっついて鬱陶しかった。だからベッドに運んだ。それだけだ」
「照れ隠しか?」
「次は床に投げ捨ててやってもいいんだぞ」
「そんなこと言わないでぇ」
そんなわけでコンちゃんの部屋にいた俺。もちろんそんなこと知らないオリビアは、俺が不在だったため慌てて探しまわったらしい。そのせいですごく不機嫌だ。悪かったとは思う。
「オリビア、ごめんねぇ」
ベッドをおりてユナを探す。すでに起きていたユナは、オリビアの足元に座って毛繕いしていた。
「なんで自分の寝室で寝ないんですか」
腰に手を当てて叱りつけてくるオリビアに、俺は事情を説明する羽目になってしまう。コンちゃんが寂しくて泣いてるかもしれないから様子を見に来たのだと伝えれば、コンちゃんがすごい顔をした。目を見開いて盛大に舌打ちしている。ガラの悪さではオリビアにも負けないと思う。
「なぜ私が泣かなければならない。おまえは本当に失礼だな」
なぜかオリビアと一緒になって俺に文句を言い始めるコンちゃん。俺はコンちゃんのことを思って行動したのに。そんな怒らなくても。
コンちゃんは、どうやら己のことを気高い魔獣だと思っているらしい。まぁ大きいし、人間になれるほど魔力も豊富である。おそらく騎士団が本格的に討伐しようとすれば結構な犠牲が出てしまうくらいには強敵だろう。だからコンちゃんの考えも間違ってはいないのだろうけど、たいした苦労もせずにコンちゃんと使い魔契約できてしまった俺としては、コンちゃんは単なるペットという気持ちがどうしても強くなってしまう。
しかしそれをコンちゃん本人に言うと絶対に機嫌を悪くするので黙っておこう。コンちゃんとは昨日会ったばかりだけど、その性格はなんとなく掴めてきた気がする。気難しい魔獣みたいなので、慎重に扱わなければならないだろう。
「コンちゃん。今日も庭で遊ぼうね。追いかけっこしよう」
「なぜ」
「俺がやりたいから」
きらきらした目でコンちゃんを見つめるが、ふいと顔を背けられてしまう。
そんな中、オリビアが俺の背中を押しながら「テオ様。今日はマシュー先生がいらっしゃる日ですよ」と嫌なこと言う。
「うげぇ」
思わず顔を顰めれば、オリビアが「そんな顔しない。失礼ですよ」と背中を軽く叩いてくる。そんなこと言われても。マシュー先生の魔法の授業は本当に退屈なのだ。あと先生も生真面目でちょっとどうかと思う。
マシュー先生がエルドみたいに気さくなお兄さんであれば、俺ももっと楽しく授業に向き合えたと思うのだ。けれどもマシュー先生はずっと無表情。俺が何か言っても、面白い反応は返ってこない。おまけに座学ばかりで一向に魔法の使い方を教えてくれないのだ。
コンちゃんにも「つまんないよね?」と同意を求めてみれば首を捻られてしまう。そういえばコンちゃんは昨日ゲットしたばかりだからマシュー先生にはまだご紹介していない。
「……うん」
考えた末に、大きく頷く。
あの冷たいマシュー先生でも、俺がおっきいもふもふキツネを捕まえたと知ったら流石に驚くのではないだろうか。
だって七歳という年齢でおっきい魔獣と契約できるなんてまず無理。おまけにコンちゃんは人間に化けることができる。これは絶対にマシュー先生が顔色を変えるに違いない。
マシュー先生がどんな反応をするだろうかとニヤニヤ考えていれば、オリビアが「その件ですが」と言いにくそうに頬をかいた。
「この件はマシュー先生には黙っておきましょう」
「え!? なんで!?」
俺は自慢する気満々だったんだけど?
突然出端を挫かれて、驚きに目を丸くした。




