76 遅かったね
結局、オリビアが戻ってきたのは夜だった。
根回ししてくると言ってふらりと出かけて行った彼女である。どこまで行っていたのだろうか。おそらく権力持った貴族のご令嬢方に会っていたのだろう。
既に寝る準備もバッチリな俺と違って、オリビアは騎士服のままだった。上着を腕にかけてちょっぴり疲れた顔をしている。
「遅かったね」
こんな時間に帰ってこなくても。オリビアは騎士ではあるが女性でもある。夜道を戻ってくるなんて危ないことせず、適当にどこかに泊まってきてもよかったのに。そんなに急いで帰らなければならない理由もないだろうに。
そんな思いでオリビアを見上げれば、にこりと綺麗な笑みが返ってくる。まぁ心配しなくてもオリビアは強い。王立騎士団という屈強な男たちの中でもやっていけたくらいには強い。この細腕のどこからそんな力が出てくるのかは謎だけど。
「私がいない間、なにをしていたんですか?」
「コンちゃんと遊んでたよ。お絵描きしてお母様にみせた」
出来上がった絵をお母様に見せたところ大袈裟なくらいに喜んでもらえた。テオは可愛い、天才と手放しで褒められて、おまけにお菓子も貰えた。ちなみに兄上の分はない。兄上はいつも難しい顔をしているので。お母様は仏頂面の兄上よりも、にこにこ可愛い俺のほうが好きなのだ。
オリビアが帰ってきたことで、エルドがようやくといった感じで肩の力を抜いた。「遅かったね」と半眼でオリビアに対峙するエルド。それを軽く肩をすくめて流すオリビアは「帰りに団長殿に捕まって」と言い訳めいた言葉を吐く。
「団長? バージル団長?」
首を捻れば、オリビアが「違いますよ」と苦笑する。どうやらエヴァンズ騎士団の団長ではなく、王立騎士団の団長に捕まったらしい。
「今はなにをしているのかとか。王立騎士団に戻ってくる気はないのかとか。ちょっとしつこくて」
「へー、そりゃ大変だったね」
他人事みたいに言葉だけの同情をするエルドは、俺と目線を合わせるように屈むと「ではテオ様。おやすみなさい」と挨拶してくる。こくんと頷く俺の背後から、オリビアが「ありがとね」と労いの言葉を投げている。
「いえいえ」
緩く手を振って退出していくエルド。本来であればとっくに仕事を終えている時間なのだろう。急だったとはいえ残業させてしまい申し訳ない。
エルドが去ると、途端に部屋が静かになる。ポメちゃんはすやすや寝ているし、人間姿のコンちゃんもテーブルに頬杖をついてどうでもよさそうにこちらを眺めているだけ。ユナはさっさと寝室に引っ込んでしまった。今頃俺のベッドを占領して寝ているのだろう。
ケイリーはいるけど、暇そうに窓の外をちら見している。おそらくオリビアが帰宅してきたので、そろそろ自分も引き上げようと考えているに違いない。
案の定、エルドが部屋を出てからすぐ。ケイリーがにこりと微笑んで「あとはお任せします」とオリビアに言い放った。
そのままオリビアが止める間もなく退出してしまう。パタンとドアが閉まる音が響いた。
「……ケイリーは、今日はなにをしていましたか?」
ケイリーの消えたドアを睨みつけながら、オリビアが尋ねてくる。
「さぁ? でも結構俺と一緒にいたよ。遊んでくれないけど」
オリビアがいないと聞いたのだろうか。いつもより俺と一緒の時間が長かった。とはいえ壁際で意味もなく控えるだけで、特になにかをしていたわけではない。それに今日はエルドがいたから。エルドは面倒見の良いお兄さんである。俺とも積極的に言葉を交わして遊んでくれる。エルドが俺の相手をしてくれたので、ケイリーの出る幕はなかった。
「そうですか」
なんだか納得いかない顔で息を吐き出すオリビアは、ケイリーに腹を立てているらしいとわかる。しかしケイリーの行動はいつものことだ。
そろそろ寝ようと寝室に向かおうとするが、ハッと気がついて足を止めた。
「コンちゃん、どこで寝るの?」
「……」
テーブルでダラダラしているコンちゃんを振り返れば、不思議そうに片眉を持ち上げる。コンちゃんはいままで野生で生活していたからきっと外で寝ていたに違いない。巣とかあったのかな?
けれども今のコンちゃんは人間姿である。そこらへんに放置しておくのは気が進まない。かといってもふもふキツネ姿に戻られても困る。部屋が狭くなる。というか下手すれば部屋が破壊されてしまう。
「どこでも。普段は森の中で普通に寝ている」
「ここは森じゃないよ」
「そんなの見ればわかる」
冷たい目を向けてくるコンちゃんはひどいと思う。俺はおまえの主人だぞ。それに今はコンちゃんの寝床の心配をしてあげているのだ。もっと敬ってもばちは当たらないと思うぞ。
オリビアも、魔獣とはいえ人間姿のコンちゃんを放置するのはダメだと考えたのだろう。慌てたように部屋を用意させますといって、使用人を呼びつける。まぁ広い屋敷だから空き部屋はたくさんある。コンちゃんの分のベッドを用意するくらいなんてことない。




