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74 ネーミングセンス

「コンちゃん。ちょっとここで待っててね!」


 お座りしているコンちゃんをそのまま庭に放置して、俺は屋敷に向かって駆け出す。エルドが慌てたように後を追ってくる。


「あの魔獣放っておくんですか?」


 心配そうに背後を確認するエルドは、コンちゃんが暴れないか気にしているらしい。大丈夫。コンちゃんはそういう無駄なことはやらないと思う。


 なぜかユナも短い足で懸命に追いかけてくる。


「大丈夫か! 猫」

『え? ちょっとちょっと』


 足を止めてユナを抱え上げれば、ユナが『いいよ。おろしてよ』と遠慮し始める。そんな遠慮しなくてもいいのに。俺はできる主人なので、ペットのお世話くらいきちんとできる。


 ユナを抱えたまま走る俺に、エルドが「大丈夫ですか?」としきりに声をかけてくる。


 そのままフレッド兄上の部屋に突撃すれば、執務机でぼんやりしていた兄上がハッと顔を上げた。


「な、なんだ?」

「……寝てたのか?」


 じっと兄上を見つめれば、兄上は誤魔化すように咳払いしてしまう。どう見てもぼんやりしていた。それを俺に知られたくないのだろう。兄上はいつも見栄を張っているから。


 俺はできた弟なので、兄上の気持ちをくんでうんうん頷いておく。兄上がなにをしていようと俺は興味ない。


「兄上。俺ね、おっきいもふもふキツネを捕まえた! ほめろ!」


 ふんと胸を張って褒められ待ちしていれば、兄上が器用に片眉を持ち上げる。その険しい表情は、俺に何か文句がある時の顔だ。なんだろう。コンちゃん捕まえたことが気に入らないのだろうか。


 そういえば兄上は趣味程度ではあるが魔法の勉強をしている。俺よりずっと魔法に詳しいはずである。それなのに、最近魔法を覚え始めたばかりの俺がおっきい魔獣を捕まえたものだから嫉妬しているのかもしれない。その可能性は十分ある。


「……兄上、魔獣の捕まえ方教えてあげようか?」

「あ?」


 親切心から提案してみるのだが、兄上はガラの悪い声を出すだけで感謝してくれない。まぁいいや。捕まえ方教えてほしいなんて言われても説明できない。なんとなく魔獣に触ったら契約できてしまうのだから。兄上が同じことしても魔獣を捕まえられるとは思えない。


 そう、と一旦引けば兄上が険しい顔で睨んでくる。


「なんでもかんでも捕まえればいいってものじゃないだろう。どうするんだ。そんなに使い魔増やしても仕方がないだろう」


 なんかさらっと説教が始まった。ぼんやり聞いていれば、一緒についてきていたエルドがそろそろと壁際に寄ってしまう。気配を消して巻き込まれないように努力しているらしい。


 腕の中をユナを見下ろして、「わかったか、猫」と諭しておく。目を瞬くユナは『ボクのせいにするなよ』と怒ってしまう。


「どうするんだ。あんなに目立つ魔獣」

「俺のペットにする」

「ペットって。いやいや」


 頭を抱える兄上は、「必要ないだろう」と酷いことを言う。コンちゃんはおっきくて少し邪魔だけど、そこまで変な魔獣ではない。基本的には穏やかだ。口が悪くて人間を見下しているという欠点はあるけど。


「兄上もコンちゃんと仲良くしてね。すごいよ、コンちゃん。人間になれるの」

「コンちゃん? また変な名前つけて」

「変じゃないもん!」


 なんでそう人のネーミングセンスに文句をつけてくるのだろうか。可愛いだろ、コンちゃん。


 まぁ人間姿のコンちゃんはまったく可愛くないからちょっと名前が合っていない感じはするけど。でも俺はコンちゃんが人間になれるなんて知らなかったから仕方がない。知っていたらもっとマシな名前をつけたと思う。いや、コンちゃん以上にいい名前なんてないな。シンプルで分かりやすいし。


「コンちゃんね、今庭にいるよ。見に行こう」


 猫を床に下ろして、兄上の手を引く。「お、おい」と狼狽える兄上は、壁際で控えているエルドに今更気が付いたらしく「いたのか」と大袈裟に肩を揺らしている。エルドは影が薄いのかもしれない。可哀想。いや騎士だから気配を消していただけ? よくわかんないや。


「すんごく大きいの。兄上も触っていいよ。すごくもふもふなの」

「そうか。私はあまり興味ないのだが」


 渋々ついてくる兄上は、仕事がサボれてラッキーとか思っていそう。コンちゃんのところへ案内すれば、兄上が「うげぇ」と妙な呻き声を発した。


 どうやら想像よりもコンちゃんが大きくて驚いているらしい。一体騎士たちからどんな説明をされていたのだろうか。


「これ、ちょっと。このまま屋敷に置いておくのか?」


 引きつった声を絞り出す兄上に、きょとんとしてしまう。ここに置いておく以外に方法ないだろう。俺と契約してしまったんだし。


「触っていいよ」


 兄上を促せば、若干腰の引けた様子でコンちゃんに手を伸ばす。コンちゃんは空気が読めるのか。おとなしくお座りしている。


「う、うん。でかいな」

「可愛いでしょ!? よかったな、コンちゃん!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて嬉しいアピールすれば、コンちゃんが緩く尻尾を振った。

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