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73 キツネ

 オリビアはすぐに戻ってきた。そうしてにこやかな笑顔で「ちょっと出かけてきます」と言って屋敷を出て行った。おそらく方々へと根回しに行ったのだろう。あんな爽やかな笑顔で。


 一体どういう根回しをするのか謎であるが、オリビアのことだ。上手くやるに違いない。こういうオリビアの優秀な一面を見るたびに、彼女を手放した王立騎士団は惜しいことをしたなと思ってしまう。逆にオリビアをこちらに引き入れたフレッド兄上はなかなか良い仕事をしたと思う。


 オリビア不在の間、俺はエルドと遊んでやることにした。エルドがどうしても俺と一緒に遊びたいとうるさかったので。


「コンちゃん。庭に行こう」

「なぜ」

「いいから!」


 渋るコンちゃんの手を引いて、エルドと共に庭に出る。ユナもしれっとついてくる。あの面倒くさがりなポメラニアンは動かない。部屋で昼寝するらしい。一日の大半を寝て過ごしているぐうたらポメちゃんなんてもう知らないもんね。


「コンちゃん。キツネに戻って」


 広い中庭に出てお願いすれば、コンちゃんが「なぜ」と眉を寄せてくる。先程からなぜなぜうるさいぞ。俺がもふもふで遊びたいからに決まっている。


 けれども明らかに嫌な顔をするコンちゃんは「どうせ私にベタベタ触るつもりだろう。不愉快だから断る」と酷い対応をしてくる。俺の使い魔のくせに。生意気だぞ。


「コンちゃん! キツネになって! なって!」


 諦めてたまるかとコンちゃんの周りをぐるぐるすれば、隠しもしない舌打ちが返ってきた。


 エルドが苦笑しながら見守っている。ユナは『うるさいよ。嫌って言ってるんだから諦めなよ』と俺を注意してくる始末だ。これって俺が悪いの? 俺の使い魔のくせに俺の言うこと聞かないコンちゃんが悪いのでは?


 本当は俺だって魔法をガンガン使ってかっこよく魔獣を従えたい。でもまだ魔法の使い方がいまいちわからない。家庭教師のマシュー先生が教えてはくれるけど、あの人は座学ばかりでつまらない。説明されても右から左へと綺麗に流れて行ってしまうのだ。


 そういうわけで、俺はいまだに魔法が満足に使えない。使い魔契約だけはすんなりできる謎仕様である。前にバージル団長が、使い魔を思い通りに動かす方法を説明してくれたが、それも正直よくわからない。魔力を流せばいいとか言われたけど、そもそも魔力の流し方がよくわかんない。


 使い魔契約は本当に謎。俺にそのつもりがなくても、なんか魔獣に触ると勝手に魔力が流れて契約成立してしまうのだ。俺の意思でやっているわけではない。


 ひたすらお願いお願いと繰り返せば、ようやく根負けしたらしいコンちゃんが「少しだけだぞ」と恩着せがましく口を開いた。


 なんで俺が我儘言ったみたいな空気になっているのだろうか。そもそもコンちゃんはあのキツネ姿が本来の姿であって、人間姿は単なる擬態だ。コンちゃんだって、キツネ姿の方が色々楽だと思うけど違うの?


 そうしてもったいぶってキツネ姿に戻ってくれたコンちゃんに、俺は迷わず飛びついた。


 もふもふの尻尾を全身で抱き締めれば『やめろ。尻尾には触るな』と頭上から低い声が降ってくる。尻尾って繊細なのかな。ユナも尻尾を触ると同じように文句を言ってくる。


「エルドも触っていいよ」


 もふもふキツネを少々強張った顔で眺めていたエルドを手招きしておく。慎重な足取りでこちらに寄ってきたエルドは、おそるおそるといった様子でコンちゃんの背中に手を伸ばす。


「ふわふわでしょ? もふもふでしょ?」


 きらきらした目で尋ねれば、エルドがぎこちない動作で頷いてくれた。おとなしく座っているコンちゃんは、もふもふで大きな尻尾をゆったり左右に振っている。


「コンちゃん、もふもふ。俺コンちゃんの背中に乗りたい」

『ダメだ』

「ケチ」


 唇を尖らせて抗議するが、コンちゃんは背中には乗せてくれない。ポメちゃんであれば寝ている隙によじ登ることが可能なのだが、コンちゃんはそう簡単に地面に伏せてくれない。お座りしたコンちゃんの背中に登るのはちょっと無理がある。


 仕方なくコンちゃんの体に抱きつけば『うっとうしい』との冷たい声が返ってくる。コンちゃんはちょっと愛想が悪い。毛の色も青っぽいし、なんだか冷淡な印象だ。


 もしかして赤いキツネとかもいるのだろうか。もしいたらコンちゃんとは違ってやる気に満ちた愉快なキツネさんかもしれない。


「色違いキツネもいるの?」


 コンちゃんに確認してみれば『知らない』との素っ気ない答えしか返ってこない。なんか雑にあしらわれている気がするぞ。

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