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69 帰り道

「テオ様! どこに行っていたんですか!」

「オリビアぁ」


 馬車に乗せられて屋敷に戻る途中。

 馬で駆けてきたオリビアと鉢合わせた。馬車の中を覗いて安堵したようにホッと息を吐き出すオリビアは「どれだけ心配したと思っているんですか」と俺を抱きしめる。されるがままの俺を好き勝手に撫でて、オリビアは「まったく」と呆れたような声を出す。


「ルルをいじめないでくださいと何度言えば理解してくれるんですか」

「いじめてないもん。ポメちゃんに預けてただけだもん」


 むすっと頬を膨らませて言い返すが、オリビアの吊り上がった眉は元に戻らない。どうやらポメちゃんは、ルルを握ったまま熟睡していたらしい。動けなくて小さく呻くルルを、仕事が終わって俺の自室に来たオリビアが発見したらしい。


 オリビアは、俺から目を離したケイリーにも腹を立てているようだった。ケイリーは俺の侍従なのに、俺の側にいることの方が少ないという不思議な人である。オリビアが何度も注意しているのだが、一向に改善されない。俺としては別にいいけどね。常にべったりだと息苦しいから。


 まだまだ俺に言いたいことがあるらしいオリビアであったが、外から副団長が「そろそろいい? とりあえず屋敷に戻るよ」と声をかけてきた。オリビアの乱入により、馬車は足止めされている状態であった。


 道を塞ぐような感じになっているので、早々に動いた方がいいだろう。オリビアも素直に頷いて自分の馬に戻っていく。


 再びガタガタと動き出す馬車の中。平気な顔で乗り込んでいた人間姿のコンちゃんが「今のは誰だ」と訊いてくる。


「オリビアだよ」

「だから。誰なんだ」


 名前だけ聞かされてもわからないと文句を言うコンちゃんに、ユナを抱っこした俺は「騎士」と教えてあげる。


「俺の護衛みたいな人」

「護衛なのになぜ離れていた」

「……なんでだろうね?」


 なんだか嫌な質問をしてくるコンちゃんを適当に誤魔化して、ユナと遊ぶ。先程のオリビアは、俺のことを確認するのに全力で、コンちゃんには気が付かなかった。オリビアは意外とうっかりさんである。


 帰ったらまた説教されそうな予感。なんとか逃げないと。


「コンちゃんは俺の部屋に住んでいいよ。ポメちゃんと仲良くしてね」

「そのコンちゃんという呼び方は気に入らない。もっとマシな名前を考えてくれ」

「コンちゃん。キツネだからコンちゃん」

「意味がわからない」


 なんでだよ。

 しかし今更お名前を変えるつもりはない。再度ポメちゃんと仲良くしてねと言い聞かせれば「誰だ」と素っ気ない返事。


「おっきいポメラニアン」

「……」


 目を細めて俺を見下ろすコンちゃんは変な迫力があった。冷たい印象のお兄さんである。もっとニコニコしたほうがいい。


 手を伸ばしてコンちゃんのほっぺを伸ばそうとするが、手が触れる前にコンちゃんは避けてしまう。


「触るな」

「ケチ!」


 でももふもふじゃないコンちゃんを触っても楽しくはないな。


「コンちゃん。キツネに戻って」

「ここで戻れば馬車を破壊してしまう」

「ちっさいキツネになって!」

「無茶を言うな」

「ケチ!」


 体の大きさは自由に変えられないという。そうなの? 夢がないな。


 俺とすんなり契約が成立したことについて、コンちゃんは特に突っ込んでこない。俺の魔力が少ないのは、コンちゃんであれば見ればわかると思う。俺に興味がないのだろうか。あり得る。コンちゃんは先程からずっと俺に冷たい目を向けてくるから。


 愛想の悪いコンちゃんは、同じ魔獣であるユナに対しても冷たい。


 ユナが恐々と挨拶していたのだが、鼻で笑うだけで済ませてしまった。性格の悪いキツネに、ユナが毛を逆立てていた。みんな俺のペットなんだから仲良くしてほしい。


 その点ポメちゃんはやる気がないから安心である。きっとコンちゃんとも上手くやれる。絶対に喧嘩はしないだろうから大丈夫なのだ。あのぐうたらポメラニアンが誰かと喧嘩する場面なんて想像できないから。


「ポメちゃんはコンちゃんよりは小さくて、猫よりはおっきい魔獣なの。いっつも寝てるよ。やる気がないの」

「そうか」


 素っ気ないコンちゃんは、退屈そうに窓の外を眺めている。ガタゴト揺れる馬車。


 そのうち屋敷に到着した。

 コンちゃんのことオリビアになんて説明しようか。しかし俺が説明しなくても、団長や副団長がきちんと説明してくれるに違いない。俺は黙っておこう。ご紹介だけすればいいや。


「オリビアは怖いから。怒らせたらダメだぞ。殴られるぞ」

「物騒だな」

「そう。魔法は苦手で殴るのが得意な物騒なお姉さんなの」


 コンちゃんも殴られないように気をつけろよとアドバイスしておく。しっかり頷くコンちゃんは「私が人間に負けるわけないだろ」と、ちょっぴり不愉快そうに呟いていたけど。

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