67 おっきい
「もふもふぅ。すごくもふもふ」
尻尾を遠慮なく触っていた俺であるが、それに気が付いたキツネ魔獣がゆっくりと振り返る。騎士たちの悲鳴のような声が上がる。
こちらを見下ろすキツネ魔獣と目が合ったその瞬間。バチっと魔力が流れる感覚があった。
「うわっ!?」
びっくりしてキツネ魔獣から手を離したのと同時に、キツネの首周りにきらきらとした魔力の光が溢れた。そのままキツネ魔獣の首に沿うように眩い光が縮んで、首輪のようになる。最後にひときわ大きく光を放って消えてしまった。
「……」
しんと静まり返る広場。剣を構えていた騎士たちが、呆然としている。
この光景は見たことあるぞ。
ポメちゃんと使い魔契約を結んだ時とまったく一緒の光景である。ぼんやりと己の手のひらを見つめる。
俺の魔力が流れていった感覚はあるが、それ以外異常はない。目の前で俺を見下ろしてくるキツネ魔獣をそっと見上げる。
「……おっきいもふもふをゲットした」
駆け寄ってきたエルドに報告すれば、彼は信じられないといった面持ちで俺を抱き上げる。そろそろと魔獣から離れるエルドは、俺と魔獣を忙しなく見比べている。
「おい! どういうことだ!」
そのうちバージル団長の大声が飛んできた。背筋を伸ばしたエルドが「あ、いえ」と口ごもる。
「契約が成立したのか!? なぜ!」
なぜと言われても。
俺にもよくわからない。
しかしこれではっきりした。俺は契約魔法がものすごく得意だということが。正直得意の域をはみ出ていると思う。
エルドに抱っこされたまま、キツネ魔獣を見る。小さく手を振れば、キツネが尻尾を振って応えてくれる。すごく可愛い。
もっとキツネに触りたくなった俺は、エルドの腕から脱出しようとジタバタする。けれども逆に力を込めるエルドは、俺を逃さないようにと必死だ。
「もふもふキツネ!」
頑張ってキツネ魔獣を呼んでいれば、団長と副団長が険しい顔でキツネを見据えていることに気がついた。これはいけない。俺のペットが討伐されてしまう。
「キツネは俺の! いじめないで!」
やめてぇと叫べば、副団長が「落ち着いてください」と俺を見た。
「どうやら本当にテオ様と契約できているみたいです」
「俺は天才! 魔法が上手!」
自画自賛すれば、エルドに頭を撫でられた。えっへんと得意な顔をしておくことを忘れない。
やっぱり俺には普通ではない力がある。
それもこれも転生特典に違いない。魔獣と一方的に契約できるチートスキルだ。嬉しくてにまにましちゃう。
けれども喜ぶ俺とは対照的に、団長たちは苦い顔をしている。一体どうしたというのか。構わずキツネに向かって手を伸ばすが、エルドのせいで触ることができない。
すっかりおとなしくなった魔獣は、興味津々に周囲の騎士たちを見回している。どうやらおとなしい個体のようだ。エサを探して迷い込んでしまったのだろうか。
「キツネちゃーん!」
あとでお名前も考えてあげないといけない。白と青のキツネなんていかにも異世界っぽくて気に入った。あとポメちゃんよりも大きい。すごく嬉しい。
難しい顔で話し合いをする大人たちであったが、やがて副団長が俺を呼ぶ。
「体調に異変は?」
「ないよ。元気!」
どうやらまた魔力暴走を疑われている。でも俺は元気。このまま駆け出したいくらいには元気。
「これは一体どういう」
額を押さえる副団長は、騎士たちの中では比較的魔法が得意な方だ。オリビアがそういっていた。逆にオリビアは魔法よりも物理タイプだ。物騒なお姉さんなのだ。
エルドにおろしてもらって、キツネに駆け寄る。契約が成立すれば、魔獣が主人に危害を加えることはない。もふもふの体にぎゅっと抱きつけば、エルドがそわそわした様子で俺の肩に手を置いた。
「よし! 名前はコンちゃんにしよう」
「え」
なぜか「もう少しよく考えた方が」と苦言を呈してくるエルドに半眼となる。コンちゃんって可愛いお名前でいいと思う。キツネだし。
「おうちに帰るぞ! コンちゃん!」
お出かけのために来たけど、今はコンちゃんと遊ぶのが最優先だ。急いで屋敷に戻って、オリビアに自慢したい。これだけおっきいなもふもふを手に入れたと知ったら、さすがのオリビアも俺を褒めてくれると思う。今からオリビアの驚いた顔を想像して、ニヤッと口角をあげる。
しかしここで副団長が予想外の言葉を発した。
「こんな大きな魔獣。屋敷に置いておくんですか? 部屋の中に入れるのは無理ですよ」
「え」
驚いてコンちゃんを見る。たしかに大きい。部屋に入らないこともないけど、俺の部屋がすごく狭くなってしまう。それはちょっと嫌かもしれない。
「じゃあお庭で飼う」
ここは妥協しよう。
「え、これを庭に置くんですか?」
引きつった顔の副団長は、若干引いている。団長も「屋敷に置いておくのは少々無理があるのでは?」と苦い顔だ。
そんなことないと反論したいが、大きすぎて邪魔なのは事実だと思う。ベッドで一緒に寝るのはもはや不可能な大きさだ。
しかしこのまま逃すわけにもいかない。顔を突き合わせて話し合いを再開する大人たちを横目に、ユナと「どうしよう」と相談する。
『捨てなよ、邪魔だもん』
「なんてこと言うんだ!」
生意気猫は信じられないことを言う。捨てたら可哀想でしょうが。




