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63 粘る

「オリビアはどうしたんですか。ルルは? 勝手についてきたらダメじゃないですか」

「わかったか? 猫」

『ボクのせいにするなよ』


 荷馬車に腰掛けて足をぷらぷらさせる俺に、デリック副団長が真面目な顔でひたすら言葉を重ねてくる。どうにか隙をついて街に駆け出したいのだが、俺の前を陣取る副団長に隙はなかった。


「見回り行かなくていいの? 仕事サボるのよくないよ」


 はよ働けと騎士たちが集まっている方向を指差せば、副団長が顔をしかめた。俺のせいでそれどころではないとでも言いたげだ。俺が荷馬車に紛れていることを知った団長のバージルはすごく苦い顔をしていた。そのまま副団長に俺から目を離すなと言い置いて、騎士たちになにやら指示を出しに行ってしまった。


「俺も見回りに参加する!」


 いそいそ働く騎士たちを見て、なんだかよくわからないやる気がみなぎってきた。ふんと拳を振り上げて主張するが、副団長は「テオ様は屋敷に戻りましょうね」と素っ気ない。ユナを抱えたまま「遠慮せずに!」と粘ってみる。


「遠慮というわけでは。オリビアもきっと心配していますから早めに戻りましょう」

「オリビアは多分怒ってるよ」

「確かに怒っているかもしれませんが。心配していますよ」


 ふーん?

 ルルとかいうちっこい鳥はポメちゃんに預けてきた。あのぐうたらポメラニアンのことだ。きっと今頃ルルを握ったままお昼寝しているに違いない。うっかり間違えて食べられてないといいけど。


「テオ様のことはこのまま屋敷まで送っていきますので」

「なんで!?」


 俺だって見回り参加したいとごねてやるが、副団長は困ったと言わんばかりに眉を寄せるだけで発言を撤回してくれない。俺がどれだけ苦労して今日のお出かけ作戦を実行に移したと思っているのか。このまま何もせずに帰宅なんて嫌に決まっている。


 せめて少しだけでも遊んで帰りたい。お出かけバッグを握りしめて「ちょっと買い物する」と告げてみるが、副団長は「何か必要であれば私が用意しますよ」と楽しくない反応をする。副団長が買い物を楽しんでどうするんだ。これは俺のお出かけだぞ。


「じゃあ副団長も一緒でいいからぁ。ちょっと遊びたい! せっかく苦労してここまできたのに」


 目元を覆って泣き真似すれば、副団長が「そんなわかりやすい嘘泣きされても」と苦笑する。なぜ嘘だとバレたのか。さすが副団長、色々と鋭い。


『もう帰ろうよ。ボク疲れた』

「我儘言うな、猫」

『我儘はそっちだろ』


 生意気なユナを叩いて馬車をおりる。副団長が「ダメですよ」と手を伸ばしてくるが、それくらいで止まる俺ではないぞ。


「ちょっと散歩するだけだもん。いいでしょ?」

「ですから。とにかく一旦帰りましょう」


 一旦帰るってなんだよ。一度帰ったら次いつ街に来られるのかわかったものではない。


 やがて話が終わったらしくバージル団長がこちらに歩いてくる。迫力にビビって副団長の服をガッチリ掴めば、ユナが『怖いのか?』と余計な口をきいた。


 団長はいかにも騎士といった見た目の男である。おまけに笑顔がないのでちょっと近寄りがたい。


「テオ様」

「……」


 低い声で呼ばれて、そろそろと団長を見上げる俺は、副団長の背中に隠れて彼を盾代わりにしていた。そんな俺に、団長が少しだけ苦い顔をする。


「そんなに怖がらなくても」


 面白そうに俺を振り返る副団長は性格が悪いと思う。団長があっちに行ったら蹴ってやろうと決心する。


「……俺も見回りする」


 小声で宣言すれば、団長が眉を寄せた。案の定「いけません」と返ってきてしょんぼりする。


「お金も持ってきたのに」


 俺のバッグに目をやった副団長が「どこで手に入れたんですか」と不思議そうに問いかけてきた。俺がお金を使う場面なんてそうそうないから疑問に思ったのだろう。


「お父様がくれたの。お父様ね、俺にお小遣いくれるから」

「使わないのに、ですか?」

「うん」


 なんだか妙な表情を作った副団長は「ちょっと見せてください」と俺のお出かけバッグに手を伸ばす。反射的に紐をぎゅっと握って「泥棒!」と叫べば、副団長がギョッとした。


「人聞き悪いのでやめてください! ちょっと見るだけですよ」


 慌てたように言い訳する副団長に負けてたまるか。ふんと気合を入れてバッグを抱え込めば、副団長が「いくら所持しているんですか」と小声で問いかけてきた。


「わかんない。適当に持ってきたから」

「見せてください。盗んだりしませんから」


 迷っていれば、ユナが『見せてあげなよ。この状況で泥棒なんてするわけないでしょ』と欠伸しながら言ってきた。たしかに。隣には団長もいる。この状況で盗みを働くのはある意味勇者だ。


 渋々バッグを差し出せば、団長が「信用が皆無だな」と副団長に憐れむような目を向けていた。

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