56 屁理屈
「ひーまー」
『……』
「ひーまーだーなぁ」
『……』
「暇!」
『痛い!』
暇すぎて。
部屋の真ん中ですやすや寝息を立てるポメちゃんの頭をペシっと叩く。
いつも思うのだが、やる事がない。俺は七歳だけど、学校には通っていない。両親が反対したからだ。一応貴族の子供たちが通う学園が存在するらしいが、ここから少し遠いところにあるため、寮生活になってしまう。俺のことを猫可愛がりしている両親は、まだ小さい俺に寮生活なんてさせられないと言い張っているのだ。
勉強はあまり好きじゃないから、それ自体は問題ない。しかし、七歳という中途半端な年齢のため、俺は毎日暇している。兄上みたいに仕事を手伝えるわけでもないし。
「ポメちゃん、俺と遊んでぇ」
『やだよ』
素っ気ないポメラニアンは、欠伸をこぼすと床に伏せてしまう。お昼寝の体勢だ。そうはさせるか。
すかさず上によじ登って、毛を掴む。
「起きろ! 弱虫ポメラニアン!」
『変なあだ名つけないで』
「猫! ポメちゃんどうにかしてぇ!」
どうにもならないので、猫のユナに助けを求める。俺たちの戦いを無言で眺めていたユナは、『くだらない』と偉そうに吐き捨てる。なんて生意気な猫。
ポメちゃんも猫も俺と遊んでくれない。
俺のペットのくせに生意気だ。
ケイリーだって仕事があるからとかなんとか言って全然遊んでくれない。前々から思っているのだが、ケイリーの仕事ってなに。俺の面倒みるのが仕事じゃないのか。
あんまり俺のことを放置するとまたオリビアに怒られるぞとケイリーに言ってやったのだが、彼は「そうですね」とやんわり苦笑するだけで態度を改めなかった。謎である。
ポメちゃんの頭をペシペシ叩いて、どうにか遊んでもらおうと奮闘する。『やめて』と素っ気ないポメちゃんは、大きな欠伸をして寝てしまう。
「寝るなぁ!」
大声で呼びかけるが、もう返事もない。ちくしょう。弱虫ポメラニアンのくせに。
こうなったら猫で遊ぶしかない。他人事みたいな顔で床に丸まっていた猫を持ち上げて、しっかり抱きしめる。
『なにするのさ』
「外で遊ぶぞ!」
『またぁ? 面倒なんだけど』
ぶつぶつ言う猫を無視して、部屋を飛び出す。
オリビアのいない今がチャンスだった。
まっすぐに庭を飛び出して池に向かう俺。行き先を察知したらしい猫が『ちょっと待った! すごく嫌な予感』と暴れ始める。
「俺が泳ぎを教えてやるからな」
『いらないって言ってんでしょ! ボクは泳げなくてもいいの!』
ジタバタうるさい猫をしっかり抱きしめて、池に到着した。灰色猫だって泳げた方が絶対に楽しい。俺は親切心から教えてあげようとしているのに、いつもオリビアが邪魔をしてくる。
早速猫を池の中に入れようとするが、肝心の猫が協力的ではなかった。無駄にバタバタしていて苦戦する俺。
「大人しくしろ!」
『なんでそんな人の話を聞かないのさ! 嫌だって言ってるでしょ』
「俺の猫は泳ぐの好き」
『好きじゃないってば!』
あとボクは猫じゃないからとどうでもいい文句を言う猫はしぶとかった。俺にしがみついて離れてくれない。悪戦苦闘していれば、「こら!」という大声が聞こえてきてびっくりした。
こちらに走ってくるオリビアの姿を確認するなり、猫が『助けて、オリビア!』と情けない声を出す。
俺の前にやって来るなり猫を奪ってきたオリビアは「ユナをいじめない!」と頭ごなしに怒鳴りつけてきた。毎度のことであるが、俺がペットと楽しく遊んでいれば、オリビアは必ずと言っていいほど邪魔をしてくる。一体どういうつもりなのか。
「いじめてない! 泳ぎ方を教えてあげてるの!」
全力で抗議してやるが、オリビアは冷たい目で俺を見下ろしてくる。『怖かったよぉ。すごく横暴なんだけど、あのご主人様』と、わざとらしくオリビアに縋り付く灰色猫を睨みつけてやる。
「ユナは水が嫌いだと何度も言ってるでしょう」
「もう水好きになったって言ってる」
『言ってないよ!』
勢いよく反論してくる生意気ペットを叩いてやろうと拳を振り上げるが、オリビアに止められてしまう。
「すぐに手を出さない」
「先に猫が生意気言ったの!」
「だとしても手を出さない」
俺の手を掴んで無理矢理下ろしてくるオリビアは、腰を屈めて目線を合わせてきた。その眉間には相変わらず皺が寄っている。
「いいですか、テオ様」
「よくない」
「話は最後まで聞いてください」
眉間の皺が深くなったので、お利口さんな俺は黙っておくことにする。これ以上反論するとオリビアがキレてしまう。まぁいまでも十分怒ってるけどさ。
「人の嫌がることをしてはいけません」
「ユナは猫だもん」
「猫でも犬でも一緒です。とにかく相手が嫌がることをしてはいけません」
「ふーん?」
ボクは猫じゃないけどね、と空気の読めない発言をする猫をまるっと無視して、オリビアが「わかりましたか?」と偉そうに問いかけてくる。
「でもオリビアだって俺が猫と遊ぶの邪魔してくる。俺はそれがすごく嫌。俺の嫌がることしないで」
猫返せと手を差し出せば、オリビアがすっと目を細めた。
「そういう屁理屈を言わない」
「屁理屈じゃないもん」
とりあえず猫返せよ。それは俺の俺のペットだぞ。なぜか俺の猫を返してくれないオリビアは、「可哀想に」としきりに猫の背中を撫でていた。