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54 いつの間に

 ガクッと頭が揺れて、ハッと目が覚めた。


 目を擦って周囲を見渡せば、いつの間にか馬車の中に居た。おかしい。つい先程まで、オリビアたちと一緒に楽しく街歩きしていたはずなのに。


「お出かけは!?」


 俺が寝ている間に、馬車に乗せたらしい。最後の記憶は、オリビアに抱っこされて背中をぽんぽん叩かれていた場面。あれからそんなに時間は経っていないと思う。


 慌てて向かいに座っていたオリビアに尋ねれば、「もう日が暮れるから帰りますよ」との素っ気ない返事。馬車の小窓から外を覗けば、確かに薄暗くなりつつある。暗くなる前に帰ってこいと、フレッド兄上に言われていたことを思い出す。そろそろ帰らないと怒られる時間帯だ。


「ひどい!」

「なにがですか。テオ様が寝てしまうから」

「俺のせいにするな!」

「誰のせいだって言うんですか。寝たのはテオ様ですよ。私は起きてくださいと声をかけました」


 ああ言えばこう言う。

 腕を組んで淡々と答えるオリビアは、はやく帰りたくて仕方がないらしい。いつも以上に返事が素っ気ない。


『ご主人様、何度呼んでも起きないから』

「もっと真剣に起こしてよ!」

『起こしたよ。そっちが起きなかったんだろ』


 隣で丸くなるユナを抱き上げて、うわぁっと揺さぶってやる。『やめろ、馬鹿!』と口汚い言葉が返ってくるが、全部無視してやる。


 しばらくユナに八つ当たりして満足した俺は、ユナを膝の上に乗せてやる。『これだから子供は嫌なんだよ』と、なにやら俺への悪口が聞こえてくる。


 クレアのパン屋さん、行っていない。


 一体なんのためにお出かけしたのか。「まだ帰らない」と大声で騒いでやるが、オリビアは涼しい顔だ。こんなに俺が真面目に頼んでいるのに。無視するとか正気か?


 エルドの姿は見当たらない。どうやら馬車の周りを囲む騎士たちの中に紛れているらしい。


 疲れて眠っている間に、お出かけが終わってしまった。なんとも呆気ない。


 ひとりで絶望する俺に、オリビアがちょっとだけ困ったような視線を向けてくる。


「楽しくありませんでした?」

「……ううん。楽しかったけど」


 できれば最後まで楽しみたかった。

 ユナによれば、オリビアとエルドは何度も俺を起こそうと声をかけたらしい。まったく記憶にない。どうやら熟睡していたらしい。


 ガタガタ揺れる馬車の中、俺は膝に乗せたユナを撫でまくる。『ちょっと、やめてよ』と文句しか言わない猫は生意気だ。


「ポメちゃんにお土産買ってない」


 でっかいポメラニアンは、生憎とお留守だったので。せめてお土産くらいは買っていこうと考えていたのに。ポメちゃんのことなんてすっかり忘れていた。


「あと兄上のお土産も買ってない。まぁ、いいか。兄上はどうでも」


 兄上は普段から大人ぶっているので。まさかお土産ないくらいで泣いたりはしないだろう。もしも兄上が拗ねちゃった時は、オリビアに任せればいいや。


 はぁっとため息をついてから、目の前に座っているオリビアが微妙な顔をしていることに気がついた。


 慌てて「楽しかったよ」と口にしておく。俺が駄々をこねたから、気にしているらしい。


「パン屋さん。残念でしたね」


 行きたかったんでしょう? と眉を下げるオリビアは、どうやら俺がクレアのパン屋さんに行けなかったことを気にしてくれているらしい。


 行く前は「優しいお姉さんが好きですもんね」とずっと不機嫌だったのに。なんで今になって優しくなるのか。オリビアは、なんだかんだいって優しい。


 あんまり残念な顔をすれば、オリビアが悲しんでしまう。「お腹いっぱいだから大丈夫!」と伝えれば、オリビアは「そうですか?」とやはり少し困ったように首を傾げた。うんうんと大きく頷いておく。


「パンは食べられなかったけど。楽しかったから大丈夫。オリビアも楽しかったでしょ?」


 ユナを触りながら問いかければ、「はい」という遠慮がちな頷きが返ってくる。


「パン屋さんはまた今度ね! また一緒にお出かけしようね」


 にこっと笑って「約束だよ!」と手を伸ばせば、オリビアもくすくす笑う。そうしてオリビアと手を繋いだ俺は、彼女の隣へと移動を試みる。ユナを膝から下ろして、ぴょんと立ち上がる。


 揺れる馬車の中、不安定な足取りで半ば彼女に体当たりするかのような勢いで突っ込んでいく。「危ないですよ」と笑いながら受け止めてくれたオリビアは、にこにこであった。

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