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44 食べてみろ

「ほら、食べてみろ」

『いやだから。いらないって』

「遠慮せずにぃ」

『遠慮じゃないのに』


 厨房から奪ってきたパンを、ひたすらポメちゃんの口元に押し付ける。


「食べてみろ!」


 先程から頑張っているのだが、ポメちゃんは一向に食べない。口を引き結んで、そっぽを向いてしまう。どんだけ食べたくないんだ。別に怪しくもない普通のパンなのに。強情にも程がある。


 ポメちゃんには、絶対に肉を与えるなとオリビアから言われている。体の大きな魔獣に肉の味を覚えさせるのは危険だからだ。だが、俺はポメちゃんにご飯をあげてみたかった。ペットにご飯をあげるのは、すごく楽しいと思う。散歩も楽しいけど、ポメちゃんは面倒くさがりだから一緒に散歩してくれないのだ。


 だからせめてなにかエサあげたいと言えば、オリビアは困った顔で「パンくらいなら」と言ってくれた。俺は早速、厨房に乗り込んでパンを奪ってきたというわけである。


「無理矢理食べさせるのはダメですよ」


 壁際に佇んで、俺のことを見張っているオリビアは、そうやって注意してくる。


「ポメちゃん! わがまま言うな!」

『わがままはテオくんの方では?』

「なんだと!」


 困ったような声を発するポメちゃんにイラッときて、俺は素早くポメちゃんの頭を叩いてやった。『いたい』という全く痛くなさそうな声を発するポメちゃんは、俺のことを舐めている。俺の方が主人なのに。なんだその偉そうな態度は。


 どうやらポメちゃんは、パンではなく野菜が食べたいらしい。オリビアの前でそんな主張は絶対にさせない。俺も野菜食べろと言われてしまう。そんなのは許さない。


 パンを半分にちぎって、ポメちゃんの口をこじ開けようと奮闘する。


『なに。なにが君をここまで突き動かすのさ』

「諦めて早く食べろ!」

『君が諦めて』


 ぎゅっと口を引き結んでしまうポメちゃんの頭を再び叩く。強情ポメラニアンめ。


 腹が立つので、半分にちぎった片方を自分の口に押し込んでおく。もぐもぐ食べる。普通に美味しい。


 美味しいパン?


 ハッと思い出した。


「オリビア!」


 慌ててオリビアを振り返れば、彼女は「なんですか?」と不思議そうな顔をする。美味しいパンと聞いて、思い出したことがある。


「街へのお出かけはどうなった!」

「……は?」


 クレアのお店で美味しいパンを食べるために、街へ行ってもいいという約束だった。兄上とちゃんと約束した。準備があるからすぐには無理と言っていた兄上が、有耶無耶にするつもりなのではないかと疑っていた。それが現実になりつつある。あれから日数が経つのに、お出かけの話が全然出てこない。これはおかしい。絶対におかしい。


 再度「お出かけはどうした! 俺を騙したのか!」と詰め寄る。背後でポメちゃんが『助かった』と安堵の声を漏らしているが気にしている暇はなかった。今の俺にとっては、ポメちゃんのパンよりもクレアのパンの方が大事だから。


 しかし、オリビアは目を瞬いてしまう。


「お出かけはやっぱり行かないと、フレッド様から聞きましたが」

「なんで! 兄上が意地悪してるのか!?」

「いや。テオ様がご自分で行かないと言ったのでは?」


 そんなことは言っていない、と否定しようとして思い出す。そういえば、ポメちゃんをペットにできたことが嬉しいあまりに、なんかそんな感じのことを口走ったかもしれない。思い出した途端に、握った拳をそっとおろした。うん。なんかお出かけなんかどうでもいいと兄上相手に言ったかもしれない。


 途端に勢いをなくす俺に、オリビアは呆れたような目を向けてくる。


「思い出しましたか?」


 こうなれば、もう一度お願いするしかない。


「あれは勢いで言っただけ。お出かけはしたい。街に行く」

「結局行くんですか?」

「うん」


 はぁっと大袈裟にため息をついたオリビアは「わかりました」と言ってくれる。


「私からフレッド様に訊いておきましょう」

「うん。ありがとう」


 ぺこっと頭を下げて、余ったパンをオリビアに差し出しておく。


「お礼にあげる」

「いらないですよ。それ魔獣の口に押し込もうとしたやつじゃないですか」


 受け取ってくれないので、再びポメちゃんに向き直る。『諦めたんじゃなかったの』と疲れた声を発するポメちゃんは、相変わらず床に寝そべってごろごろしていた。

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