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36 心当たり

「意味がわからない」


 オリビアからの報告を聞いた兄上は、ひたすらそう繰り返す。


「いや、意味がわからない」


 そのためオリビアが根気強く何度も説明するのだが、兄上はいまだにわかってくれない。そろそろ理解しろよと思わなくもない。


 相変わらず、俺はエルドに抱っこされたままである。そろそろ本気で下ろしてほしい。なんか抱っこされていることに疲れてきた。


 兄上の部屋には、俺とエルド。オリビアに副団長。そしてフレッド兄上がいる。


 団長は、騎士棟に残っておっきい魔獣を見張っている。ここにくる前に、俺が「大人しくしておけよ、ポメちゃん」と声をかけたところ、しっかりとした頷きが返ってきたので意思疎通はできていると思う。


 あのライオンもどき、お喋りはしないタイプかな? 魔獣にも、色々な種類がいる。力は強くとも、人間との意思疎通が不可能なタイプのものもいる。それが一番厄介だ。だが、ポメちゃんは言葉こそ発しないものの、なんとなく動作で意思疎通できているような気がする。


「あのね、兄上。ライオンゲットした。名前はポメちゃん」

「変な名前をつけるんじゃない」


 オリビアと同じ文句を言ってくる兄上に、俺は静かに目を見開く。「ポメちゃんって名前、可愛いよね?」と、エルドの袖を引けば、彼は「そうですね」と曖昧に笑って誤魔化してきた。


 え、可愛いよね? だってあいつは茶色だし、ふわふわだし。でっかいポメラニアンに見えないこともない。ぴったりのお名前だと思うけど。


 ひとりで首を捻っていると、兄上はオリビアと睨み合いを始めてしまう。七歳の俺が、そこそこ大きな魔獣をペットにしたことが信じられないらしい。


「確かなのか?」

「おそらく。私は直接は見ていませんが。副団長が確認したところ、契約が成立していると」


 ちらりとオリビアに視線を向けられた副団長は、大きく頷いている。オリビアは、あまり魔法が得意ではない。自身はちっこい鳥のルルと契約はしているが、それ以外にオリビアが魔法を使うような場面を見たことがない。ちまちま魔法を使うよりも素手でぶん殴るほうがはやいとか考えていそうである。すごく物騒。


 対する副団長は、オリビアよりも魔法に詳しいらしい。というか、兄上だって趣味程度ではあるが魔法をちょいちょい使っている。


 眉を寄せる兄上は「いくらなんでも無理だろう」と吐き捨てる。


「魔法を覚えたばかりのテオが、下級魔獣ならともかく。騎士団が出動しなければならないほどの大型魔獣と契約できるとは思えない」


 先程から、兄上はそればっかりだ。現実的に考えてあり得ないと切り捨てることで、この件をなかったことにしようとしているのか?


 これは、実際にポメちゃんを見せた方が早い。


 エルドが降ろしてくれないので、兄上の名前を必死に呼んで気を引きつける。


「ポメちゃん見るか?」

「だから。なんだその変な名前は」

「変な名前じゃないもん!」


 腹が立ったので、手短なところにあったエルドの頭をペシッと叩いておく。「いて」という棒読みの声が返ってきた。オリビアが「やめなさい!」と眉を吊り上げる。


 おっきいライオンをペットにして、ここは褒められるべき場面なのに。なぜか俺のことを叱りつけてくるオリビアに、ムスッと頬を膨らませて不満アピールをしておく。


 しかし、一体なぜ契約できたのか。兄上の言うように、ちょっと信じられない事態が起きている。けれども、俺はすでに信じられない事態をひとつ経験している。これは、その経験と関連しているのかもしれない。


「あにうえー」

「兄上だ。もっとはっきり喋るんだ」


 どうでもいい注意をしてくる兄上に先を促されて、俺はひとつの仮説を披露してやる。


「俺には前世の記憶があるので。多分、そのせいかもしれない」


 漫画やアニメでよくあるだろう。転生した時に、特殊スキルを獲得するとかなんとか。俺は前世を思い出した。ぼんやりとだけど。前世の記憶なんて役に立たないと嘆いていたが、もしやこの桁外れの契約魔法こそが、俺の転生特典みたいなものなのかもしれない。


 ふわふわ毛玉をペットにできる能力とか、とても良いと思う。すごく楽しい。


 得意気に披露してみたのだが、なぜだか部屋に沈黙がおりる。


 エルドが俺を抱えたまま、背中をとんとんしてくる。眠くなるからやめろ。


「テオ様の言う前世ってなんですか?」

「前世は前世だけど」


 変な質問をしてくるオリビア。この異世界にも、宗教的なものは存在している。だから前世という言葉や概念自体がこの世界に存在しないというわけではない。だったら、オリビアの質問の意図は?


 首を捻っていると、「前世では一体何を?」と重ねて質問された。


「えっとぉ。たくさん働いていたかもしれない」

「それで?」

「それだけだけど」


 思い出したのは、公園で寂しくブランコを漕いでいたことと、日本という国の記憶のみ。実を言うと、具体的な生活や年齢などはまったく思い出せない。


 ふんわりとした言葉で濁す俺に、オリビアは半眼となる。


「まぁ、テオの前世は置いておいてだな」


 勝手に話を打ち切ろうとする兄上も、俺の話をまったく信じていない。


 俺が七歳児だからといって馬鹿にするんじゃない。

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