第8話 投稿先とバイス
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実を言うと、僕は先ほどから名前の出ている同級生・バイスこと梅津恒彦とひょんなことからコンビを組んで投稿用の漫画を描いていた。
ひょんなこととは雑な表現であるが、実際の経緯もそんな雑なものだった。
高校入学初日に出席番号順で僕の前に座っていた痩身短躯にして中性的な顔立ちの男がそのバイスだった。
僕が柄にもなくわくわくしながら担任教師の到着を待っていると、彼は前の席からくるりと上半身のみ振り返ってから年齢に似つかわしくない少しばかり高い声で、
「やあ初めまして。ところでつまらないことを訊くが君は漫画を読むほうかな、描くほうかな?」
と真顔で質問してきた。
どういう意図かわからなかったが考えるまでもなく読む側の人間だったのでそのように返答すると、
「なるほど」
と彼はあっさりとうなずいた。
話は終わったと思ったが、彼はこちらを向いたまま戻らない。
居心地の悪さをごまかすようにあらかじめ机に置かれていたパンフレット的なものをパラパラとめくっていると、
「こんな質問をしておいてなんだが実は僕は漫画を描くほうなんだ」
などといきなり自分語りが始まった。
腕を組んで胸を張ってバイスは語り始めたのだが、イスの背からようやく右胸につけられた名札がようやく見える程度の体格であり、その顔つきも女子と勘違いされる容姿なのでどうにも格好がついていない。
くすぐられた時のような笑いがこぼれそうになった。
「小さい頃から見よう見真似、基礎もへったくれもない、いかにも子供が書き散らかしそうなものを描いていた。誰だってそういうものを描いたことがあるというレベルの代物だ。しかし、高校進学を機に真剣にやりたくなってね」
「そういう同好会もありますよ」
先ほど目を通したパンフレットの部活同好会紹介ページを広げながら言うと、彼はかぶりを振った。
「僕は文化祭に出展して仲間内で賞賛される作品を描きたいのではない。真剣に、とはそういう意味合いだ」
そういう人たちだって、意味合いは異なれども真剣に作品制作に打ち込んでいるだろうに、と思うのだが、彼の中ではそこに明確な境界線があるらしい。
僕が困った笑顔を作りながら広げたパンフレットを閉じると、彼は自らの大望を打ち明けてきた。
「僕は商業漫画家となり創作活動で自活していくことを望んでいるのだ」
僕は仰天した。
「はあ、あの、漫画家、って、あの漫画家、ですか?」
慌てて同語重複的な返答をするとバイスは、
「そうだ」
と極めて深刻にうなずいた。
「初めは一人でやっていこうと思った。そうだろう? 人は孤独だ。わかりあえることなど何もない。孤独に生まれ孤独に死んでいくのが一期の常だとつい数日前まで信じて疑わなかった。独力で商業漫画家になる。そのように強く決意していたのだ」
いつの間にかバイスはイスをまたぎ、180度完全に僕のほうに向いていた。
その熱意が感じられる体勢を見て、僕は脇に汗をかき始めていた。